第24話音圧に殺された
そして、その毎日の無理が祟ったのか、終わりは突然に訪れた。
それは、あの夢の日から同時進行で作っていた曲が出来上がって間も無くだった。まるで、もう役目を終えたとでも言うように、突然に胸が苦しくなる。
呼吸ができなくなって、頭がパニックだったが、体はとにかく行動を起こしていた。
何度も指先が痙攣し、呼吸がままならない状態で、真っ先にパソコンへ向かい、1年4ヶ月かけた超大作を投稿する。
多分、私は今日で終わる。
呼吸は一度正常に戻ったが、本能で今日が最後だと悟る。最後に、つぶやきを残して、曲の数分後に投稿する。そのつぶやきは、ほぼ遺書のようなものだった。
『きっとこれが、私の人生最後の曲です。曲名は、"終の葬送"。私の人生史上、最高傑作だと思います。きっとこの曲こそ、私の最期に相応しいと思います。だから誰か、私のお葬式に参列する人が、できれば両親とかがこの投稿を見たのなら、葬式の曲はこの曲にしてほしいです。なるべく大きな音量がいいです。私は、私の曲で、死にたいです。私は、私の曲に殺されたいです。』
投稿ができていることを確認して、スマホを投げる。窓の外を眺めると、ツクツクボウシが夏の終りを告げていた。あぁ、そういえば私は匿名で活動しているから、誰がこの遺言を見ても、私の葬式でこの曲は流せないなぁ。
八月三十一日。あのヘッドフォンをもらった日。もうあのヘッドフォンはボロボロで、とっくのとうに寿命を迎えている。
でも、大事な思い出の品ではあるので、ずっと、収納の中にしまっていた。
久々にその収納を漁り、件のヘッドフォンを出すと、電源をつける。よかった、まだ一応機能はするみたいだ。
出来上がった曲のデータをスマホに移行し、曲を流そうとする。
……しかし、スマホに曲を移行するときに、1つの通知が目に留まった。
それは、私のつぶやきに対する返信だった。つぶやきを投稿して間も無く帰ってきた返信に、自分は本当に愛されているんだなと、呑気なことを考えていた。
意識が朦朧としてくる。また呼吸が苦しくなる中で、なんとか必死にその返信を読む。
『先生は、きっとこの曲たちで死にたかったのでしょう。でも、僕は先生の曲を聞くたびに、また生きようと思えました。まだあなたに息があるのなら、あなたの新曲を、いつか聴ける時を楽しみにしています。いつまでも、いつまでも。だから、どうか、諦めないでください』
この返信を見た時、私は初めて、病院で治療を受けなかったことを後悔した。そして、ここまできて、生きたいと思ってしまった。私は、息も絶え絶えになりながら、絶対に誰にも届かない声を、スマホに向かってつぶやいた。
「ごめんなさい、クラゲさん」
それを、文字にしてこの人に送る勇気はなかった。諦めないで、というその人の言葉に、背きたくなかったから。
ヘッドフォンをつけて、ベッドで仰向けになる。
それ以上スマホを見るのが嫌になって、さっさと移行された音楽を流し、音量をマックスにする。そして何もかもから目を背けるように、スマホを伏せた。
耳がいたい、脳が殴られているみたいだ。でも、その苦痛に混じり、確かな安心感を得られた。これできっと、終わるんだ。
そして、私は、眠りについた。2度と目覚めない、永遠の眠りに。苦しい呼吸も、音の前ではあまり気にならなかった。
私は、自殺志願者だ。ずっと死にたかった。
でも、できることなら、もう少し、楽しく生きてみたかった。クラスの人たちみたいに、放課後に誰かと遊んでみたかった。休み時間も、おしゃべりをしてみたかった。もっと、わがままに生きてみたかった。
お父さん、お母さん、渡辺さん、ファンの皆さん。ごめんなさい。私は、最期の最期まで迷惑をかけてしまいました。どうか、私のいない世界で、幸せに暮らしてください。
これだけたくさんの人に影響を与えておきながら、私は無責任に去ってしまいます。それが、ネギマという人間で、蒼葉凪音という人物なのです。
――来世では、もう少し普通に人生を送れますように。
さようなら。
◇
「続いてのニュースです。きのう未明、石川県野々市のマンションの一室から、成人女性の遺体が見つかりました。通報したのは近隣に住む住人の女性で、『部屋から異臭がする』と警察に通報したということです。」
「警察と消防が現場に駆けつけたところ、室内でこの部屋に住む会社員の蒼葉凪音さん(二十八)がヘッドフォンをつけて倒れているのが見つかり、その場で死亡が確認されました。警視庁によりますと、外傷はなく、室内にも荒らされた形跡はなかったということです。死因は病死とみられています。」
「近所の住民によりますと、蒼葉さんはあまり外に出ることがなく、ここ最近は姿を見かけなかったということです。」
「以上、東京都内のマンションで見つかった女性の遺体についてお伝えしました。続いては、週末のイベント情報です。」
◇
音圧に殺されたのは、二十七歳、夏の終りのことでした。
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