写真とその後の反響と

「秀吉、お疲れ様っ」


 撮影が終わって解散しているのを確認し、物陰からそっと秀吉に声をかける。


「あ、明……アキちゃん⁉ 色々とツッコミどころはあるが……ひとまず、なぜその格好をしているのじゃ?」


「ぼ、僕もさっき撮影とかしてて……。で、秀吉が近くでもう撮影終わるってことだったから慌てて着替えずに来ちゃったんだ」


 そう、僕は今女装バージョンアキちゃんの格好をしてこっそり秀吉に会いにきていた。タイツを履いていたとしても、冷え込んだこの季節にスカートは寒い。けれど、秀吉に早く会うためだ。致し方ない。それにしても学生時代、冬もスカートが短かった女子がなぜ風邪をひかなかったのかは不思議に思う。


「しょうがないやつじゃのう……。まあワシの家も近いし、しばらく隠れていたら人もいなくなるじゃろう」


「久々に秀吉の家行けるから楽しみだな~」


 秀吉は今、都内のセキュリティ完備の高層マンションに一人暮らししている。今やもうトップスターの彼(?)にふさわしい待遇だろう。本人は「畳が恋しいのう……。撮影さえなければ、田舎の一軒家に引っ越したいものじゃ」って言ってるけど。

 人気がなくなったのを確認して、歩いて十分とかからないその自宅に向かう。


「にしても、僕まで変装する日がくるとはね……」


 グレーのキャスケットを目深に被り、同じ色のマスクを身に着けている僕はやや不審者に見えるかもしれない。それでも、今は女装中だから誰にも見つかりたくないというのが本音だ。秀吉はベージュのキャップに白いマスクで、変装というよりは淡い色が神々しさを引き立てているだけの気もする。


「目立つ仕事ゆえの弊害じゃな」


 人通りのない裏道を抜けること数分で、目的地のマンションの目の前に到着した。よし、誰にも見つからなかったみたいだ。周りを見渡し確認しつつ秀吉と一緒に中に入る。


――パシャ。


 ? 今カメラの音がした気がするけど気のせいだろうか? と気になって後ろを振り返ると、


「ひでよ――あちゃー。やっちゃたね」


「うむ……。新品じゃったからいささか残念じゃ……」


 さっきの音は、秀吉が水たまりを踏んづけた音だったようで、綺麗なキャメル色のローファーが泥で汚れてしまっていた。重曹かクリーニングで落ちるといいけど……。


――


「今回の撮影はどうだったの?」


 リビングの中央のグレー色の布張りのソファでくつろぎながら、秀吉に話しかける。このソファは、二人で量販店で見に行った時に秀吉が気に入って購入したものだ。確かにふわふわしてすごく安心できる気がする。実家の革張りのソファも好きだったけど、こっちもお気に召しているらしい。


「うむ。特段問題なく終わったのう。明久の方はどうじゃったのか?」


「こっちも問題なかったよ〜。この前の旅行の写真も編集が終わって、投稿したところなんだ。ほら」


 そう言って僕はSNSを開いたスマホを秀吉に渡す。


「おお、ムッツリーニの技術は相変わらずじゃのう。よく写っておる」


「ね〜。今は新聞記者なのがもったいないぐらいだよ」


「まあ、あやつなりに夢を追いかけているならよいのではないか?」


「そうかもね。ヤツの実力なら政界の秘密も本当に暴けそうだし」


「捕まったりしないとよいが……」


  二人して友人の心配をしながら、SNSの反響を見る。どれどれ、どんなコメントがついているかな……。


『浴衣アキちゃん可愛いいいいいい!!』

『ハァハァ……。上目遣いの写真があるとなお良し。でも120点!』

『とてもいい写真ですね!  下着はどうしてますか??』


 …………世の中ってやっぱり色々な人がいるなぁ。ひとまずそんなに批判はきてないみたいだけど……。


「相変わらず激しいコメントが多いのう」


「応援してくれてる? と思うから有難いんだけどね、はは……」


 こう自分自身が投稿するようになってから、アイドルとか人前に立つ仕事の人の痛みが分かるようになった気がする。あの子たちって、キラキラしているように見えて様々な闇があるんだろうなぁ……。


「そういえば、美波のSNSも秀吉とのツーショットで盛り上がっていたよね」


「そういえばそうじゃな。あんなに拡散されるとは思わんかったが……」


 あのツーショットは意外な組み合わせだったのか、15万ぐらいのいいねがつきネット記事に取り上げられるまでの騒ぎになった。


「美波のアカウントっと……あ、番宣してる〜って、え!? 秀吉、テレビつけて!」


 美波の出るバラエティ番組がまさに今放送中ということに気づき、慌ててお願いする。


「? うむ、了解じゃ」


 不思議な顔をしながらもテーブルのリモコンのボタンを押してくれる秀吉。目の前の液晶に色がつき、見慣れた……いや、あれからだいぶ垢抜けて大人の魅力を身につけた同級生の顔が映る。


『島田さん、この前SNSに投稿した写真、評判が凄かったですね〜。まさかあの木下さんと同級生とは知りませんでしたよ』


 司会である中堅のお笑い芸人が美波に話を振っている。ちょうど写真の話題をしているみたいだ。ナイスタイミング!


『高校の時、同じクラスだったんです。当時から人気者で、特に男子の熱量は目を見張るものがありましたね』


『なるほど〜。チクショー! 僕もそのクラスで青春を過ごしたかった……』


 そうおどける司会に笑う観客。確かにその情報だけ聞くと恵まれたクラスに思えるかもしれない。だが、実際にはカッターが飛び交い日々命の危険に晒される地獄だってことを彼は知らない方がいいだろう。


『あははっ。でも実際はウチと木下とあと一人の女の子を除くと全員男子っていう、ちょっと暑苦しいクラスでしたよ?』


『男子校出身の僕からしたら十分です……! ……何々? えーっと……』


 リアクションをしたと思ったら、カメラマンがカンペを持っていることに気づき読みあげようとしているのか、どもる司会。


『ああ、いいアイデアですね!……って失礼。島田さん、気が早いですけどまた今度この番組にいらしてくれませんか?』


『は、はい。それはもちろん……』


『今度は木下さんも一緒に来てもらって、その時にまたその羨ましすぎるクラスの話を聞かせてもらえばと……皆さんも聞きたいですよね!?』


 司会の呼びかけに聞きたーい! と答えるお客さん。……って、二人の共演⁉  絶対リアルタイムで見て、録画も五回は見なきゃ!!


「だってさ秀吉。よかったね!……って話はもう聞いてたの?」


 テレビから目を離し、秀吉に声をかける。


「いや、初耳じゃ。あのマネージャーめ、話しておらんかったな……。またサプライズとか言ってくるんじゃろう……」


 今のマネージャーさんは少し破天荒なところがあるみたいで、悪い人ではないらしいが相性がバッチリというわけではなさそうだ。


――プルルルル。


 秀吉のシンプルな白いスマートフォンが鳴る。流石に今は彼もスマホを携帯している。仕事に支障が出るからね。


「……もしもし」


『秀吉くん?  美波ちゃんの番組見たよね? サプラーイズだよ! ということで、来週の日曜日スケジュールに入れてあるからよろしくね!』


 マネージャーさんからだったみたいで、スピーカー越しに彼女の明るくよく通る声が響く。


「だからそういうことは事前に知らせてくれと……」


『ごめんってば〜。だって急だったからっ。ところで、明久くん元気? おーい』


「元気ですよ〜」


 彼女も秀吉と僕の交際を、バレないならという条件で認めてくれている一人だ。


『おー、やっぱり一緒だと思った〜。この子のことよろしくね。しばらく会えないで寂しがってたみたいだからさっ』


「なっ……! そんなことはない!」


「もちろんです! マネージャーさんも体に気をつけてくださーい」


『ありがと〜。それじゃっ』


 プツッ、と切れる電話。


「先程のは嘘じゃからなっ。寂しがってたということは……」

 

「……ないの?」


 強がる秀吉にそう問いかける。


「……なくもないのじゃが……」


「僕も同じ気持ちだよっ」


 えいっと秀吉の胸元に飛び込む。


「なっ……いきなりなんじゃ⁉」


「寂しがってたみたいだから、補充になればいいなと……」


「…………まあよかろう」


 ちょっとツンっとした声でそう言いつつも、頭を撫でてくる秀吉。


「秀吉も大概素直じゃないよね」


「そ、そんなことはあるまいっ。……にしても、お主の髪は柔らかいのう」


「そう? だとしたら、秀吉がケアの仕方を教えてくれたおかげだよっ」


 ウィッグを被るとはいえ、アキちゃんになるときぐらいは見た目やしぐさに関わるところはちゃんとしておいた方がいい。ということで、芸能人の秀吉にその辺はいろいろ教えてもらったんだよね。


「ワシは教えただけで、お主の日頃の努力の成果じゃろう。……うん、ずっと撫でていたいぐらいじゃ」


 秀吉の優しい手つきがとても心地よくて、思わず目を細めてしまう。できることなら、僕もずっと撫でられていたいなぁ。


「ん……」


「気持ちよさそうにしよって……可愛いやつめ」


 あれ? 気づいたら秀吉の顔が目の前にあるんだけど、いつのまに移動したんだろう? これって……、そんなことを考えている間にも僕らの顔の距離は縮まり、あと1㎝で触れるその瞬間――


――ピロン。


「「⁉」」


 それぞれのスマホが同時に鳴り、思わずばっと飛び上がる僕ら。


 「な、ななななんだろうね⁉ 同時に連絡が来たってことは……グループチャットかな?」


 さっき美波と秀吉の共演が決まったし、そのことだろうか。ちょっと邪魔された気分になって残念だったのは言うまでもない。


「た、たたた多分そうじゃろう。何やら盛り上がっているようじゃな」

 

 卒業以来それぞれが携帯を手にするようになってから、僕らFクラス六人+霧島さんの七人でチャットグループを作った。……霧島さんをのけ者にしたら、一人の男の命が無くなるからこのメンバーなのである。


「どれどれ……? 」


『なんだ、秀吉と島田共演するらしいじゃねえか』

『いきなり番組で振られたから、ウチもびっくりしたのよ』

『……あの番組のスタッフには知り合いがいるから、話を通しておく』

『絶対に見ますね! でも、二人が遠くに行っちゃった気がします……』

『そんなことないわよ瑞希。ウチらはずっと友達じゃない』


 ムッツリーニは一体何の話を通そうとしてるんだ。


『そうだよ姫路さん! どこにいたって僕らは友達じゃないか!』

『吉井くん!? じゃなくて、今はもうアキちゃんですもんね、やっぱり遠いです……』

『姫路さん、そんなに距離を置かないで!?』

『私にできることは、アルバイト代でお布施を払うことだけです……』

『お布施って、グッズ購入のこと!?  姫路さんも買ってたの!?』

『お主ら、騒ぎすぎではないか? ワシも島田も芸能界にいるゆえ、あってもおかしくないじゃろう』

『秀吉はいつも通り落ち着いているな』


 あれ? そういえば霧島さんは出てこないけど、今何か手が離せない状況かな?


『……二人とも、共演おめでとう。雄二を監禁しながら、一緒に見る。……雄二、逃げちゃダメ』

『うわぁぁ翔子!? やっと首輪を取り外したとこなのに〇‪✕‬※△□■』


 よかった。彼女も元気そうだ。無事雄二死亡っと。


『また放送の時にでも話しましょう。木下、収録はよろしくね』

『こちらこそ頼むぞい』


 美波が話をそうまとめて、終わるチャット。


「ふーっ。みんな元気そうだね」


「そうじゃのう。雄二の命だけが心配じゃが……」


「まあアイツならなんとか生き延びる……といいね」


 この比較的治安の良い日本社会の中で命の安全を確信できないのは、正直恐ろしいと思うけど……。


「そういえば、今のところ皆あの未来の召喚獣が指示した通りの未来を送っているのう」


「あ~、あの学園長が頼んできたやつだよね? 確かにそうだねっ」


 確かに職業がはっきり分かっていた美波、ムッツリーニ、秀吉はそれぞれ同じ仕事に就いているし、雄二と霧島さんも出てきた通りだ。僕と姫路さんは、その時何をしているかは分からなかったけど、外見は召喚した時と同じだったと思……ん?


「あの時の僕って……、スーツを着てなかったっけ?」


「……そういえばそうじゃな」


「……ってことは、留年せずにちゃんと働いている未来だったんじゃないの⁉」


「みなまでいうな……。み、未来が変わることなんて往々にしてあるじゃろう」


 気まずそうな顔でフォローする秀吉。


「なんで僕だけ違うんだあぁぁぁ!」


 自業自得だと分かっていても釈然としない……! それと、どこかから「俺は違う未来でもいいから、首輪を着けられねえ人生が良かった……!」って声が聞こえた気がするけど、気にしないでおこう。


――ピロン。


「? 雄二からメッセージだ」


『たすてけ』


「…………雄二の家はここから近いぞい」


 非常に面倒だと思うし、僕一人だったらこんなことを言わないと思う。けれど秀吉の手前だし、何より――近所で身近な人間に警察沙汰を起こされたくはない。


「しょうがない。親友を助けに行きますか」


 そして雄二の部屋に駆けつけた時には、倒れた彼が赤い何かでメッセージを床に書いていたのはまた別の時にでも。

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