素顔を見せた女優に、組織のスカウトが動く?

ヒャルトの去った後の楽屋は静寂が支配していた。


「オレ、あんたのこと……見直したわ」


思わぬ言葉に、ラビィは涙の中から顔を上げた。目元は濡れていたが、視線はまっすぐだった。


「見直したってどういうことですか?」

「正直言うと、あんたは色仕掛けで男を虜にして貢がせる女かと思ってたんだ」

「……ひどい言い方。それに、私は“あんた”じゃなくて“ラビィ”です」

「正直に言ったつもりで悪気はなかった。……ラビィ、これからは気軽に話してくれ」


ラビィは、一瞬だけ唇を引き結ぶと、何かを飲み込むように息を吸った。


「……わかったわ。私もこれからはありのままでいくわね」


フェスタはラビィの口調の変化に、ほんの少しだけ目を見開いた。


「おお。その方がやりやすいよ。自然でいいと思うぜ」

「私は女優よ?常に演じることが身についているの。……でも、いつも演じるのは疲れる。だから、あなたの前では演じないことにする。だから、あなたも私に本気で向き合ってほしいわ」

「本気で?」


フェスタはぽかんとした表情を浮かべた。


「わかってないって顔ね。……正直ついでに、告白するわ。私があなたに近づいたのは、下心があったからよ。でも、それは劇団のためだったわ」

「おそらく、そんなところだろうとは思っていたよ。オレがいくらいい男でも、あんなふうに迫られることはないからな」

「まあ、自信家ね」


フェスタがにかっと笑うと、ラビィもつられて笑った。


「……ここの劇場のことだが、警備隊が調査に入ることになるだろう」

「そうなると、営業できなくなるわよね?」

「調査は秘密裏に行う。それなら、劇場を閉めなくても大丈夫だ」

「本当に!?」


ラビィは伏せた目を上げた。まつ毛の先に残っていた涙が、光を受けてきらりと揺れる。


「嬉しいわ!」

「安心したか?」

「ええ。とっても。……私、やっぱりフェスタ様に近づいて良かったわ」


フェスタはラビィのキラキラした視線に、少しだけ目をそらした。


「……その目、やめてもらえねえかな?落ち着かないんだけど」

「落ち着かない?ならもっと落ち着かないようなこと、聞くわね?」


ラビィが、挑発的ないたずらっぽい笑みを浮かべた。


「あなたって、警備隊だけじゃなくて組織の人でもあるの?」


その言葉は、まるで舞台のセリフのように空気を切り裂いたようだった。


「わ、わかってて聞いてるのかよ?」

「……正直言うと、組織というのがなんなのか知らないわ。だけど、ヒャルトが言っていたじゃない。だから、気になったのよ」

「あの野郎……」

「組織ってなんなの?知ってはいけないの?」


フェスタは少しだけ目をそらした。


「……それより、あんたの両親を気にしなくていいのかよ」

「あ!そうだわ!」


駆け出したラビィを追って事務所に行くと、ラビィの両親はイスに縛られていた。幸い、目立った外傷はない。ラビィが駆け寄ると、両親は涙を流して彼女を抱きしめた。


ラビィの両親は、ラビィに謝り、駆け付けたフェスタには何度も感謝の言葉を繰り返した。


(ラビィの両親は、騙されて脅されていただけみたいだな)


――倉庫にあったはずの白い粉のビンはなくなっていた。


(ヒャルトの野郎、抜け目ないやつだぜ)


フェスタは劇場を後にすると、街に散らばる組織仲間に劇場の見張りを命じた。そして、自分はすぐさまキャプスの屋敷へと向かった。


「キャプス、ヒャルトって何者か知ってるか?」

「ヒャルトか。奴は“変幻自在”とフィンとも呼ばれている。いずれも偽名だがな」

「奴があのフィンだったのか」

「武器の密売から薬まで手広くやってるだとうと思った危険人物だな」

「うちの国で好き勝手やりやがって」


キャプスはフェスタの怒る様子をしばらく見ていたが、口を開いた。


「ラビィは使えそうか?」

「ラビィ?」

「ヒャルトに狙われて劇団を守ろうとしたんだろ?しかも、組織について興味を示しているとなると、こちらに引き入れたくなった」

「おいおい、やめろよ」

「なぜ?ラビィは平民で貴族よりも自由がきく。演技力と知名度、度胸もある。欲しい人材だ」

「だから、やめろって」

「反対するのは惚れたからか?」

「おい!」


フェスタはイスの背にもたれていた体をぐっと前に起こした。眉間にしわを寄せてキャプスを睨む。


「惚れたとかじゃねえ。ただ、ラビィは劇場のことに真剣だ。だから、オレは守ってやるって決めただけだ」


キャプスは茶器を置きながら、わずかに口角を上げた。


「では、しばらくラビィのそばにいろ。フィンはラビィのことを気に入っているのだろ?執着性がある奴だから、また姿を現すこともあり得る」

「それはちょっと……」

「エリールを気にしているのか?彼女には仕事だと伝えておいてやる」


ここまで言われると、フェスタはうなずくしかなかった。ラビィに守ってやると告げたのだ。男に二言はない。


「よろしく頼むぜ。エリールにこれ以上、誤解されたくないんだ」

「ああ。心配するな」

「ところで、エリールの新居は落ち着いたのか?」


エリールの話が出て、彼女の近況を気にしていたフェスタはここぞと尋ねた。


「まあな」

「もうちょっと情報くれよ。女2人で暮らしてたら心配じゃねえか」

「そこは気にしなくていい。同じ建物に組織の者も住んでいる」

「男もいるよな?」

「いるが心配しなくていい。お前とエリールの兄貴たちを敵に回す馬鹿はいない」

「ならいいけど」


フェスタは少しだけ息を吐くと、肩の力を抜いた。


その様子を見たキャプスは、フェスタがエリールを諦める日はまだ遠いだろうと思った。

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