取引の終わりに

天使猫茶/もぐてぃあす

取引の終わりに

「まったく、相変わらず恐ろしい女だよ、お前は」


 捧げられた魂をバリバリと喰らいながら悪魔は女王にそう言った。女王は報告書を読むのを止めると、そうですか? と言いながらわずかに首を傾げる。

 王位を継ぐ前、まだ幼い王女であったときから変わらないその仕草を眺めながら悪魔は話を続ける。


「ああ。国民を愛していると言いながら、そして事実として国民を心の底から愛していながら、それでも俺に捧げることを躊躇わない」


 この悪魔は愛しているものの命を捧げることで願いを叶えるという力を持っていた。まだ幼かった頃の王女は封印されていた彼を解き放ち、ある取引を持ちかけたのだ。


「私が生きている間は魂をどんどん捧げてあげる。だから私のために力を使いなさい」


 そして彼女は愛するものを次々に捧げて国の頂点に立ったのだ。

 そしてあのときにした取引の通りに、女王になったいまでも時として彼の力を使っている。

 国が行き詰まる度に国民の誰かが不意に死に、そしてその魂は悪魔に送られるのだ。


 悪魔がそんなことを考えていると不意に女王が激しく咳き込み始めた。その辛そうな様子に、悪魔は心配そうに声をかける。


「おいおい、大丈夫かよ。あんたに死なれても困るぜ。まだまだあんたには喰わせてもらいたいんだからな」


 そんなことを言いながら悪魔は心の中で笑う。

 この女にはもう充分喰わせてもらい、かなりの力をつけることができた。この女が死んだらこの国を滅ぼしてやろう。いままで悪魔をこき使った罰だ。

 悪魔のおかげで発展した国が悪魔によって滅びる、それが因果応報というものだろう。


「ええ、まだ大丈夫よ。ありがとう」


 年々体が弱っていく女王のことを悪魔は楽しげに見つめていた。



 それから数年が経ち、女王は病で死に瀕していた。

 悪魔はその周りをウロウロとうろつきながら、彼女が死ぬのをいまかいまかと待っている。


 そして女王は悪魔に声をかけた。


「私はもう死ぬわ。だから最後に一つ、願いを叶えてもらいましょうか」

「ほうほう、稀代の女王サマの最後の願いか。ぜひ聞かせてもらおうか」


 悪魔はニヤニヤと笑いながら願いを尋ねる。どんな願いを叶えようとも、どうせその後すぐにこの国を滅ぼしてやる。


「私が死んだあと、この国が長く存続するように魔法をかけてほしいの」


 その言葉に悪魔は一瞬顔をしかめるが、しかしすぐに笑顔に戻る。それならば魔法が切れたその瞬間を狙って滅ぼしてやる。

 そう心に決めた悪魔は分かったと頷くと、それで誰を捧げるんだ? と尋ねる。

 女王はゆっくりと手を上げると、真っすぐに悪魔を指した。


「は?」


 と、そんな間抜けな声をあげる悪魔に対し、女王はニヤニヤと、まるで悪魔のような笑顔を浮かべながらこう言った。


「あんなに長い間あなたを見続けてきた私が、あなたがこの国を滅ぼそうとしていることに気が付かないと思ったの?」

「だ、だけどそれは不可能だ。俺は愛してるやつの命を捧げられて動く悪魔だ」


 悪魔の言葉に女王はさらに笑みを深くする。


「あんなに長い間私のため仕えてくれた忠臣のあなたを、この私が愛さないはずもないでしょう?」

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