第23話音楽だけ

「……っは!」

 私は飛び起きた。変な温度の汗が滲み、呼吸が荒くなる。震えが止まらなくて、しばらくは布団をつかんでいた。

 どうやら、先程までのことは全て夢だったようだ。それもそうか、あんな非現実的なこと、実際に起こるわけがない。でも、妙にリアルな感覚だった。現実に目覚めても尚、少し余韻が残るぐらいには。

 呼吸もある程度整って、二度寝をするのも怖く、ベッドから降りた。

 作曲作業を進めている中で、何度も夢の中の私たちの言葉が頭をよぎる。

「認めてもらえて尚、死ぬ気なんてなかった」

「どうして、びょうきなおしてくれなかったの」

「ほら、あなたも死にたくはなかったんじゃん」

 暗く重く、まとわりつくような言葉たちを振り払って、私はひたすらギターを弾く。

 夢の中の私の言う通りだ。私は、自殺志願者でありながら、死にたくはなかった。それは、今に始まったことじゃない。自分のことを、「無価値」とラベリングした時からずっとそうだ。

 死にたいと願いながら、私は自分の手首を切ったこともなければ、首を括るためのロープすらも買ったことはない。その類のものがある店にたまたま立ち寄っても、そういう道具のあるコーナーには近寄りすらしなかった。

 死にたかったけど、死にたくはなかった。ただ、居心地の良い世界が欲しかった。それだけ。でも、無価値な私の望む世界なんてないから、ただ逃げたかった。それだけだ。

 ギターを弾きながら、また体が硬直したり、息がつまる。もう、今から何をしても、手遅れなのだろう。病院で延命をしたところで、伸びる時間なんてたかが知れている。

 それに、病院に行き来したり、治療する時間を作るぐらいなら、全てを作曲に使いたい。それが、私を認めてくれたファンのみんなにできる、せめてもの恩返しだ。

「……よし」

 荒くなる息を整えて、少し気合を入れる。ギターを握る手が自然と強くなる。

 私は、自分が死ぬその日まで、長期間をかけてある曲を作ることを決めた。あの夢の中にいた私たちへ送る曲を。

 痛くて、苦しい今の私を、優しく死へ導いてくれる一曲を、秘密裏に作りだした。

 その日から、大きな一曲と、定期的に投稿する曲の同時進行が始まった。

 今まで以上に無理をした。何度体が突っ張っても、呼吸に異常が出ても、歯を食いしばって曲を作り続けた。正直に言えば怖かった。いつ、自分が死んでしまうのかわからないから。自分は今どういう状況なのか、把握しきれていないから。いつこの痛みと苦しみが来て、いつ終わるのかわからないから。

 それでも必死に耐えてきた。伸びだした作曲ペースを縮めるように、ひたすら楽器とパソコンに向き合う日々。ベッドの上でうずくまっていた時間も無理して削り、痛む体に鞭打って、ひたすらに作業を続けた。

 せめて生存報告ぐらいはしようと、1日1回は必ずつぶやきを載せた。主には症状の話、たまにご飯の投稿、曲作りの様子など。

 ファンの人たちはその小さなつぶやきを見て安心しているようだった。毎日、投稿するたびに優しいコメントがついてくる。

 曲は、時間がかかろうともクオリティだけは下げないように努力した。ギターが入る時間こそ減ってしまったけれど、それでも調声やパソコンに打ち込むメロディで必死に補ったし、必ず1回は入れるようにしている。

 できる限り作業を続ける日々で、私の生活リズムは確実に崩れていった。

 気づけば窓から光が差し込んでいて、気づけば外は真っ暗になっている。体と脳が限界に近づいたらベッドへ倒れ込み、気を失うように眠る。

 昼夜逆転してるかどうかすらも判断ができない。ただ、確実に命を削っていることだけがわかった。

 昼と夜の境目も、寒さと暑さの境目も、だんだんと曖昧になっていく。季節の巡りがわからなくなる。

 スマホを見て、今日が何月何日なのかを理解するので精一杯だった。

 空腹も、睡魔も、微妙にわからない。ただ、しんどくなったら、食べるか寝る。食事は全て出前。完全在宅で、衣食住はある程度整えられるのが、せめてもの救いだ。

 外に出る日といえば、週に1回のゴミ出しの日。大きなゴミ袋を担いで、指定の場所に置いて帰るだけ。

 それでも、あまり体型に異常が出ていないのは、単純に食べる量が少ないからだろう。なんなら、日を追うごとに体は痩せ細っている。

 どんどん日常生活に対する判断が鈍ってきていても、音楽を作る時だけは妙に頭がはっきりしてくる。私は完全に、音楽を作るためだけに生きるロボットのような人間と化していた。

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