第3話 いつもの日常と葛藤
夜10時過ぎ。ふくろうが鳴く中、私は銃の手入れをしていた。
“農家の会合”が終わり、父さんは酒で潰れ床に横たわっていた。母さんは呆れた顔で、それに毛布を被せる。
カチャ……カチャ……。銃の鉄の音だけが、静かなこの家に反復した。
「シーナ、もう寝なさい」
「……はい。おやすみなさい。母さん」
「おやすみシーナ」
しばらくすると、母さんは私に寝るように諭し、自室へと戻っていってしまった。
それにつられて、私も自分の自室“屋根裏部屋”へと戻る。
ギシギシと音を立てながらハシゴを登り、屋根裏部屋へと入る。下向きにある扉を閉めて、完全な個室になったところで、小さな電球をつける。
そして、狭いこの空間でラジオをかけた。
ザザッというノイズ音と共に、静かなキャスターの声が聞こえる。
この音だけが、私を眠りへと誘った――。
毛布を被り、目を瞑る。
しかし、今日は中々寝付くことが出来なかった。
「
今日見たポスターの内容が、頭から離れない。
“祖国の為に”
その言葉だけが、頭の中で反芻された。
ロッタ・スヴァルド。女性兵の義勇軍。
私の、この狙撃力を役に立たせることが出来るかもしれない。私も祖国の為に戦いたい。
そんな思いが胸の内をぐるぐると廻った。
でも、ただでさえ狙撃なんて女性らしいことをしないで迷惑をかけているのに、これ以上両親を心配させる訳にはいかない……。
そんなストッパーがかかる。でも、心の奥で、何かが燃えているような気がした。
「〜!今日はもう寝よう」
ぐるぐるとした思いを断ち切り、再度、ギュッと目を瞑る。小さな窓からは、月明かりが差し込んでいた。
スー…スー…
寝息とふくろうの音が入り交じる。
そんな中、またあの声が聞こえてきた。
“ほんとにそれでいいの?”
―――あの時、射撃大会の時に、聞こえてきた声。
その声は、私を責めているような、そんな風に聞こえた―――。
―――コーケコッコーー!
パチッ
朝、鶏の鳴き声とともに目を覚ます。
下からは、パタパタとした母さんの足音が聞こえていた。
ギシ…ギシ…とハシゴを降り、母さんに朝の挨拶をする。
母さんはそんな私の顔を見て笑った。
「おはよう母さん」
「おはよう…って、ふふっ。シーナ、あなた顔にヨダレついてるわよ」
頬を触ると、ザラザラとした感触があった。
急いで鏡を見る。
そこには頬に白く線が入った自分がいた。
「うわっやだな」
顔をパシャパシャと水で洗い流す。
ついでに歯磨きもして、朝の準備は大体終わった。
「今日の朝ごはんはフレンチトーストよ。早く養鶏場行ってきなさい」
「はーい」
餌の麦を持ち、外へ出る。
外はまだ暗く、すっかりと冷えていた。
白い息を上げながら隣の養鶏場へと走る。
柵を開けると、一目散に鶏たちが寄ってきた。
「はいはい、どーぞ」
パラパラと餌を撒く。鶏たちは小さく声を上げながら無心で床をつついていた。
大方撒き終わった所で、家へと戻る。
家の温かさに触れながら、いい匂いの漂う台所へと向かった。
そこには、新聞を読みながら葉巻を吸う父さんと洗い物をする母さんがいた。
「おはよう父さん」
「おうシーナ。外は寒かったろう。早く食べちゃいな」
「はーい」
暖かな家族団欒。
これが私の望む生活であり、日常であった。
そう。この生活さえあれば、何も不満はない。だから、軍に入りたいなんて―――
「シーナ、この記事見ろよ。女性だけの義勇軍だって。ロッタ…スヴァルド?だってさ」
「!」
父さんは新聞を見せながら葉巻をふぅーっと吐いた。母さんは怪訝そうな顔でその様子を見つめる。
少しの希望を持って、ちらりと父さんの顔を見たが、その顔はどこか悲しそうな顔をしていた。
「全く…この国は女性が前線に出なければいけない状況になってしまったのか……。そんな危険なこと、女性にはさせたくないんだがなぁ……」
父さんはそう言って、また葉巻を吸った。
その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。
「もう、誰にも死んで欲しくないよ、俺は」
父さんはそう言って、葉巻を灰皿に押し付けた。じゅっという音が、胸の奥まで響いた。
昔、私がまだ幼い頃。この家には優しい兄がいた。
あのモシン・ナガンの、元の持ち主だ。
兄は気高く強い、かっこいい兵士だった。
しかし、ある日の小競り合いの戦争の夜、兄さんは帰ってこなかった。
悲報を受けた時の、父さんの怒りの形相と、母さんのすすり泣き―――。
機械いじりが好きで、油の匂いのする兄の手を、今でも、鮮明に覚えている。
その若く尊い命は、たった一夜にして、奪われてしまった。
「……お父さん、もうその話はお止めになって」
「…あぁ。そうだな…。すまん」
母さんがそう諭し、この話は無かったことになる。
リビングに飾ってある、レースで隠された兄の写真は、まるでこちらを見ているようだった―――。
ヘイへは夜に現れた 町 玉緒 @Abc11
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヘイへは夜に現れたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます