女優の顔に刃を向けた男──怒れる警備隊の息子、立ち上がる

フェスタは授業を終えると、すぐに劇場へ向かった。


(もしかして、今度こそ白い粉の話か?)


前回、カフェで会った時は、ラビィは警戒していたのか白い粉の話には触れなかった。彼女が劇場を大切にしているのは本気だと見ている。だからこそ、その話に触れることに慎重になるのだろう。


(警備隊の捜査が入ることで劇場の評判や営業を心配しているんだろう。そんなのどうにでもできるっていうのに)


裏組織の力を使えば、うまいこと処理はできる。だが、そんなことを話すわけにもいかず、フェスタは彼女が自分から話すのを待つつもりでいた。話してもらうからには正直に全てを打ち明けてもらわねばならない。


フェスタは眉を寄せながら歩調を速めた。なんとなく、胸の奥に嫌な予感が広がっている。


楽屋の扉の前まで来てノックすると、中からラビィの返事があった。


「……すみません。今は集中したいので帰ってもらえますか」

「相談があると言ってただろ?」

「相談なんてありません。その……ただ、あなたの気を惹きたくて言っただけです」

「気を惹きたいなら、オレと会うべきだろ」


フェスタは勢いよく楽屋の扉を開いた。


そこには、イスに座らされて後ろ手に縛られたラビィの姿があった。顔は強張り、目は怯えて揺れている。


横には、背の高いストライプ柄のスーツを着た色白の男が立っていた。手にはナイフを持っている。ラビィのアゴ下に、刃先が突きつけられていた。


「なんだお前?」

「あなたはフェスタさんですね?お父様は警備隊の一員で組織の者でしたか?」


自分のことを知っているとわかり、フェスタは一歩、ゆっくりと前に出た。肩がわずかに揺れ、まばたきひとつせずにヒャルトを睨みつける。


「ジャケットから手を放してもらえませんかね。あなた、刃物の扱いが上手ですからね」


フェスタは舌打ちしながら、手を離した。


「言うことは聞いてやった。ラビィを離せよ」

「今、不利なのはあなたですよ。警備兵や組織の人間を引き連れて来ているわけでもない。私が指示すれば、一瞬で死ぬんだよ」


淡々と述べられた言葉にラビィがびくりとした。


「オレを殺してなんの得がある?」

「得はありませんね。むしろ、面倒になるだけです。この国で戦争を始めるつもりはないな」


ヒャルトは、ラビィのアゴ下に刃先を押し当てたまま、ゆっくりと口角を上げた。


「なら、どうする?さっさとラビィから刃物をどけろ」

「ラビィを、かなり気に入っているんですがねぇ……」


ヒャルトはナイフの先をさらに押し付けた。すると、あごからわずかに血が滲んでラビィの顔が歪んだ。


「怖がる顔は、いいですね。女優だけあって、表情が豊かだ」

「おい!いい加減にしろ!」


フェスタの声が怒気を帯びた瞬間、ヒャルトはラビィを盾にしながら扉へと向かう。


「さて……この場は引くとしましょう。ですが、次はどうなるか分かりませんよ。フェスタ」


そう言うと、ラビィを突き飛ばして姿を消した。


「大丈夫か!?」


フェスタは両手でラビィを受け止めると、刃物を押し当てられた部分を確認した。傷ができていた。


「あの野郎……許さねぇ。女の顔に傷つけやがって」


怒りに任せて立ち上がると、足元で腰が抜けたらしいラビィが声を出した。


「フェスタ様……」

「とりあえず、イスに座ろう」


フェスタは後ろ手に縛られていた紐を切ると、震えるラビィをそっとイスに座らせた。


「アイツが何者か知ってるのか?」

「この劇場の援助者でヒャルトという名前です。とても危険な人物で……」


ラビィはイスに座ったまま、肩を震わせていた。涙が頬を伝い、言葉を続けようとしても、喉がひくついて声にならない様子だ。


「落ち着こうぜ。順番に話してくれるか?」


フェスタはしゃがみ込むと、ラビィの背中を撫でた。ポケットからハンカチを取り出すと、そっとラビィの涙を拭く。


「……ヒャルトは両親を脅していました。劇場を守りたいなら言うことを聞けって。倉庫で白い粉のビンを見つけて、あなたに渡そうとして取りに行ったら、あいつの仲間に捕まってしまって……」

「1人で動くなんて危ないだろう。無理するな」

「だって……証拠を見せないと信じてもらえないかもと思って」


ラビィの肩が再び震え始めた。


「……オレは信じるよ。知らせようとしてくれたんだよな。オレを頼ってくれたのは嬉しいぜ」


その言葉に、ラビィは顔を上げた。 涙で濡れた瞳が、フェスタをまっすぐに見つめていた。


「え……と、この国のモンは守らなきゃいけねえからよ」


ラビィは、こくりと小さくうなずいた。


「それでも嬉しいです……私はこの劇場を、両親を、皆を守りたい」


フェスタは黙ってラビィの頭を撫でた。


「わかってるよ。任せろ」


フェスタは、静かに立ち上がった。その目には怒りと覚悟が宿っている。


(あいつは組織のこともわかっているようだったな。次は逃がさねぇ。オレがこの劇場も、ラビィも、全部守ってやるぜ)


拳を握りしめたフェスタだった。

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