第27話あの人の理由に
そんな騒動をきっかけに、フロイデ音楽院は一気に有名になった。年々志願者は増えていき、正直、学校について調べているときは、枠が残っているか不安だった。
まだAO入試の受付を行っていると知った時には、心の底から安心した。それからは早かった。すぐにオープンキャンパスに行って、エントリーシートを入手し、受験に臨んだ。
地方に住む俺は、東京にあるフロイデ音楽院へ向かうたびに、都会と田舎の違いを痛感した。人の量、建物の大きさ、そして、街を歩く1人1人の個性。まるで、異世界にでも来たような感覚すらあった。
受験方法は、作文と面接。作文のテーマは「将来の夢」。小学生のような作文テーマだが、これで俺の人生が決まると思うと、笑えなかった。
俺はシャーペンを握り、紙にペン先を落とす。カリカリという記入音が、俺の鼓膜にただただ響いた。
1時間ほどして、作文記入が終了し、用紙を集められる。自信は結構ある。大丈夫だと、自分に言い聞かせて、面接会場に向かった。
案内役の人に名前を呼ばれ、面接室に入ると、優しそうな笑顔の面接官と、無表情で記入用紙のようなものと睨めっこしている面接官が目に入る。
「それでは、面接を始めさせていただきます。ではまず、当校を志望した理由をお聞かせください」
「はい。私が貴校を志望した理由は、貴校の卒業生に尊敬する人がいるからです」
「……ネギマさんですか?」
面接官の声が、少し、冷たいような、呆れたような声に聞こえた。
「はい」
「なるほど。将来の夢も、作曲家と書かれていますね。ネギマさんのような有名作曲家になりたいと?」
そう言い放つ面接官の目は、「二番煎じ」とでもいうようなものだった。もともと伸びていた背筋を、さらにピンと伸ばす。
「有名になりたいわけではないですが、ネギマ先生のような作曲家にはなりたいと思っています」
「なるほど。では、あなたの思う、"ネギマ先生のような作曲家"とはなんですか?」
数秒、考える。しかし、特に考えていなくても、言葉は勝手に溢れていた。
「……誰かを、救うことができる作曲家です。有名にはならなくても、たった1人だけでも、曲を聴いて、その人がもう少し頑張ろうって思ってくれればいいんです。少なくとも、私はネギマ先生の曲を聴いて、そう思ったので。」
真っ直ぐに、ただ面接官を見つめる。それは、少しだけ苛立ちをぶつけるような意味合いも持っていた。確かに、ネギマ先生を話題に出す以上、先生に憧れて、有名になりたいという漠然とした夢だけを抱えてくる人にも思われる覚悟はしていた。覚悟をした上で、腹立たしかった。俺は、そんな浅くない。俺のネギマ先生への憧れは、そんなに薄くない。
面接官は少し驚いた顔をして、すぐに優しく微笑む。
「なるほど、ありがとうございます。それでは、最後に。もし、10年後、あなたの作品が誰かの元に届いたら、その人にどんな影響を与えたいですか?」
「私は、私の曲を、ネギマ先生の、音楽を続ける理由にしたいです。」
止まったあの人の更新を、もう一度動かしたい。まだ、あの人が亡くなったという確実な証明はされていないんだから。
「……ありがとうございます。それでは、以上で面接を終わります。」
「ありがとうございました。」
少しだけ、不安だった。一応自分の気持ちを真摯に伝えたつもりではあったけれど、それでも有名人の名前を出したのは少しまずかったかな、と、1人帰りの新幹線で反省を行う。
いや、いつまでもネガティブな考え方をしていたら、結果にも影響が出るかもしれない。うまく行ったと思って、切り替えていこう。そう思い、気合いを入れるように自分の両頬を叩いて、前を向いた。
それから一週間後、面接結果が届いた。封筒を目の前に、固唾を飲む。
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