股裂き刑が確定しているモブ悪役貴族に転生した元財務省の俺は、股裂き破滅エンド回避のために得意の数字で領地を改革しようとしたけど、協力してくれる聖女がおバカすぎて絶望です(でも、なぜかうまくいく)

渡辺隼人

第1話



「あれ……。ノルジーじゃん」


 俺がファンタジーRPGの『ライフファームファンタジー』(通称、LFF)の世界にいるモブ悪役貴族の〝ノルジー=スール〟に転生したと知ったのは、それはもう早朝、唐突にだった。


「え、俺死んだ……? いやいや、思い出せ……。確か俺が最後にいたのは庁舎で国会答弁を朝方まで書いていて……今月の残業はもう150時間を越えていて……」


 その時俺はハッとなった。

 そうか。

 財務省職員だった俺はお国のために身を粉にして働き――本当に身が粉々になって過労死したということを……。


「くそぉおおおおおお!! あの野党の議員めぇええええ!! 政権取る気ねぇくせに、くっだらねえ質問をしやがって! しかも、与党のジジイもいっつも通告期限守らずに夕方とかに出してくるから俺はいつも家に帰れずに……うわぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 色々我慢していたストレスが一気に爆発した時、扉の向こうからバタバタと音がした。


「お、お坊ちゃま!? なにか悲鳴が聞こえましたけど、大丈夫ですか!?」


 やばい! い、今の俺はノルジーだ! なんとか演技をしないと……。


 ガタンと扉が開けられた先に、可愛い顔をしたメイドさんがいた。

 金髪の髪を後ろに束ねてお団子みたいにしている。

 年齢は10代くらいだろうか。結構、いや、かなり可愛い。


「お坊ちゃま!? 大丈夫ですか!?」


「は、はい! 問題ありませんよ!! お騒がせしてすみませんでした!」


「――――えっ!?」


 すると、彼女は目を丸くした。なんか恐ろしいモノを見た感じに見えるが……。


「お、お坊ちゃまが……使用人の私に敬語をお使いになるなんて……」


 しまった。縦社会のお役所で生きてきたから、ついペコペコと頭を下げる癖が……。


「な、なんでもありませ……な、なんでもないぞ、うん」


「は、はぁ……。そうですか。なにかございましたら、このレベッカにお申し付けくださいません」


「う、うむ……。くるしゅうない……!」


 レベッカちゃんって言うのか。悪役貴族の癖に、いい使用人を雇っているな。 


 その後、彼女が一礼をし去っていったあと、俺はひとまずベッドに寝転んだ。


「まあ、なにがともあれ……あの忙殺された日々から解放されたってことか……」


 お国のために頑張ってきたけど、世間からの風当たりも強くて辛いことばっかりだったからなぁ。

 まあ、しばらくはぐっすり眠って――――


「――あっ!」


 俺は起き上がり、身体が徐々に凍えていくのを感じた。

 とんでもないことを思い出したのだ。


「そうだ……ノルジーって確か……最後処刑されるんじゃなかったっけ!? しかも、最悪な処刑方法の……〝股裂き刑〟に!!」


 このゲームは、いわゆるルート分岐があるやつだ。

 主人公が魔法学園に入学し、仲間と苦楽を共にしながら成長。

 そして、最終的にそれぞれの分岐にいるラスボスを倒し卒業していくまでが物語の流れとなっている。


 しかし、問題なのはノルジーがの悪役貴族ということだ。


 ほら、他のゲームでもルート分岐しても、モブの運命は対して変わらないみたいなことはあるだろう?

 例えば、その辺にいる店の主人とか、通行人とか、主人公の親戚の人とか。あんまり本編に関わってこないやつ。


 簡単に言えば、ノルジーはそれだ。

 厳密には、ノルジーは主人公を「平民だ!」と言ってイジメるが、主人公の隠された力によって見事に返り討ちに遭い、そして――〝お家の脱税が発覚〟。

 

 脱税は股裂き刑と決まっているので、脱税に関わっていた彼は、後日処刑。

 それが悲しくもゲームでは、『あ、ノルジー処刑されたみたいだよ』という説明文だけ学園で流れるのでありましたら……めでたしめでたし。


「って、めでたくねぇえええええええ!!」


 俺は頭を抱えた。

 確かにスカッとする展開だが、主人公をちょっとイジメたくらいで股裂き刑って……股裂き刑って!!


 股裂き刑とは、囚人の足首を紐で縛り、それを馬に括り付けるのだ。それをもう片方にもやり、二頭の馬を同時に二方へ走らせると――あら、不思議。囚人は股から真っ二つに身体が裂かれるのでした☆


 って、やだぁあああああああああああああああ!!


 ふざけるな! これじゃあ、ゲーム主人公がどのルートへ行っても俺の股裂き刑確定してんじゃなん!!


 騎士ルートへ行っても――股裂き刑

 魔導士ルートへ行っても――股裂き刑

 賢者ルートへ行っても――股裂き刑


 どんだけこのゲームはノルジーを股裂き刑にしたいんだよ!! 可哀想だろう!!


 じわじわと弱っていく過労死もなかなか酷いが、股裂きはそれ以上に酷い!!


「回避だ……! 股裂き破滅エンド回避をしなければ……!!」


 股をキュッと閉めて、プルプルしながら俺は強く決心した。


「さて……どうするか……」


 俺は腕を組み、今後の方針を思索する。


 まずは、主人公さんに喧嘩を売らないこと。うん、これはマストだな。

 主人公がどのルートへ行こうとしているが、わからないが、彼はいずれしがない平民から学園最強の戦士に成り上がるからなぁ……。

 財務省で磨き上げた俺の処世術で、仲良くしていこうと思う。


 まあ、しかしそれをしたところで俺の股裂き刑の運命は変えられない。

 なんせ、股裂き刑の原因は〝脱税〟だからだ。


「よし、まずは、脱税の阻止だな!」


 よかったよ。こういう転生モノってさ、大体が原作の本編はじまる前の時間軸からスタートするからなぁ!

 さて、この設定により俺は悠々自適に脱税を未然に防ぐことが――



 〇



「「あ、脱税? んなもんとっくにしてるぞ」」


「未然に防ぐことができなかったぁあああああああああああああああああ!!!!」


 俺が王室にいる両親――つまり、スール伯爵家の当代である伯爵父と、伯爵夫人である母を訪ねたのだが上記のような解答を貰い絶望した。


「なにを今さら言っとるのだ、愚息め」

 

 父は骨付き肉をむさぼり、ぐっちゃぐっちゃと音を立てながら咀嚼する。

 つーか、食い方汚ねぇな。小太りだし、豚に見えるぞ……。


「そうザマスよ。あなたも税金で美味しい思いをしている癖に」


 そう言う母は、おそらく不正に得た血税で購入したであろう、全指に装着されたダイヤモンド付きのリングをウットリ眺める。なんか魔女みたいな人だな。


 ――てか、今俺も税金で美味しい思いをしてるって言った!? 言ったよなぁ!?


「まさか……。あ、あの……今日って何年何日でしたっけ?」


 俺は近くの兵士に聞いてみた。すると彼はビシッと敬礼しながら答える。


「ハッ! 東歴とうれき967年1月4日であります!!」


「ああ、なるほど。通りで寒いと思って……って、学園入学まで3ヶ月切ってるじゃねぇかあああああああああああああああああ!!」


 ……最悪だ。なんか身体がデケェと思ったらもうノルジー15歳になっているじゃん。

 確か処刑は入学して間もない頃にされるから……股裂き刑まであと4ヶ月もねえじゃん!!!


 やばい……。どうする……。脱税に関与してしまった以上、もう俺に言い逃れは……いやしかし……。


「お、お呼びでしょうか。旦那様、大奥様――」


 俺が股裂き刑を想像し、股間をキュッと引き締めていたその時、あの使用人のレベッカが尋ねてきた。

 だが、次の瞬間――


「遅いザマス!!」


 なんと母が近くにあった扇子をレベッカに投げつけたのだ。

「あう!」と悲鳴を上げ、彼女は思わず床に倒れる。


「まったく、使えない使用人でザマスね! 平民の分際で! ちょっと顔がいいからって調子に乗っちゃって!!」


「も、申し訳ございません……」


 ――酷いな。あれは完全にいびりってやつだな。


「まあまあ、そんなにがなり立てるな」


 すると、父がレベッカに歩み寄る。

 優しさを見せたのかと思ったら……そうではない。


「おお。可哀想にレベッカよ。怪我はしておらぬか? うーん?」


 不必要に彼女の肩を触り、顔をキスできる距離まで近づけている。


「だ、大丈夫です……。旦那様のお手を煩わせるまでも……」


「いかんぞ。怪我をしているかもしれないじゃないか……。あとで私の部屋に来なさい。特別治療を施してあげよう……。ぐふふふ……」


「……!」


 レベッカはただ不快感を顔に出さないように精一杯だった。

 その様子に母は憤りをあらわにする。

 伯爵の権力が第一だからと言って、妻の前で堂々と不貞行為を働くとは……。

 権威を振りかざしたイジメ――許しまじ。


 ――助けて……誰か……


 彼女の心の声が聞こえた気がする。

 よしわかった……。助けましょう。



 〇



「『王税査察官おうぜいささつかん』だ!! スール伯爵とその夫人を逮捕する!!」


「「えぇえええええええええええええええええええ!!!!」」


 突如、羊皮紙を持って参上したのは、王室直下――『王税査察官』。要は、貴族の脱税をチェックし、違法性があれば検挙する集団だ。


「お前たちには、脱税の容疑がかかっている」


「バ、バカな!? な、なんの権限があって……」


「陛下の勅命だ。伯爵家といえども脱税は重罪!! 大人しくお縄につけ!!」


「ど、どうして!? どうして、わたくし達の不正がバレて……!?」


「それ勇気ある密告者がいたからだ」


「「勇気ある密告者?」」


 そして、査察官が手を広げた先にいたのは――俺だった。


「う、うう……父上、母上……二人がこんなことをしていたんなんて……僕は恥ずかしい!」


「「密告者お前かぁああああああああああああああああ!!!!」」


 泣き真似をする俺に両親は盛大なツッコミを入れたが、俺は演技を続けた。


「まさかお二人が領地にいる平民の皆様から頂いていた血税で私服を肥やし、陛下にも欺くようなことをしていたなんて……!! 肉親とはいえ、この不正を見逃すわけにはいきませんでした……。うう……うぁあああ……!」


「うむ。葛藤があった中、よくぞ自分の正義に従ったぞ、ノルジー=スール!!」


 査察官の人が泣きながら励ましの言葉を送ってくれた。


「いやいやいやいや!! ちょっと待ってくれ!! 脱税ならアイツもしていたぞぉ!?」


「そうザマスよ!! 名門魔法学園に入るからお金持ちアピールしたいって言って、たくさんお金を抜いていったザマスよ!」


 両親はそう反論するが、査察官は呆れた態度を見せた。


「まったく、息子は立派なのにどうして親はこうなのだろうか! 先ほど確認したが、不正が見つかったのはお前たちだけだ! ノルジーくんはなんら関与しておらん!」


「「な、なんだとーーーーーーーー!!!!」」


 俺は涙を拭く振りをしながらニヤリとした。


 そうさ。実はあのあと俺は帳簿を改竄したのだ。

 もちろん、自分だけ。

 脱税はバレることは原作ではわかっている。

 ならばその前にすべての罪を――コイツらに背負ってもらえばいいのだ。


――『作戦名ː悪徳貴族両親切り捨て作戦』!!


「ふ、ふざけるな!! お前たち、ちゃんと数字を見たのか!?」


「ふん! なにを言い出すのかと思いきや。当たり前だろう。我々は、『王税査察官』だ! 簿記と決算書くらい容易に解読できるわ! 不正のあとが見つかればすぐにでもわかる!! これがその証拠だ!!」


「そ、そんなバカな……!」


 査察官が提示した、脱税の証拠がある羊皮紙を父は懸命に確認したが……次第に身体が震えはじめた。


「ノ……ノルジーの脱税の証拠だけ……ごっそり消えている……!?」


 俺はまたもや泣く振りをしながらニヤリと笑った。


 ふふふ……税の外注やら帳簿の粉飾やら巧妙な手口で税を取っていたようだが、そんなもん毎日金の動きを見ている〝元財務省〟の俺にはすぐに出どころもわかったし、それを別の口座にプールするなどの書き換えも可能だ。(前世ではそんな不正はやっていないよ! 俺はね!)


『王税査察官』も、この国では税についてはエリート集団なんだろうが……所詮は中世レベルの世界の中ではの話。

 衰退しているとはいえ、先進国日本の税を管理していた俺にはまだまだ知識量で及ばない――。

 この勝負、俺の勝ちだ!!


「父上、母上……! どうか、どうか……――頑張ってくださいww」


「「査察官!! アイツ笑っています!! アイツしてやったりって顔してます!!!」」


「そんなわけないだろう! これが今生の別れだとああして泣いているではないか! まったく往生際が悪いやつらめ! おい、早く連行しろ!」


「「いやぁあああああああああああああ!! 死にたくなぁああああああああい!!!」」


 それから数週間後――

 俺の両親は脱税による重罪で股裂き刑が実行された。

 処刑場では彼らの断末魔が響いたという。

 そして、スール伯爵家は、二段階爵位を落とされ、男爵家となりましたとさ。

 まあ、股裂き刑より全然いいもんね!


 〇


「ふー、セーフ!!」


 俺は額の汗を拭った。

 え? 両親を売って自分だけ助かるなんて、お前は悪逆非道だって?

 うるさい! 股裂き刑になるよりマシだわ!

 どうせ血なんか繋がっていないし、血税を懐に入れるようなクズだ、死ぬのは仕方ない!


 ――それに。


「ノルジー様!」


 使用人のレベッカが小走りでやってきた。


「ああ、レベッカ」


「大変なことになってしまいましたね……」


「いや、いいんだ」


「え……?」


「それよりも、うちの両親がすまなかった。随分と君はずっと酷い仕打ちを受けていたようだな。これからしっかり使用人が働きやすい環境にするからな」


「……! ノルジー様……」


 涙をこらえる彼女を見て――うん、助けることができてよかったな。

 

 ああ、やっぱりいいことをするというのは胸がこう、すぅとするというか……。


「……でも、ノルジー様大変です……」


「え、なにどうした?」


「もうすぐ毎月ある『王税』の支払い日なのですが……脱税した分を査察官に持っていかれてしまったので……お金がありません」


「……ワッツ!?」


 どうやらこの『王税』というのは、いわゆる貴族が王に対して支払う税金だそうだが、俺はとんでもないことを知らされる。


「実は貴族は王府からお金を低金利で借りることができる制度がありまして、それも含めて『王税』の一部となっているのですが……スール伯爵……いえ、男爵家は王族の方からかなりのお金を借りていたのです。その返済期限を迫っており……」


「ちなみに、いくらくらいなの?」


「そうですね……金貨1000枚くらいと聞きましたが……」


 ピキィ……。

 

 俺の身体がその瞬間、凍り付いた気がした。

 

 ええっと、確かゲームでは金貨1枚で、大体10万円くらいの貨幣価値だった筈だから……約1億か……オーマイガー。


「ま、まあ……仕方ない。とりあえず払える分だけ用意して、返済は待って貰って……」


「な、なにをおっしゃっているんですか、ノルジー様!?」


「ほえ?」


「『王税』は1日でも納期が遅れたり、銅貨1枚でも返済ができなかった時点で……ですよ!?」


「……え? え、えええええええええええええええええええ!!??」


 衝撃的な事実に俺の口は顎が外れそうになるまで開かれる。

 しかし、どうやらレベッカの言ってることは噓ではなさそうだ。


「二年から、王位を継がれたこの王国で初の女性陛下――つまりがとにかくお金の管理に厳しい人で、去年も帳簿の記入にミスがあった侯爵も股裂き刑になりましたよ……」


「ま、まじですかい……!?」


 やばいよ、やばいよ、やばいよ。

 知らなかった……。

 ゲームだと、学園が主眼に置かれていたから、この王国の情勢はほとんど飛ばされていた。だから女王様がいること自体知らなかったよ……。

 というか、どんだけこの国は股裂き刑が好きなんだよ!!


「な、ななななななななんとか、金貨1000枚集められないか!? もう歴史のある家宝でもなんでも売り払ってもいいから!!」


「か、鑑定士に先ほど依頼をしたのですが……それでも金貨500枚が精いっぱいだと……」


「むきゃああああああ!! 半分しかないんかーーーーい!!」


 ――どうする!?

 最悪、王城を売っぱらうか!?

 いや、そんなことしていいのか……!?

 でも、このままだと股裂き刑に――うわぁああああああ!!


 なんて俺が絶叫していた時、別の使用人が尋ねてきた。


「失礼します。あの、お坊ちゃま。来られましたよ」


「……へ? な、なにが……」


 どうやら来客のようだが、正直それどころじゃないんだが……。

 しかし、王室から外の様子を見ると――そこには、騎士が整列しており、厳戒態勢で煌びやかな馬車を迎えていた。


「あ、あれは……聖女様がいる馬車です」


 レベッカの言葉に俺は首を傾げた。


「スール家の近くには、大教会があるじゃないですか。そこに大司祭の第三聖女様がくるという約束になっておりました」


「第三聖女……?」


 ――この時の俺はまだ知らなかった。


 この第三聖女こそ――おバカ聖女であることを。

 

 コイツのせいで、更なるカオスが生まれてしまったことに……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

股裂き刑が確定しているモブ悪役貴族に転生した元財務省の俺は、股裂き破滅エンド回避のために得意の数字で領地を改革しようとしたけど、協力してくれる聖女がおバカすぎて絶望です(でも、なぜかうまくいく) 渡辺隼人 @tabook

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ