第2話 出会い

日課となっている夜の散歩だが、今日に限って夜が明るいと感じる。雲はなく月と星が遮られずに降り注ぐ。とても綺麗な夜に足取りは軽くなる。


自分の足音以外響くものはない世界は独りぼっちで心地良い。誰も自分を否定することも、あるいは受け入れる必要もないのだから。


おそらく僕は浮かれていたのだろう。誰も見ていないからステップを踏んで、鼻歌を交えていた。そんな調子でいつもの巡回ルートの一つである公園に足を踏み入れて、僕の斜に構えた思考は簡単に打ち砕かれた。



——太陽が夜を照らしていた。



その太陽は公園のベンチに腰掛けて、足でプラプラと宙を漕ぐ。目を細めたくなるほど眩い太陽はこっちに気がつくとベンチから飛び降りて一目散に駆け寄ってきた。


「こんな時間に散歩?仲間だねっ」


太陽よりも明るい笑顔で語りかけてくる彼女に僕の頬は焦がされて熱くなる。顔色を伺うように動かした頭にふんわりとしたショートカットの髪が優しく付き纏う。


目はぱっちりと開かれているのに、力強さよりも包容力に満ちている。澄んだ声が心のフィルターをすり抜けて直接心をくすぐってくる。



僕は恋をした。太陽のような彼女に。一目惚れだった。



「どうしたの?不思議な顔してるね」


「あ、いや。こんな時間に珍しいなって」


いきなりのことに面食らって彼女の言葉を受け止めるのに時間が掛かってしまう。こんな感情はあの時以来だ。


「なんだが寝付けなくて。同じかんじかな?」


「僕は夜が好きなんだ。だから夜に起きてるんだよ」


「なにそれー。じゃあ昼間はどうしてるの?ちゃんと起きて授業受けてるの?」


「いや、寝てるよ。眠いし」


「あはは、おんなじだね!私もよく寝ちゃうんだ」


楽しそうに笑う彼女はとても純粋で、僕のあり方を否定せずに受け止めてくれる。まるでこの夜と同じだ。違いは彼女が僕の心をこんなにも溶かしてしまうということ。


「名前……」


「あ、そっか自己紹介まだだったね。私は朝比奈陽菜。君はなんていうの、夜更かし君?」


「夜更かし君……?」


なんとも言えない独特な呼び方。だけどなんとなく彼女らしさを感じるような不思議な呼び方だった。


「僕は修司。伊藤修司」


「修司くん!」


爛漫の笑顔で名前を呼ばれて胸が高鳴る。朝比奈、さんは名前で呼ぶことに全く抵抗が無いようでこっちが気恥ずかしくなる程だ。

それ以上に恥ずかしいのは彼女から目を離せなくなっている自分なのだが。


「それで、なんでこんな時間に散歩を?」


彼女に見惚れていて肝心な部分を聞くことを忘れていた。こんな時間に出歩く人は自分以外見かけたことは無かったし、何より近所付き合いや学校を含めて彼女を見かけるのは初めてだった。


彼女は指を顎先に押し当てて困り顔を作り、呻き声を漏らす。もしかして人には言いたくない事情でもあるのだろうか。


「どこから話そっか。そうだなぁ……私ね、つい最近まで入院してたの」


思ったより重い話だった。軽率に聞いてしまったことを公開するが、彼女は構わずに言葉を続ける。


「別に大したことじゃないからね?ちょっと重い病気に罹っちゃって。でもでも命に係わる話とかじゃないから安心してっ!ただこの町じゃ治療する設備とかが無かったみたいで、大きな街に移ってたの。それで向こうでちゃんと治療を受けて、晴れて完治したからこの町に戻って来たのが今日!それで懐かしくなっちゃって散歩してたんだ!」


「それで夜まで?」


「帰ってくるのが遅かったしね。そんなわけで夜更かし君がこの町に戻って出会った初めての人なのでした!おめでとうございます!」


「えっと……ありがとう?」


ぱちぱちと手を叩いて記念を祝うかのように迎えられる。何がおめでたいのかよく分からない。というより彼女は結構変わっている。独特なトーンで喋り、不思議な言い回しをする。だからだろう、彼女には現実離れした感覚を覚える。


なんだか不思議な彼女をもう少し観察してみる。背丈は僕よりもずっと小さい、150cmあるかないかぐらいだし、顔立ちにはあどけなさが残る。同時に不思議と大人びた印象を受ける時があって、そのギャップに強く惹かれる自分がいる。


だが一番彼女を象徴するのは包容力だ。言動には感じられないが、間近で彼女を見ると不思議と自分の全てを受け入れられている錯覚に陥る。まるでこの夜のように静寂のベールで包まれているかのようだ。


「ね、夜更かし君は高校生?」


「え、あぁうん。この町の唯一の高校、で分かるかな」


「一緒だね!私も通うんだ!」


すごくシンプルに嬉しかった。クラスやもしかしたら学年さえも違うかもしれないけど、彼女との繋がりを見つけれたことが。そう思う自分に厭でも惚れていることを自覚させられる。



でもきっと、僕の恋は叶わない。僕は愛されるべき人間ではない。


「じゃあまた学校でね!」


そういって彼女は重力を感じさせないような足取りで夜の中に消えていく。

まるで彼女は会えるのが当たり前かのように振舞っていた。そんな確証などないのに。


踵を返して帰宅する。彼女と逢えたからだろうか、胸の奥が満たされた感じがしてじんわりと暖かい。普段なら眠れない、眠りたくない夜も今日だけはぐっすりと眠ることが出来た。


その為か、翌日の授業はずっと起きていることが出来た。授業には全く集中していなかったけど。


「お前、珍しいじゃん」


そう言っていつものように机を引っ張ってきて向かい合わせにする諒。手には購買で買ってきたのだろうパンが握られている。


「諒こそ。弁当じゃないのか」


「親と喧嘩してさー。いや、それよりもお前が授業中起きてる方が珍しいだろ」


「いいだろ偶には。昨日よく眠れただけだよ」


「そういうもんかぁ」


買ってきたパンを頬張りながら納得する諒。僕も鞄から弁当箱を取り出して中をつつく。相変わらずの冷凍食品まみれだ。


「あ、そういや知ってるか?別のクラスに転入生が来たって話」


聞いたことは無かったが直ぐに転入生の正体にたどり着いた。間違いなく彼女だ。


「元気いっぱいの子らしくてさ、愛嬌あるらしいぜ。見に行かね?」


「いいよ、行こう」


「は?」


口に含んでいたパンをぽろぽろとこぼす。食べ方が下手な鳩かこいつは。

でも諒が驚くのには無理もない。そんな提案を普段の僕なら絶対断っていることだからだ。僕のことを昔から知っている諒なら尚のこと受け入れ難い返答だっただろう。


「おまえ……熱でもあるのか?」


「ない。た好奇心が沸いただけ」


「いやいやいや、お前がそんな他人に興味を向けるなんてことあったか、いやない」


「勝手に反語にするな。別にいいだろ」


まぁそういうことなら、と呟いて昼食後に別のクラスに向かうことになった。

噂のクラスに到着すると、物珍しいのか他のクラスの奴らまで集まっている始末だ。


人ごみを掻き分けて教室の中を覗くと彼女、朝比奈さんは人だかりの中心に居た。

自分の机に腰かけて昨日会った時と同じように足をプラプラとさせている。誰彼にも関わず笑顔を振りまく姿に男のみならず女子達からも可愛がられていた。


「おー、マジで可愛いじゃん」


そう言って出入口付近から顔を覗かせる諒の言葉に反応するかのように彼女はこっちを振り返る。燦燦と輝く彼女の瞳が、諒の後ろに隠れるように居る僕を捉えた。もしかして気付かれただろうか。


意外だったのは明らかにこっちに気づいた彼女が声を掛けようともせず、ただ穏やかに手を振るだけだったことだ。まるで昨日のことを秘密にしておいてくれるような、そんな優しさが込められているように感じた。


「おいおい、手を振ってくれたぜ?」


手を振り返す諒よりも僕を見つめている。だけどそれを感じ取れるのは僕だけだった。そのあと直ぐにクラスの方に視線を戻して仲良く談笑を再開する。まるで何事もなかったかのように振舞っている。


何故だか分からない。分からないが、夜にもう一度同じ場所で、同じ時間に会える気がした。

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死が二人を結ぶまで 妄荘枝葉 @aieo360

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