今日も私は嘘をつく

ささみ

第1話

 お昼の賑わいも去っていき客が一人もいない。個人の経営のカフェでは案外あることだ。

 カウンター越しに店内をぐるっと見回し賑わっていた時間の映像を頭の中で再現する。そこには私服の女子高生がキャッキャッと声を出しながら学校の話をしていたり、男女のおそらく恋人であろう二人が夜の予定のことを話しながら時折指を絡めていたり、アラサーくらいの女性グループが休みだというのに仕事の話ばかりしていたり、カフェの風景はとても面白い。

 私はそこで淡々と注文されたものを運んでいき、時に珈琲を入れたり会計をしたり、その間は何かを考えるなんてことはできない。

 でも、こうやって時間ができてから振り返ってみると意外にも記憶の中に残っていることは多くて、こうやって思い返しては暇な時間を潰すのだ。


「またぼーっとしてるんです?」


 濡れた手をエプロンで軽くふきながら綾香がやってきた。

 高校時代の後輩で一緒に放送部で二年間を過ごした。明るく活発で声が大きくマイクにノイズを鳴らすことも多々あったが、高校を卒業し大学生ともなれば会った当初よりも落ち着いたのがよくわかる。


「うん。いつも通り」

「飽きないんですね~。私なんて誰がいたか~なんて全然思い出せないですよ」


 と言いつつもまるで多感な男子中学生が好きそうな黒コートで黒眼帯をつけた客とコスプレチックな可愛らしい服を着たカップルのこと思い出して笑っていた。


「はぁ~、もう一年も終わりが見えてきましたね」

「年々早く感じるよ」

「うわっ、大人なこと言わないでくださいよ」

「嫌でも大人になるんだから」

「現実って非情っすねぇ~」


 他愛もない話をするのが楽しい。忙しいのも苦じゃない。こうしていれば頭の中のもやもやはどこかへ去っていってくれるから。

 でも、家に帰ると頭がぼんやりとして霧がかかり、そこへいろんな映像が映し出され連鎖して複雑に考え気持ちが悪くなる。

 こういう時は時間の流れがとても遅く感じる。とっとと寝て朝起きて大学かバイト先に行ければこんなことはないのに。

 朝、通学する時もはっきりとしない気持ちになる。

 何か気を紛らわせようとスマホを開き何かないかと探しているとあっという間に時間が過ぎ、駅に到着するが無駄な時間を過ごしたんじゃないかと罪悪感を覚える。

 高校時代はこんなに頭の中がおかしいことはなかった。勉強と部活と友達と家族、それだけで満足していた。

 いや、まだあるのはわかっている。だけどそれを認めてしまうと何か私が私でなくなるような気がして認めたくない。


「そういえば咲ってカフェでバイトしてたんだね」


 お昼に早苗から唐突にバイトの話をされて私は固まってしまった。

 友達にはバイトのことは話してないし綾香は大学が違うからこっちまで話が漏れることもない。 

 早苗は私が驚いたのを満足に眺めながらスマホの画面を見せてきた。そこにはSNSでカフェのお客さんが投稿していた写真だ。仲良さそうな恋人の端にトレーの上にパフェを載せている私が映っていた。


「世間って狭いのね……。もしかして友達?」

「そうそう。洒落たカフェ見つけたから彼氏と行くんだって聞いてたけど、まさか咲が働いてるカフェだなんてね。今度いくから」

「もうやめてよ。調子狂うからさ」

「だったら余計にいかなくちゃ。花音と藍にも送っとくから」

「ほんとやめてよ……」


 こうなるから友達にはいいたくなかった。

 別に友達が嫌だとかそういうわけじゃないけど、シンプルにバイト先に来られてじろじろと見られたら誰だって調子が狂うものだ。特に私の友達は私のことを感情を顔に出さないタイプだと思っているらしい。だから驚かせたりするのが好きなのだ。

 

 もしかしたら友達が来るのかもと思いながらするバイトはなんだか変な緊張感がある。来るならさっさと来て満足して帰ってほしい。一度来ればもう来ないはずだから。 

 しかし、こういうのはいつだって身構えているとこないもので気を緩めた時に唐突にやってくるものだ。


 そう遠くない内に社会に出て就職していろんな人と出会い何かしていくのだろう。

 でも、本当にこれでいいのかなってずっと心の中で問いかけてくる。

 退屈はしてないと思いながら毎日を過ごしてるのに、忙しすぎずある程度の余裕もあるのに、どうして私ははっきりとしない気持ちのまま生きてるのか。

 彼氏と別れた時、そういうものだと受け入れた。

 夢を描くのをやめた時、仕方ないと受け入れた。

 同じ毎日に気付いた時、みんなだってそうだろうと受け入れた。

 でも、違った。

 もっと、もっと、もっと、何かに貪欲に突き進み周りが見えなくなるくらい没頭していたい。

 だけど、私は私自身をまともな人間であると決めつけてしまった。自分で枷をつけてしまった。

 

「先輩大丈夫ですか?」

「なに?」

「だって、涙目になってますよ……」


 頬を伝う冷たい雫が一粒溢れた。

 私は泣いていた。


「ちょっと昨日みた映画を思い出してさ」

「なぁんだそういうことですか~。驚かさないでくださいよ~」


 今日も私は嘘をついた。

 本当の気持ちを抑え込み、社会の歯車にならなければと自らがつくってしまった設定という枷に縛られながら。

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今日も私は嘘をつく ささみ @experiments1998

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