月下美人
茉莉花
月下美人
君が私の初恋だった。
私たちが別れてからもう3年経つ。それでも君を超える人は私の目の前には現れない。
失礼なことを言わせてもらう。
君よりも可愛い子は世の中にはたくさんいるだろうし、性格ももっと穏やかで優しい子もいるだろうし、もっとスタイルが良い子もいるだろうし、
それでも君は私の小さな世界で1番輝いていたんだ。
どこから、私たちは崩れていったのだろうか。
喧嘩をしたわけでもない。どちらかが一方的に離れていったわけでもない。嫌いになったわけでもない。
若気の至りだったのだろうか。同性を好きになった私たちは、間違っていたのだろうか。
君は結婚した。異性の人と結婚した。
やはり私が同性でなければ、私を…
「選んで、くれてた?」
ノイズキャンセリング機能のないイヤホンの外からインターホンが鳴る音がした。
お互い在宅ワークなことを良いことに、平日の昼間。
『土日祝日休みだから、あーくん。』
夫とも旦那とも呼ばずに、君は配偶者のことを"あーくん"と呼ぶ。
『だったら何?』
『言わなきゃ、だめ?』
『…既婚者』
『…ごめんね』
『今更言われても』
『…………離婚したい』
君と会っていなかった3年間。いや、その前から感じていた、ほんの少しの異変。
『ナツキと一緒にいたかった』
『あの時一言もそんなこと言ってくれなかったくせに』
『……』
私も君に、
『私も、ミヅキと、ずっと一緒にいたかった』
結局のところは世間体ばかり考えて、自分たちの気持ちに素直になることもなく、ただ、
『傍から見たら私たちって気持ち悪いのかな?』
『そうだよね。友達がそういう漫画読んでキモイって言ってた。』
『だよね。』
少し汗ばんだ肌が触れ合って、お互いの肩を抱き寄せて、
大人になりきれない子供は現実を諦めていた気がする。
ドアを開ける。
私より少し背が小さくて、薄い色素の髪の毛が天然パーマでふわっと揺れて、私の顔を見ると、結婚式で見た幸せそうな表情よりも穏やかに恋しそうに微笑む。
慣れた様子で玄関で靴を脱ぐ。ちゃっかり鍵も閉める。ミヅキがここにくるのは初めてではない。
「ちょっと、風呂入らな」
「無理。待てない。」
ソファに腰かけるやいなや、私の腕を思い切り引き寄せて、勢い余って倒れそうになった私の首に自分の腕を回してくる。
最近、いきなり始めてしまうことが多い。ミヅキは良いのかもしれないけど、私は毎回慣れずに恥ずかしい。
それは恐らく、上か下かの問題で、ミヅキはふわふわした可愛らしい見た目のくせに、私を貪りたい性らしい。
カーテンは閉めた。だけどその隙間から太陽光が差し込んでいるし、電気はつけてないけどあまりにもお互いが見えすぎていて、なんて私は大人になってもいつも初めてみたいになって慣れない。
ミヅキと別れてから数人と経験があるけど、誰もミヅキには敵わない。私の目の前に彼女がいて、私の頬をそっと撫でて微笑みかけてくれるだけで私の体は反応する。
「ナツキ、可愛いよ」
「はいはい、ん……どーも」
「…報告があるの」
嫌な予感がする。なんの確証もないただの私の直感。
「何…の?」
「……」
「え、は、!?ん、」
「こっちが先。ナツキが悪いから。」
「は!?あ!…っん、ん、ぁ」
首筋にミヅキの唇が触れて、息が触れて、私に触れて、撫でて、掴んで、舐めて、噛んで、弄って、掻き回して、緩急、浅く、深く、
熱くて、ぐるぐるして、ぼやけた視界の先でまるで動物みたいな、本能のまま私を弄ぶミヅキが見える。
夢中になって私を貪り、でも私を見ていてくれていて、動物みたいなのに紛れもなく人で、私の人生の中の最愛の人であることを証明してくる。
いつもは何度もがっついてくるのに、今日は一度だけ。濃度は充分だが、"報告"が気になる。
「えいっ!いったー」
「無い胸に飛び込むからそうなるんだよ」
男性からあるものだけを取っただけ、みたいな私の貧相な体ではミヅキを受け止める弾力が無さすぎる。額をほんの僅かな膨らみに擦り寄せて、何が楽しいのかはあの頃からの疑問だ。
「ナツキ」
「なに?」
「結婚してください」
…………………?
「1回正座しようか。」
ベッドの上、裸体の女性2人が向かい合う。
「もう1回、聞いてもいい?」
「ナツキと結婚したいです。」
「あーくんは?」
「離婚しました。」
「あんなに仲良しだったじゃない」
「今でも仲良しだと思うよ」
「じゃあ離婚やめときなよ」
「無理。もう離婚届出したの。」
「…それなら他の人と」
「他の男の人と結婚とか考えられない。私の人生にナツキがいないなんて考えられない。」
なにそれ
「じゃあなんであーくんと結婚したのよ」
「結婚すれば普通に幸せになれると思ったの」
「幸せそうだったじゃん。」
「私にとってはナツキと過ごした日々が、今一緒にいられることが何よりも幸せなの。」
ミヅキがベッドの下に降りて、私に向かって土下座した。
「一度結婚して、ナツキを傷つけてしまったことは分かっています。だけど結婚したことで、やっぱり私はナツキと一緒に、人生の最後まで一緒にいたいと思いました。ナツキがいない人生なんて考えられません。」
バッグの中から1枚の紙を取りだしてベッドの上の私の目の前に置いた。
そしてまた頭を下げる。
「ずっと一緒にいてください。」
ふと彼女の左手が視界に入り、銀色のリングが無くなっている。
「頭、上げてよ」
「……え!?待って待って、ティッシュ、ほら、泣かないで」
泣くのなんていつぶりなのか、呼吸がしづらくて、ティッシュを手に持たされたけど、そのティッシュは奪い取られて、ミヅキが私の涙を拭った。
「嬉しい……」
「…可愛い、泣かないで、」
嬉しいという言葉だけで表しきれないぐらいに嬉しいのに、私は思いっきり笑いころげてしまった。
「な、なんで!?笑ってるの!?」
「2人して、裸で、泣いて、やばいわ」
いつの間にかミヅキも泣いていて、事後の全裸のまま私たちは向かい合っていた。汗も、メイクのヨレも、ぐちゃぐちゃの寝具たちも、プロポーズのロマンチックの欠片すら無さすぎる。
「私こんな体だし、ついてるもんついてたらミヅキと結婚出来たのかなとか、思った時があって」
「ごめん、ダメ。」
きっぱり。
「自分をマイナスに捉える癖、昔からあるけど、世界一大好きな人の体なのにそんなこと思ってほしくない!」
「ごめ」
「ごめん、じゃなくて、ありがとう、ね!」
「ありが」
「好き、さっきの続き、」
「そろそろ時間」
「旦那とかいないから。何時まででも。」
「ん」
ミヅキが私を押し倒す。愛おしそうに私の名前を呼ぶ。私も彼女の名前を呼んだ。
様々な生き方が認められてきて、それでもマイノリティで、だけど前よりも息がしやすい。
そんな時代だから私たちはまた隣にいられる。
これからもっと堂々と隣を歩けるような世の中に、そういう人になれたらなと、目を合わせて幸せを噛み締めた。
月下美人 茉莉花 @marika_0419
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