第26話進路変更

「俺、専門学校に進路を変えようと思う」

 そう言うと、2人とも少しだけ黙りこくる。怒られるかもしれない。猛反対されるかもしれない。少し目を瞑って、覚悟をするように俯くと、真っ先に飛んできたのは、母からの疑問の声だった。

「どうして?」

 それは、非難に染まった声ではなく、純粋な疑問の声だった。

「どうしても、音楽が作りたいんだ。」

 少しだけ声が震える。否定されるのが怖くて、たった数秒のこの無言の間すらも気まずい。

「……ネギマさんか?」

 父の言葉に、ピク、と指先が反応する。そして、ゆっくりと首を縦に振った。

「やっぱりなぁ、お前、何かとイベントがあれば飛んでいってたもんな。アルバムが出れば、リリース当日に買って、グッズもとにかく買い集めてるもんな。」

 父の言動に、少し恥ずかしくなって顔が熱くなる。確かにここ最近はイベントやグッズが多く、アルバムも高頻度で出されていたから、両親からお小遣いを前借りしたり、アルバイトをしまくって成績が落ちて怒られたりもした。「推し」と称して、車でイベント会場に送ってもらった日もあった。

 そんな日々で、両親が勘付かないという方がおかしい話だ。

「……憧れの人に近づきたいという気持ちは素晴らしいが、夢だけ追いかけては飯は食えないぞ」

「わかってる。それでも、俺は音楽を作りたい」

 どんなに否定されても、俺はこれ一本で切り抜ける気だった。覚悟だけでは、実力は身につかない。そんなことは端からわかっているが、今の自分に、訴えられる材料はこれしかなかった。

「わかった」

「え……?」

「そこまで言うなら頑張ってみなさい。お金の面は援助してあげるから。あなたはちゃんと、やれることをやりなさい」

 そう言ってくれたのは、母さんだった。正直、意外だった。今まで大学だとか、安定した企業だとかとうるさかった母さんが、こんな一発勝負のような話を聞き入れてくれるとは思っていなかったから。

 「でも、専門学校はこの時期からだと少し入試が大変よ?それはちゃんと理解しておいてね」

 それについては、ある程度調べてから言っているから理解している。本来専門学校の入試争いは、春から夏に行われているということ、秋は一応受け付けているところはあるけれど、もう枠が半分以下になっていたり、人気のところは応募を締め切っている。

 他にも困難は多いことが分かった上で、俺はどうしても行きたい学校があった。

 それが、「音楽創作専門学校フロイデ音楽院」。かつてのシングル配信記念のライブで、ネギマ先生が話していた母校だ。

 ライブ、と言っても、ファンの質問にリアルタイムで先生が文章で返すだけという、なんとも不思議なライブだったけれど。

 先生の2度目のシングル配信で出された曲、「スポットライトの端っこ」は、あの人の中ではかなりの異端作らしい。「個性が出ていない」と指摘を受けて、激動をそのまま曲にした作品と、先生は言っていた。

 この情報が出た当時、ネットは一気に騒然となった。

 先生の母校を訪ね、「ネギマの正体って誰ですか」と聞きまわる不届きものまで現れたという。

 もちろん、専門学校側は門前払いだ。

 というより、学校の職員たちも「特定はできない」と明かしていた。

 何せ名前は匿名、性別も不明、年齢すら伏せられている。

 手がかりといえば、活動初期に投稿されたストック曲の中に、在学中の作品が混じっているかもしれない。という程度の推測だけ。

 もしかしたら当時の担当教員が「……あの子かもしれない」と思う瞬間があったかもしれないが、そもそも卒業年すら不明なら、確かめようがない。

 それでもネットはしばらく騒ぎっぱなしだった。「ネギマの正体を探すスレ」が乱立したり、「――年卒業の桜庭さんらしい」というデマまで流れ出した。

 ネギマ先生は想像以上に騒ぐネットの人達に焦り、SNSで声を上げた。

『できれば特定はしないでください』

『推測するだけなら勝手にしてくれても構いませんが、特定個人の名前まで出されると、他の人にも迷惑がかかります』

『これからも曲は更新するので、どうか、それで満足してください』

 そしてネットはある程度鎮まった。鶴の一声とはまさにこのことかと、感心したことをいまだに覚えている。

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