第7話入試

 そうして音楽漬けの日々を過ごしていると、いつの間にか桜が舞い、私の高校生活は最終章に入って行った。

 専門学校を目指している私は、早めに受験の準備を進めていく。目指す先は、以前の三者面談から変わらず音楽創作専門学校フロイデ音楽院。まずはオープンキャンパスに参加してAO入試のためのエントリーシート入手。そこから記入して、エントリーが開始したら提出。私はAO特待生としての入学を狙っていたため、エントリーシートと一緒に、自身の作品も提出した。

 書類審査を経て、次に待つ山はAO面接。志望校に直接出向いて、名前が呼ばれたら面接官2人に対し、受験者1人で面接を行う。

 狭い面接室で、にこやかな目をした面接官と、真剣な眼差しでペンを持ち、こちらを見つめてくる面接官が並んでいた。

「それでは、面接を始めさせていただきます。ではまず、当校を志望した理由をお聞かせください」

「はい。私は、心が沈んだ時に、あるアーティストの曲に救われました。それで、私もそのアーティストのように、人の心に寄り添えるような音楽を作りたいと思い、そのために音楽のことを勉強するべく貴校を志望させていただきました」

 どこにでもあるような、ありきたりな志望理由。さすがに、自分の音楽で死にたいなんてことは言えない。インパクトとしてはそちらのほうがあるかもしれないが、それで気に入られるかどうかは五分五分だ。下手にリスクの高い方法をとる必要性はない。

「なるほど、ありがとうございます。次に、提出いただいた作品についてですが。これ、Fコードをあえて強調するように作られていますね。初心者にとっては難しいもののはずです。どうしてこれを入れようと思ったのですか?」

「……正直、Fコードはとても苦手でした。何ヶ月もかけて、ようやく演奏に取り入れられるレベルのものになったぐらいです。まだまだプロの方に比べたら音も濁っていることは承知ですが、それでも、1つの壁を超えたその象徴としてこのFコードを強く主張させたいと思いました」

 2人の面接官のうち、メモをとっていた真剣な目の人の方が、少しだけ口角を上げた気がした。

「素敵な考えだと思います。最後に、もし、10年後、あなたの作品が誰かの元に届いたら、その人にどんな影響を与えたいですか?」

 少し、息が詰まった。時間にして約数秒。でも、そのたった数秒が、私にとっては何時間にも感じた。

 私の作った曲は、誰かに届かせたくて作るものじゃない。ましてや影響なんて、考えていない。私は、ただ自分の作品に、この命を奪ってもらいたいだけなのだから。

「……そう、ですね。影響というと、少し大きく聞こえますが、私は、何か大きな悩みを抱えている人の心のほんの一部に寄り添えたら嬉しいです。無理にその人の生き方を変えたり、導けるような大層な曲じゃなくて、その人の悩みのかけらを少しだけ負担できれば、それでいいです」

 そんな日はきっと来ない。自分で作って自分で満足して、それだけ。でも、もしも私が、あの大好きなアーティストのように曲を発信するとしたら、そんな願いを持つだろう。なんとなく、そう思った。

「ありがとうございます。それでは面接を終了します」

「ありがとうございました。失礼致します」

 うまく行ったかどうかは、結果を待たなきゃわからない。ただ、言いようもない手応えだけが、私の胸の中に残った。

 それから一週間も経たないうちに、フロイデ音楽院から面接の結果が通知された。小さな封筒の中に、重大な結果がおさまっている。そう思うと、なんとも言えない緊張感に包まれた。

 恐る恐る封筒を開ける。普段から郵便物とかも丁寧に開ける性格だけれど、今回の結果に関しては、普段より一層丁寧に扱った。

 中には2枚の紙。一枚は、【AO入試制度出願認定通知】と大きく書かれ、赤い判が押された紙。もう一枚の紙は、本出願の手続きの案内だった。

「あ……受かった、受かった!」

 思わず飛び跳ねて喜ぶ。ただし紙が折れたり破れないように、一度テーブルに置いてから。

 もちろん、正式な合格ではない。あくまでも、これは、"合格内定"だ。正式な合格はこの後の本出願で通知される。

 ただ、合格内定をもらえた者が不合格をくらうケースは相当稀だ。本出願を忘れたり、高校を退学にでもならなければ、必ず合格をもらえる。

 今までこんなにも入試で必死になったことがないからか、高校入試の合格よりもずっと嬉しくなる。先生たちと親に報告するのがもう今から楽しみで仕方なくて、柄にもなく小躍りしてしまう。

 しばらくして母と父が帰ってきて、夕飯の時間になったので、食べる前に報告をしておく。

「ねぇ!専門学校!合格内定もらえたよ!」

 そう言って意気揚々と封筒の中の紙を見せる。母も、父も、嬉しそうに微笑んで、拍手を送ってくれた。

「おめでとう。よく頑張ったね」

「凪音はやっぱりすごいな!新しい学校が今から楽しみだな!」

 実際に受験をした私に負けず劣らず喜ぶ両親が、なんだかおかしくて、つい笑みが溢れる。やっぱり私は、愛されているんだな、なんて思った。

 本出願の時期まで、約3ヶ月の間が空く。その間も私はひたすら曲作りに没頭、時折ギターの音をメロディの中に織り込んだ。

 作る作品の精度はどんどん上がっている。特に、ギターの音を入れたことで、より音に重みが生まれたというか、曲に命を吹き込まれたような感じがする。

 ……でも、音楽が生きてくるほど、より私の未熟さが浮き彫りになっていくようで、どんどん不安が募ってくる。

「本当に、私なんかが音楽をやってもいいのかな……」

 確かに特待生としての合格は認められた。私の作品は、確かに評価された。その事実は確かに存在するけど、まだ自分は、音楽をわざわざ勉強するに足る存在なのかと自問してしまう。

 漏れるため息に、悶々と頭を駆け巡る不安。そんな悩みを抱えながらも、時間は止まることなくどんどん過ぎていく。

 本出願も終え、選考日が終わり、しばらく経つ頃に、選考結果が通知された。それは、正式な合否の通知だった。届いた郵便物の中には、合格の文字。

「……本当に、受かったんだ」

 進路が確定したという安堵と、これからうまくやれるのかという不安で複雑な心境のまま合格通知の紙を握る。

 けれど、いつまでもこんなにウジウジしていたら、きっと音楽にも悪影響になってしまう。自分はちゃんと認められた。そう思って、きちんと前を向こうと思った。

 合格通知の紙を両親に見せると、母は少し涙ぐみながらも微笑んで、「これで一安心だね、頑張ってね」と言ってくれた。父は、満面の笑みを浮かべて、「正式に合格したことだし、お祝いにご飯でも食べに行こうか!」と話してくれた。

 お祝いにはお寿司を食べた。父は回らないお寿司屋さんに行こうと提案したけれど、普通の回転寿司にした。きっと私には味の違いなんてわからないし、そこまでお金をかけてもらうほどの価値もないから。

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