カフェにて聞き耳

肥後妙子

第1話 どこかで誰かが

 ごく普通のチェーン展開しているカフェの店内にスマホの電話呼び出し音が響いた。


 スマホの持ち主の女性は電話に出た。


「はい、何?モモコどうしたの?」

 少しの間。モモコとは相手の名だろう。これくらいまでなら、いわゆる普通の出来事。話す女性の声も特に大きくなかった。


「え?週刊誌?そっちの会社の?」

 この辺りで居合わせたカフェの客は聞き耳をほぼ同時に立て始めた。


「うん、その人とは中学の同級生だけど、何?」

 しばらく間。


「横領?あの子が?」

 再び間。


「どんな人だったかって、普通の子だったよ?」

 数秒の間。カチャリと誰かがスプーンかフォークを置く音。


「五億!?」

 店内静まり返る。


「ええー!百万円くらい分けてほしいわ」

 数秒の間。(実は共感する人数名)


「そーいうのはさ、会社の同僚とか、大学とか、せめて高校の同級生に訊けば。中学時代は遠すぎない?」

 間。そうだよなあと共感する人数名。


「うん、分かった。あんまり悪い印象は無かったよ、オオキさん。それくらいしか言えないけど」

 ふうん、そうだったのかと思う客達。


「じゃあね、うん。また会おうね」

 女性は電話を切った。そして残っていたカフェラテを飲み干すと紙カップを片付けてカフェを出た。


 どこかで人生を踏み外した人が居ると知ったカフェ客(と店員)はその後、間もなくニュースや週刊誌で事件を確認した。そしてコイツがあの、昔は普通だったのに五億やっちまった奴かと感じ入ったのだった。


     おしまい



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カフェにて聞き耳 肥後妙子 @higotaeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ