第6話 謎の転校生、土門カイト

 校舎の鐘が午前のまどろみを切り裂くようにして鳴り響いている。前日の熱狂がまるで嘘のように、天堂エイタの周りは平然とした“日常”を取り戻していた。


 いつもの教室、そしていつも耳に入って来るクラスメイト達の喧騒。それはどの風景も彼にとっては一見、馴染みのある風景であることには変わりはないのだが、“ツゥイ”という謎の生命体(女性)と精神を共有することとなった彼にとってはまるで違った世界のように感じていた。


『……ねぇ、ツゥイさん?』


 彼は自分の精神領域にいるもう1人の人格でもある“ツゥイ彼女”に静かに語りかけた。


『……』


 返事はない。ただ、そのかわりなのか彼の首に掛けているペンダントが少しだけ呼吸をするように揺れた。


 あの日を境に、ツゥイは肉体を奪うような干渉は彼にはしてこない。ただ、沈黙のまま常に彼の奥底にその悍ましい存在として在り続ける。


 やがて、彼がゆっくりと席を立とうとした時、教室の扉がガラガラッと音を立てて開かれた。


「はーい、席につけー。今日は転校生を紹介するぞー」


 扉が開くと同時に、入ってきた担任の声がざわついていたクラスの空気をふっと張り詰めた。


「よし、それじゃ。自己紹介を…」


 担任の後ろから静かに入ってきたのは一人の男子。


 日に焼けた肌、鋭い眼差し。紺色の髪。


 彼の制服の下から覗くネックレスは群青色の輝きを放っており、少しだけ不気味だった。


「土門カイトです。〇〇から転校して来ました…」


 簡潔な挨拶、彼は柔らかい笑みを見せた。


 すると。その瞬間、エイタの胸の中でツゥイの鼓動がわずかに脈動した。


『……あの子、“ただの転校生”じゃないわね』


『ツゥイさん?』


「え〜、土門は天堂の隣に今日から座ってくれ。天堂、よろしくな」


「あ、はい!」


 担任の指示を受けた彼らは、互いに軽い会釈を済ませた。


 それから2人並んで座った時、エイタに向かって土門がぽつりと呟いた。


「へぇ、運がいいな。昨日の大会の優勝者の隣に座れるなんて」


 彼の口元には、意味ありげな笑みが浮かんでいた。


「昨日の試合、配信で見たんだ。ねぇ、“あれって本当に天堂くん”なのかい?」


「……えっ?」


 彼の意表をついた言葉に、エイタの呼吸が一瞬止まった。


 教室のざわめきの中、その言葉が異常なほど彼の中で鮮明に響いた。


「え、なにを言って——」


「僕、“同類”だからさ? 分かるんだよね」


「……っ!?」


 そう言って、カイトが指先で机を軽く叩くと、その瞬間、何処からか砂粒が集まっては机上で微細な円を描き始めていく。


「……?」


 エイタは机上で起こっている不思議な現象を前のめりになって見つめている。


 クラスではいつもと同じように授業が進んでいるのだが、彼らの前で起こっている現象は誰の目にも止まらなかった。それは全てカイトの能力によるものだった。


 しばらくすると、その机上にある“灰色の紋章”が浮かび上がった。


 すると、ツゥイがエイタの中で静かに呟いた。


『……やはり追ってきたわね。異界で私達を追い続ける5人の番人フィフス・ガードのうちの1人、その名も、“大地の番人アース・ガード”』


『……え、ツゥイさん知ってるの?』


『……知ってるも何も、小さい頃から私達兄妹を冷たい錆びれた王城に縛り付けていた面倒な存在よ』


『ツゥイさん……』


 彼女の言葉には何処か哀愁が漂っていた。


「ま、そういうことだからさ。これからもよろしく頼むよ、天堂くん」


「あ、うん。よろしくね、土門くん」


 そう言って、2人は静かに握手を交わした。


 カイトの瞳がキュッと細められる。彼の瞳の奥には好戦的な光が見えた。


 この時、カイトの能力によって2人を除いた他のクラスメイトや担任らは、現実世界にいたはずなのだが、この彼らのやり取りを陰で見ていた人物が実はクラスにもう1人いた。


 水上ユイだ。


 ユイは一度ツゥイと干渉したということもあり、記憶を失ってはいるが異界には望めば半分無意識的に出入りすることが可能になっていたのだ。その為、エイタのことが気になっていた彼女は不思議そうに話をしている2人を後ろの席から終始見つめていたというわけなのだ。


 彼女にとって、昨日の夜の出来事はすっかり夢のように霞んでいた。


 しかし、エイタとこの転校生の間には何か見えない関係性があるように彼女にはそう思えて仕方がなかった。


 ♢


 それから昼休みに入り、昼のチャイムが鳴り響くと同時にその音色が校舎中を駆け巡る。


『……ツゥイさん』


『……』


 天堂エイタにとって、それはまるで、新しい戦いの序章を知らせる鐘のようだった。


 to be continued……。

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