第9話
「あら、イメス君?」
モナはちょうど仕事を終え家に帰ってきたところだった。
「族長。こんばんは。」
「モナ、こんばんは。今時間は大丈夫か?」
「はい。どうされましたか?」
「ウダ様にイメス君を会わせたいんだ。君に案内してもらいたくてね。」
「ウダおばさ様にですか?」
モナが円らな目をイメスに向けると、イメスはははと照れ臭く笑った。
「ウダおばあ様にとなると。。。もしかして術のことでですか?」
ゴルダは肯定した。
「そう。イメス君には術の才能もある。それをウダ様に確認してもらいたくてね。」
イメスとモナの目が合う。モナが可愛く笑むとイメスが口を開けた。
「モナさんは術を使えたんですね。」
「ふふ。そうだよ。まだここに来て日が浅いし、見せていなかったね。」
華やかな笑顔が鮮やかに見えると、イメスは少し頬を赤らめた。それを気づいてなかったのか、モナは何かを考えるように視線を右上に上げると答えた。
「そうですね。ウダおばあ様なら術を快く教えてくださるかも知れません。ただ。。。」
ゴルダとモナの目が合う。昨晩のことかと、ゴルダはただ頷いた。
「わかりました。案内します。多分私が説明すればいいと思います。」
「頼む。」
日はどんどん夕方の方向へと傾いていく。ゴルダは空を見上げると、イメスに話しかけた。
「今日は基礎を知っていく、それだけでいいんだ。これで君が本格的に何かを学びたいと思ったらモナに言ってくれ。」
「わかりました。ありがとうございます、族長。」
イメスがぎこちなく動きながらパサードの挨拶を真似ると、ゴルダは豪快に笑った。
「もう慣れてきたのか。いいことだ。じゃあな。」
「はい。」
族長が場所を離れると、イメスはモナを見つめた。今朝見たばかりなのに久しく会うような気がする。モナは少年の視線に首を傾げた。
「どうしたの?顔になんかついた?」
「い、いや。何でもないです。。。!」
「そう?じゃ行こうか。」
すれ違う家々の中から賑やかな声がする。そろそろ夕飯の時間だ。家族が集まり、今日あったことを語りかけている。その暖かさに距離感を感じつつも、イメスはなんだか自分がほんのり彼らの中に包まれているように思えた。
「ウダおばあ様は優しい人だよ。実の孫娘でもない私をずっと育ててくれて、色んなことを教えてくれた。」
「そうですか。。。」
「きっとイメス君にも色々良くしてくれると思うよ。」
「そうだといいんですけど。。。」
イメスは元老、という言葉に重みを感じていた。モナを今まで育ててくれた、実の祖母のような存在とは聞いたが、その人の善意が外部者の自分にまで回ってくるかと思うと不安が膨れ上がる。夕方の風が日の下る方向から吹き、イメスの首筋を冷ました。
「ここよ。」
他の家とは少し距離のある場所に建てられたその家は、見た目は同じ建築の仕方であっても事細かに刻まれている彫刻や模様がどこか異色的な雰囲気を醸し出していた。
「失礼します。ウダおばあ様、モナです。」
少し間が空くと、奥から優しい声が聴こえた。
「モナちゃん、入っておいで。後ろの客人も。」
「!!!」
イメスは自分なりに気配をしないようにしていたが、‘ウダ様’にはそれも見透かされていた。モナの後をおずおずと追うと、色んな装飾や書籍、得体の知れない薬草、入れ物がいっぱいの空間が現れた。
「初めまして。貴方がイメス君、ね。」
「は、はい。初めまして。」
「ウダおばあ様、夕飯は食べましたか?」
「まだよ。ちょうどいいわ。二人とも、ご飯を食べていきなさい。」
「わあ!おばあ様の料理は久しぶり!お手伝いします!」
「ありがとう。イメス君はそこに座って待ってて。」
「て、手伝います。」
「いいのよ。まだここの生活に慣れてないでしょう?」
イメスを残し、二人は台所へと向かった。イメスは周りを少し見回した後、適当な場所に座った。
(いい匂い。。。)
薬草や香草、台所からの香辛料の匂いが調和を成している。四方に置かれてある物には年季が入ってるものもあれば、比較的新しいものもある。それがこの家全体を彩っていた。
(暖かさを感じる。ただ気温が高いってわけではない。懐かしく、恋しい気分になる。)
イメスは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ました。この中には言葉では言い表せない独特の空気が漂っている。これがモナを育ててくれた、その優しさの元なんだ。これがなければイメスは‘死を選んでいた’。
「あら。」
ふと目を覚ますと、料理から上がる湯気が顔の前に揺らいでいる。いつの間にか、二人はイメスの前に座り、彼が目を覚ますことを待っていた。
「イメス君はすごく敏感なのね。」
「え。。。?」
「この話は食事の後にしましょうか。さあ、召し上がれ。」
「イメス君。いただきましょう。ウダおばあ様のお料理はこの村で一番美味しいんだから。」
「わかりました。いただきます。」
「ふふふ。」
ウダは孫たちを見るように優しく笑った。イメスはまず、テーブルの上に拵えてあるお料理に感謝することにした。
----------------------------------------------------------------------
「夜になったか。。。早く帰らないとな。」
男は背に負った籠を揺らした。籠いっぱいに詰まった薬草が絡んでカサカサと音を立てる。今日の採取は中々上出来だ。男は満足げな表情だった。夜空もまた彼を祝福してくれるように輝いた。
「方向はここで合ってるな。じゃあ。。。うん?」
少し遠く離れたところからの光源が彼の視野の端まで伸びている。男は迅速に体を伏せ、籠を静かに横に置いた。光はまだここまでは届いていない。男は静かに這いて少し凹みのあるところにつくと体を投げるように入った。
(あれは。。。誰だ。。。?)
パサードは夜の道に灯を灯さない。グルグスク大草原の夜を刺激しないためだ。その代わり、彼らは夜の空に光る星を辿って村に戻れる独特の技を持っていた。
(あの印は。。。!!!!)
男の顔色が闇でもわかるように青ざめた。灯を持つ兵士のマントには大きな紋章が描かれてあった。それは。。。
(ゼナダ帝国。。。!)
男は全身に力を入れた。彼らへの恐怖と怒り。二つの感情が湧き上がってくる。だがここで彼らに民族の復讐をするわけにも、出来るわけでもない。
(これを知らせなければいけない。。。)
兵士たちは大草原が馴染んでないせいか、あちこちへと声を上げてはいるが方向を定めてはいない。こちらがまだ見つかったわけでもないことも確かだった。
(立ってしまえば見つかる。。。だがここから這いて村に戻ることも不可能だ。。。どこかに行かないのか、あいつらは。。。)
ゼナダの兵士たちはそこから動く気配がない。それどころか、どこに行けばいいのかを探っているように見えた。男は自分の体を上から下まで探り始めた。何か彼らの気を引けるものでもあったら逃げ出せるかも知れない。
(作業道具は全部籠の中か。身に持っているのは。。。)
(あ。ある。。。)
男は上着の内から首飾りを出した。娘が初めて作ってくれた、綺麗な石で作った物だった。
(これを。。。いや。)
男はそれをぎゅっと掴んだ後、首飾りを解いた。そして意識を腕から手までに注ぐ。
(その家族を守るためなんだ。。。!娘を。。。!!!)
力を入れた腕が大きく円を描くと、首飾りが夜空へと飛んだ。月と星の光が一瞬それを照らし、兵士たちの目がそれを捉えた。
「なんだ!」
「あっちだ!あっちに落ちたぞ!」
「どこから降ってきた?!」
(今だ。。。!)
男は身を低く起こし、全力で走った。ちょうど吹いてきた風のおかげで草原が鳴いてくれる。足音を隠す波に揺れながら男は家族の元へと走った。
星降る草原のイメス @overlight
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。星降る草原のイメスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます