第33話狂信

『音の1つ1つは繊細で美しいけれど、どこか真似くさい。常に特定の曲がチラつくような曲だった。』

 実際、今回の曲は1つの曲をベースに聴き比べながら作った。自分のオリジナリティは完全に捨てているから、俺の個性についての言及は問題ない。

 けれど、なんとなく、もやもやした。

 特定の曲がちらつくのは、自分が目指しているものじゃない気がした。

 俺は、ネギマ先生の影が見えるような曲を作りたいんだ。

 ……じゃあ、先生の曲と比べながら作るのは、本当に正しいやり方なのか?

 比較しながら作るということは、結局その曲には近づいてしまうということ。

 それは、ただなんとなく寄せただけの中途半端な曲になる。もっと、根本的な部分を模倣しなきゃいけない。

 あぁ、なぜもっと早く気づかなかったんだ。

 俺は、こんなにも大事なことを、ずっと見落としてしまっていた。

「皆さん評価シートはもらいましたか?下半期作品講評会はその反省点を踏まえた上で作ってください。それじゃ、今日はここまでです」

「ありがとうございましたー」

 評価シートを握りしめて、帰路につく。また近所の公園で、ギターを弾いた。

 専門学校に入ってからも、ずっとギターの練習動画はMe tubeにあげていた。曲を作り出してからは、作った曲も全て包み隠さずにあげていた。

 黒画面に歌詞のテキストだけを載せる、簡単な動画は、当然ながら、あまり伸びなかった。

 それでも、あの人に届けばいいと思って、ひたすら音を発信していた。

 それから下半期講評会までは、ひたすらあの人の曲の研究をし続けた。あの人がどんな技法を多く使っているのか、どんな音から始まることが多いのか、どんなリズムを取るのか。

 共通点をとにかく探し求め、紙に書いては、壁に貼っていった。あの人の制作の根底を探らなければいけない。何度も曲を聴いて、耳コピをしながら自分のパソコンで、それっぽいプロジェクトデータを作った。

 そこで見つけたどんな微細な発見も、絶対に見逃さず、ひたすらメモをした。

 理論書の余白には、あの人の曲名ばかりが書き連ねられていく。あの人が考えそうな歌詞やタイトルを書き連ねたノートの山が、俺の部屋を埋め尽くした。

 先生の音楽を聴くたびに、頭の奥が熱くなった。

 ギターのストロークの癖、コード進行の流れ、音の隙間の休符すら愛おしかった。その全てを吸い取ろうと、俺は躍起になった。

 卒業する頃には、俺はあの人のコピーとなっていた。最後の卒業制作の先生からのコメントは、『音が繊細で、学んだことをよくいかせているが、ネギマさんの雰囲気を強く受け過ぎているように感じられる』というもの。それがたまらなく嬉しくて、もっと近づきたいと渇望するようになった。あの人に似ているということは、確実に俺の目指すものに近づいているという証拠。その評価は、自分のオリジナリティを出せというものなのだろうが、俺はそれを無視した。

 あの人を正しく模倣できている。先生らしい曲を作れている。それが、狂おしいほど嬉しかった。あの人の血を、肉を喰らっているような感覚だった。

 もっと、もっと欲しい。あの人を自分の中に宿したい。もっと模倣したい。近づきたい。知りたい、知りたい。

 あの人の音に浸り、あの人の音をなぞらえる。それが、俺にとって、何物にも代えがたい快感となっていた。

 その音の渦の中に沈んで、息をすることさえ忘れていた。

 世界はヘッドフォンの内側で完結して、外の音がすべて遠ざかっていく。

「――くん、海月くん!」

 息すら忘れる音の海の中で、その水面を突き破るような声が聞こえた。

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