何故、学校に鉄アレイ持って行くの?!
於とも
第1話 学校に持ち込んだ鉄アレイ
その日も、夕食を作る最も忙しい時間帯に、息子の通う中学校からの着信。
『今日もか……。』
私は、心底げんなりして、数回の深呼吸の後に、電話を取った。そして、何の前置きもなく、いきなり切り出された。
名乗りもしない。
毎日聞き慣れた声なので、担任の女性音楽教諭と分かっているが。
「お母さん、何故、鉄アレイなんか、持たせたんですか?」
「……??はあ。鉄アレイですか??持たせた……とは??」
担任が言う言葉の意味が、全く理解できずに、困惑するしかない。
「教科書も入れず、鉄アレイだけ、持って来ていましたよ。10kgのを2個も!」
「え??」
「何故、持たせたたのですか?」
「……私は持たせてませんが……。息子が、鉄アレイを持って、登校していた、という事でしょうか?」
「だから、そう言っています。ご家庭に、鉄アレイありますよね。10kgの物が。」
私は、記憶を辿る。
確か、夫の持っていた、やたら重たい鉄アレイを思い浮かべた。
『あれ、10kgだったっけ??倉庫に置きっぱだったような……。』
「あったかも知れません。10kgかはわかりませんが。
息子が、私が持って行けって言ったと言っているんですか?」
「いいえ。でも、子供の通学バックの中を確認するのは、親の義務ですよね。」
「中学生ともなると、例え子供の鞄であっても、中を見るのはプライバシー侵害だと、私は思っています。夫も同意見です。」
「はあ??だから、こんな事するんですよ!!
いいから、今から取に来てください。息子さんもここで反省してもらってますので。」
そう。私は、毎夕、息子を中学校まで迎えに行く羽目に陥っていた。
息子は部活をしている時に、毎回担任に連行されては、職員室で説教されている訳だ。よくも毎日……。
思い返せば、中学校の入学式当日。
式後の保護者会の役員決めの後、帰宅した私が目にした、息子の学ランの片袖は、肩の部分から破れていた。襟の白いカラー芯は割れて、息子の首の皮膚を傷付けており、ズボンは埃まみれで、ベルト通しの一部が引きちぎれていた。
「これ、どうしたの?どこか狭い所にでも潜り込んだ?」
そう聞きながら、息子の顔を、マジマジと見たら、目の付近に薄っすらと殴られた痣があった。
「あんた、殴られた?」
「何で分かるの。」
実は、私は自分の幼少期が大難有りであった為、小学校の頃には、複数の上級生を相手に大乱闘を繰り広げた経験がある。父親仕込みのケンカの技で、負けなしだったが、殴られた痣で、どんなやり方で殴られたかが、よく分かるようになっていた。
(ちなみに、兄妹に危険が及んだ場合にのみ、乱闘に発展したと断言する。本来、影の薄い、優等生でした。私。)
「襟首掴まれて、正面から、背の高い奴にやられたね。」
「げっ。何で分かるの。学校に言わんでよ。」
「場合による。」
「……。」
「白状しないでも、学校に言う。」
「分かったよ。小学校の先輩。部活に、入って来いって言われて。」
ズボンのベルト通しの引きちぎれを見て
「相手は、何人?」
「えーー。そんなのも分かるの。」
「当たり前じゃん。学ランの破れ具合から見て、最低でも4人から押さえられたね。」
「げーーー。そう。手出して来たのは、4人。見てたのは4人。」
「はああああ!! 8人?!……で、先に手を出したのは、向こう?」
「僕は殴ってないよ。うまく避けたし。」
要は、息子に「自分達が居る部活に入れ」と脅しに来たのだった。(脅したら逆効果だと気付かん所が、子供……。)
ホームルームが終わって、帰ろうとしていた所を、階段の踊り場で捕まって、同じ小学校からの友達と一緒に、上級生8人から囲まれ、内の4人に羽交い絞めにされ押し倒されたそうだ。
その同小からの友達も、まだ体格は小さかったが、彼は空手を習っていたので、隙を突いて活路を開き、息子と一緒に逃げてくれたのだった。
息子は、何でも面倒臭いらしく、誰かに何かをされても、黙っている事が多かった。状況を時系列に説明するのが、下手……いや、面倒臭いのだ。
余りにも、学校の先生達から攻められ怒られ、言っても信じて貰えない、という経験が長いから、そもそも諦めてかかっている。
小学校に入学してからが、彼の受難の日々は始まった。
入学式の日。式の後で、保護者が集まってクラス役員を決めてる話し合いの最中に、自由に校庭で遊んでいた息子は、鉄棒の上を、端から端までを歩いて渡ろうとして、最も高い鉄棒から落下。運良く着地はしたものの、下で見ていた誰かとぶつかって、制服の背中を盛大に引き裂いていた。
「どうしたの?!何で服が破れてるの??」
「ぶつかった。」
「誰と?!」
「知らん。」
「その子は?!」
「帰った。」
「今日入学した子だった?」
「知らん。」
結局、誰とぶつかったのかも不明。息子もケガもしていなかった。
「あと、もうちょっとで渡れたのに、今度こそ、絶対渡る!」
そう息まく息子を引っ張って、制服をまた買い求めに走った。
後からその子の保護者から、何か言われるかと心配したが、それも無かったので、ひとまず誰だったかを詮索しなかった。
小学生になってから、毎夕、担任から”こんな困った事がありました”の電話がかかるようになった。しょっちゅう呼び出しもされて、頻繁に小学校に出向かなければならなかった。
平成版”トットちゃん”のようだった。
当然、私は時間に融通がきく仕事に就くしかなかった。
「息子がいつもお手数おかけしております。」
と、毎度毎度頭を下げる日々の、小学校時代だった。
自転車に乗って、自転車のブレーキがどの速度でどれ位効くのかを、坂道で実験していて、車に轢き逃げされた事もある。
(犯人は近所のご高齢の男性と判明。事故現場に居合わせた良心的なお母さんが、後を追いかけて、犯人の自宅を突き止めて、通報してくださっていた。他にも、車のナンバーを控えて通報してくださっていたお父さんも。
この場を借りて、あの時はありがとうございました。お礼申し上げます。感謝しております。)
息子の独創的で、自由な行動を書き出したら、キリがない。
彼は、彼なりの思考の元で、やりたいようにやるのだ。
「どうしてこんな事したの?!」
と聞かれても、彼からしたら
「何でそんな事聞くの?やりたかったからに決まってるじゃん。」
なのだ。
そんな息子の全面的な味方に立って、口にできない彼の状況を、説明する役割に徹するのが、親としての私の役割だった。
その際の、夫と決めた約束が
・事実のみを伝える事
・感情的にならず、淡々と
・100%息子の味方になる事
・母親で難しい時は、夫に出て来てもらう
中学校入学式後のこの時も、息子に事情聴取を時系列に添う形で、紙に図解し、セリフを書き込み、作成した。
”この時、Aがこう言った、息子がこう返した、Bがこう言って、ここを掴んだ……”という風に、細かく紙に書き込んで、状況を把握してから、学校に電話した。
結果、学校長や関係保護者を巻き込んだ一大事になったが。
当たり前だろう。うちの大事な息子を、入学式早々に上級生8人が囲みで締めて来たんだから。うちも、1歩も引く訳がない。ここで引いたら、うちの息子の中学校生活が危うい。
『こいつの親、面倒臭えから、かかわりあいたくない。』
と、相手の奴らに分からせないといけない。間違っても、カツアゲされる未来は避けなくてはいけない。そう腹をくくって、何度も話し合いに参加した。
入学式から問題を起こしたとかで、息子は学校から”要注意人物”として扱われるようになった。(なんで?!息子悪くないよね。)
そして、私は”モンスターペアレンツ”認定を頂きました。
モンスター上等!!
そんな経緯があっての、中学校生活スタートだったけど、小さい事は気にしない息子は、沢山友達を作って、恋愛もして、それなりに楽しそうだった。
モンスター認定親は、毎日学校に呼び出され、担任のグチグチを延々と聞かされる羽目に陥った。
「何故、鉄アレイなんか持たせたのですか。」
この言葉は、母親の私を、完全に軽んじている言葉だった。
何の前置きもなく、説明も無く、鉄アレイだけを、論じる。不毛の極み。
私の言葉には、全く効く耳持っていなかった。
『この担任、単にストレス発散の為に、呼び付けてるな。』
そう分かってはいても、鉄アレイ持って行く息子がイカンよ。
他にも、
・「給食で、他の子のから揚げを、取って食べた。(まるで全部食べたかのように)」→息子曰く「あいつが先週の1個しかないハンバーグを取ったから、今回1個くれるっていうから、貰っただけ。」→母は、相手の子と同意済みかを再度確認。
・「書道道具で女の子の頭をなぐった。固い書道道具で女の子を殴るなんて非常識。」→息子曰く「後ろの席のあいつが、ふざけて墨の筆を背中(白いYシャツ)に着けたから、謝れっていったのに、無視したから。書道道具って、中身机に出してるから、ふにゃふにゃの袋だよ。」→母は「女の子に手を上げない事。」を諭す。背中に墨汁のシミ確認。証拠として、持参。
・「音楽の時間に楽譜立てを壊した。」→息子曰く「元々壊れてたから、交換して欲しくて持って行っただけ。壊したのは、吹奏楽部のK。先生もソレ知ってるはず。」
・・・・
他にも、日々、多数の苦情を言われ続けて来たが、担任はネタが尽きてきたのか、理不尽さが増して来た。しかも、教科担任や学年主任、部活の顧問の教諭の言動にも、目を覆う悪辣さが目立って来ていたので、年度終わり間近に、学校長に直談判することにした。
現在の担任が、再び担任になるのだけは、避けたかったので。
学校からの連絡の事案は、全て、日時と内容を、事細かに記録を残していた。
(録音機器はまだメジャーではなかったので。)
その大学ノートは、3冊にもなった。
その証拠品を持って、学校長に面談を要請。
副校長の持論を論破し、学年主任を論破し、やっと学校長の同席を以って証拠の記録を閲覧してもらった。
「お母さん、ここに書かれてあるこれは、本当のことですか?」
「嘘と誇張は、一切ありません。読まれた通り、事実のみを記録したものです。」
「このノートを、お借りしてもいいですか?」
「お断りします。失くされたら、事実が無かった事になります。」
「……分かりました。コピーを取らせてください。関係教諭に確認をさせてください。」
学校事務の職員が、大量のコピーを取った。
学校長は、言ってくださった。
「私が、責任を持って、対処します。……既に、学校への信頼は無いかもしれませんが……。」
「ご対応、宜しくお願い致します。」
私は、それだけしか、言わなかった。
その年の移動教諭は、全職員の半数にも及んだ。
全てが、息子関連の移動では無かったと思うが……。それでも、前代未聞だったらしい。
そして、校長先生は、定年を2年残して、突然退職された。
通常、学校長が退職したら、近隣の私立中学校や幼稚園に天下り雇用されるのが常なのに、その校長先生は、一切の天下りをせず、退職された。
教育界から、本当に退かれたのだ。
その後、息子はきちんと息子を見て、評価してくれる担任に出逢った。
私を、モンスターペアレンツだと陰口を言っていた教諭は、一掃されていた。
教育熱心な教諭の導きを受けられたけれど、息子のやる気スイッチは発動せず、必要最小限の労力の勉強しかやらなかった。
それでも、進みたい進路の高校に進み、片道40kmの通学路を、毎朝、自転車通学した。
やりたい部活をやり、山中を毎日20kmもMTBで走り回り、また40kmを自転車で帰る。
(母は、毎朝、4時に起きて弁当を作って持たせた。1回のご飯量は何と5合。)
楽しい高校生活だったようだ。
学校という、教育機関で”誉められた”のは、高校に入ってからだった。
高校で出逢った先生は、どの方も、素敵な方々でした。
義務教育中、
「何で、学校なんて行かなくちゃいけないの。
何で、勉強なんかしないといけないの。嫌だ。勉強したくない。」
ずっと、そう言っていた息子。
その度に
「義務教育中は、義務です。日本に生まれた子供は、皆、中学校までは全教科、まんべんなく、学ばなくちゃいけません。
将来、社会へ出て使う知識の、最低限を学んでいる期間です。」
私は、毎回息子にそう言って聞かせた。
「学校に行かない選択肢もあるけど、登校しない友達とは、話題が合わなくなるでしょ。そうなったら、今度登校するタイミングは、いつよ?
休むよりも、登校するのに、もっと勇気がいるやん。恐くないか?」
「義務教育中は、嫌いな科目もまんべんなく点数取る必要があるけど、高校は、好きな事ができるよ。好きな事しに、高校に行け。その為に、今学校行っとけ。
勉強以外の、やりたい事が、沢山やれるよ。だから、今は、辛抱!」
「大人になったら、決定権は自分にあって、やりたい事を自分で選べるよ。」
息子がテスト前に弱音を吐いたら、そう、何度も繰り返し言った。
息子への責任は、私と夫にある。
学校に行かさないのも、親の判断。
私は、息子が通えるように、私なりの最善を模索し続けていたと思っている。
(友達関係が良好だったのは、大きい。)
教育相談にも、よく通った。
子育ての壁に、ぶち当たりまくって、私自身、よく泣いた。学校からの電話の着信で、喘息発作が起きるようになった時期もある。
中1の時の、音楽教諭の担任のせいで、ピアノの音が嫌いになった。
それでも、息子は自由に育った。
自己肯定感、最強!
メンタル最強!! 悪く言ったら……反省しないヤツ?!
今では、いっぱしの社会人になって、木に登って命綱にぶら下がって、木を切っている。(特殊伐採という職業)
ちなみに
彼が、鉄アレイを持って登校した理由は
「入学式で負けたから、強くなりたかった。」
そうだ。
そこで、何故、鉄アレイを学校に持って行く判断になるのか(教科書が重かったから、全部抜いて)。母は、理解不能。
父親は、ペットボトルのような容器で、中に水を入れて重さを調節できるタイプの簡易アレイを買って来た。
「これなら、軽いし、学校で水入れたら使えるぞ。」
え??
問題は、男女の脳の違いだったか!!
何故、学校に鉄アレイ持って行くの?! 於とも @tom-5
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