第28話
郊外からの帰り道。
家族たちから少し離れた場所で、セツリとクララの二人が並んで歩いていた。
「これから登録所に行って、魂印台帳(ソウルレジストリ)にギフトを記してもらわないとね」
クララの言葉に、セツリは一瞬だけ表情をこわばらせる。
「もし良かったら、クララも一緒に来てくれないかな……。兄さんからも一応聞いてはいるんだけど、緊張してうまく話せないかもしれないし……」
弱音を吐く幼なじみに、クララは呆れたように息をつく。
「賢者様とあんなに堂々と話しておいて、町の登録官に緊張するってどういうことなのよ」
そう言いながらも、口元には優しい笑みが浮かんでいた。
「まったく……これだからセツリには、私がついていてあげないといけないのね」
セツリはそんなクララを見つめながら、
この“いつもの風景”を守れたことを、静かに誇らしく思った。
これからも皆の助けを借りながら、このギフトの力で人々を――そしていつかはアルマさんの力にもなってみせる。
そう誓いながら、まだ夏の名残を残す風の中を二人で歩いていった。
───そこは、音も風もない場所。
無限の群青の海を、無数の星々が埋め尽くしている。
金、青白、緑――それぞれが微妙に異なる光を放ち、音なき音楽のように空間を震わせていた。
大きな星は夜空に穴を穿ち、小さな星は寄り集まって、織り目の細かい布のように宇宙を形づくっている。
そんな静謐な世界に、のんびりしたような女性の声が響いた。
「……あれぇ?」
声を聞きつけた綴神(つづりがみ)が、少し訝しげに問いかける。
「どうした、演出神。なにかあったのか?」
演出神と呼ばれた女性は、面白くなさそうに頬を膨らませながら言った。
「ううん……この世界のものじゃない魂が紛れ込んでたからぁ、ちょこっと痛い目にあってもらおうと思ってイタズラしてたのに、誰かがそれを止めちゃったみたいなんだぁ……」
「ああ、前に言ってたやつか。
でも“叙述神”の決めた運命は絶対だぜ。世界の強制力が働いて、どうせ似たような運命を辿るさ。放っといてもいいんじゃないのか?」
「それがねぇ……それさえも断ち切られちゃってるのよねぇ」
綴神は眉をひそめ、低く聞き返した。
「……本当か?」
「うん。あの娘の先の運命は、誰にもわからなくなっちゃった」
叙述神が定めたストーリーは“絶対”。
一度逸れることがあっても、最終的には必ず同じ結末に至る。
けれど、それが“完全に断ち切られる”など、今まで一度もなかった。
「叙述神に伝えておこうかなぁ……どう思う? 綴神」
綴神は少し考え込み、それからゆっくりと顔を上げた。
「……やめとけ。お前が余計なちょっかいをあの娘にかけてたのも、バレちまうぞ。黙ってたほうが身のためだ」
「そっかぁ……残念だなぁ。他のイタズラしがいのあるやつ、探そうかなぁ」
不貞腐れる演出神を横目に、綴神はひとりほくそ笑む。
――面白くなってきた。
あの“つまんねぇ女”が慌てる顔、見られるかもしれねぇな……。
そう呟きながら、彼は今日もまた、無作為に“ギフト”を与え続けるのだった。
『神の世界を見抜く少年』 森之森 @barakun
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