第5話 未来の過移学
夕食が一段落し、器が片付けられたあと。透燐堂の奥、炉の火が静かに揺れる作業場で、透霧は腰を下ろした。
「さて……腹も満ちたな。よし、話してやろう」
そう言って、槌を作業台に置く。金属が触れ合う、鐘のような音が響いた。
「お前たちは“異界から来た”わけではない」
私は、思わず澪と顔を見合わせた。
「過去からだ」
「「……過去ぉ?」」
「つまり、お前達は“未来へ飛ばされた過去の者”だ」
彼は続ける。
「
「だから……」
「居た者は、問答無用で未来へ退避させられる」
澪がぽつりと言った。
「それで、私たちは空から落ちてきた……?」
「そうだ。お前たちは“事故”ではない。“保護”だ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。そうか、保護か。安心感が急に出てきた。現金なやつ……かな?使い方を忘れてしまったが、スマホが繋がるのか分からない。まあ、後で聞くか。
「じゃあ、あの魔法陣みたいなのは?」
「魔法陣ではない。だが、魔法陣に“見える”だけだ」
透霧は天井を指差す。光の粒が、ゆっくりと降っている。
「これは
「電気じゃなかったんだ」
「電気より、よほど厄介だな。感情に反応するから」
彼は、ちらりと私たちを見る。
「お前たちがここに来たとき、髪と眼の色が変わっただろう」
私は無意識に、自分の銀色の髪に触れた。
「霊光素が、お前たちを“この時代用”に再構成した結果だ。転生ではない。適応だ」
「じゃあ……元に戻れる?」
「戻るべき時が来ればな」
その言い方が、妙に重かった。戻るべき時とは、いつなのだろうか。自分が自分でないような気がして、不思議な感じなのだが。
少しの沈黙のあと、澪が手を挙げる。
「えっと……動物って、ここでは機械みたいなんですか?それとも、そのまんま?」
「……ここには、動物もいるが……その形をしたものがいる。……
透霧の声が、低くなる。
「
「架空のもの?」
「災厄、破滅、祈り、救済。人の心が 生んだ“概念”の化身だ」
私は、背中に冷たいものが走るのを感じた。概念が具現化するなんて……恐ろしい。災厄なんて、完全にヤバいやつだろう!
「だから、倒しても終わらん。人が居る限り、司者はまた生まれる」
彼は、ゆっくり立ち上がる。
「お前たちは、その世界に足を踏み入れた。そして、司者を倒すには、装備が必要になる」
司者を、倒す。装備が必要。いつもとはかけ離れた言葉だった。
「安心しろ。透燐堂は、“未来に放り出された迷子”を見捨てる店ではない」
その言葉に、澪が笑う。
「……なんかさ」
「?」
「急に、冒険始まったって感じしない?」
私は、少しだけ息を吐いた。
「うん。でも……悪くない」
透霧は、ふっと口元を緩めた。
「そう言えるうちは、まだ大丈夫だ」
——
透霧は炉の前に立ち、透明な炎に手をかざした。火は熱を持っているはずなのに、揺らぎは静かで、音もない。
「武器とは、暴力ための道具ではない」
唐突な言葉だった。
「生き延びるための“選択”だ」
作業台の上に、三つの素材が並べられる。
淡く光る金属片。霊光素を含んだ光る布。そして、澄んだ結晶。
「お前たちにとって未来の装備は、鉄を打つだけではできん」
彼は金属片を指で弾いた。澄んだ音が鳴る。まるで、ここに来た時に聞いた風鈴のような、そんな音が。
「第一に必要なのは、霊光素を通す器」
「霊光素を、通す」
思わず復唱した。
「人の意志に反応し、力を流すための“道”だ」
澪が身を乗り出す。
「じゃあ、強い素材を使えばいいってわけじゃないんだ」
「その通り」
透霧は頷いた。
「霊光素は、拒まれると暴れる。力だけを求めた武器は、持ち主を壊す」
怖っ。慎重に接しないとな。
次に、彼は布を持ち上げる。
「第二に必要なのは、調律」
「調律?」
「装備と持ち主の“ズレ”をなくす工程だ」
布に霊光素の粒が吸い込まれていく。
「性格、恐怖、覚悟……それらすべてが、武器に刻まれる」
「つまり……」
「ああ」
「お前たちの装備は、お前たちにしか使えん」
炉の火が、わずかに色を変えた。
「第三にして、最も重要なのが――」
彼は結晶を手に取る。
「名を与えることだ」
「名前?」
「名は、役割を定義する。定義された役割は、力になる」
結晶が、微かに脈打つ。
「無名の武器は、ただの道具。名を持つ武器は、“相棒”になる」
澪が目を輝かせる。
「かっこいい!」
「浮かれるな」
即座に釘を刺された。
「名を与えるとは、責任を背負うことだ」
名を与えることは、責任を背負うこと、か。確かにそうだ。
猫だって、名前をつければ愛着が湧き、家で世話をすることになる。あれ?なんか違うような……まあいいか。
「装備は作れる。だが……」
一瞬、間を置く。
「お前たちが、何を守り、何を拒むか。それが決まらねば、完成しない」
私は、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。
「……私たちのは、まだ?」
「まだだ」
透霧は、はっきりと言った。
「旅に出ろ。迷え。選べ」
そして、静かに言葉を結ぶ。
「それが決まったとき、透燐堂は“本当の装備”を打ってやる」
炉の炎が、静かに揺れ続けていた。
「とはいえ、装備がなければ司者は倒せん」
彼は、炉から視線を外さずに言った。
「簡単なものを作ってやろう。金もくれてやる。後払いでいい」
「えっ、いいんですか?」
澪が思わず声を上げる。
「条件付きだ」
……条件?なんだ、急に怪しくなったじゃないか。
「これは“武器”ではない。生き延びるための、最低限の器だ」
作業台の奥から、小さな箱を二つ引き出す。中には、まだ形を持たない霊光素を含んだ素材が収められていた。
「手を出せ」
私と澪は顔を見合わせ、そっと手を伸ばす。指先が素材に触れた瞬間、ふわり、と淡い光が立ち上った。
「……反応してる」
「当たり前だ。過移者だからな」
どこか楽しそうな顔で、彼は続ける。
「これは初期霊装核。装備の“芯”になるものだ」
素材は、私の手では静かに脈打ち、澪の手では、少しだけ強く光った。
「性質が違うな」
「違う?」
「一方は流れを受け流す。もう一方は、前に押し出す」
透霧は、わずかに口角を上げた。
「悪くない組み合わせだ」
次に、棚から二つの装備を取り出す。
ひとつは、軽く、無駄のない短刃。刃は透明に近く、輪郭だけが淡く光っている。
もうひとつは、手甲と脚部を覆う軽装具。金属とも布ともつかない、不思議な質感だ。
「そっちは刃」
私に向けられたのは澄んだ色をした深い青の短剣だった。
「霊光素を“逃がす”構造になっている。斬るためではなく、干渉を逸らすためのものだ」
「つまり、避けるため?」
「そうだ」
次に、澪へ。
「そっちは防具だ。受けた力を、前へ流す」
「受けて、前へ流すぅ?」
「止まるな、ということだ」
澪が腕を通すと、装備が彼女の動きに合わせて、自然に形を変えた。
「すご、軽い!空気レベルだ!」
「当然だ。重ければ死ぬ」
最後に、二人の前に小さな袋が置かれる。中には、硬貨が数枚。
「これが資金だ。最低限だがな」
「……借金ですね」
「貸しだ」
貸しと言えば聞こえはいいが、結局は借金じゃないか……まあ、未来のお金とか持ってないし、これがないと死ぬからいいや。
「返す気があるなら、戻ってこい」
戻るだけでいいのか?簡単だね。
「装備は使いながら育てろ。霊光素は、お前たちの行動を覚える」
炉の炎が、静かに揺れる。
「生きて帰ってきたら、次は“名”を与えてやる」
私は短刃を握りしめた。澪は拳を握って、にっと笑う。
——旅が、始まったのだと。ようやく、実感がわいてきた。
如月神話 レイナ視点 白咲 飛鳥 @asukani
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