わたしの×××は異世界へ繋がっている〜聖女の華麗なる婚約破棄〜

草加奈呼

聖女・セシリアの受難

 ここは、とある国のとある領地。

 領民に崇められる聖女、それがわたし、セシリアである。

 聖女はどの領地にも一人は存在し、女神から特別な力を授かる。

 癒しの力だったり、天候を左右したりと、その力は人によってさまざま。

 ただし、ひとつだけ共通している条件がある。

 それは、乙女でなければ力を失ってしまう、ということだ。

 そのため婚約者のアルヴィンとは、直接的な関係を避けている。

 先輩聖女たちから聞いた話だが、間接的なスキンシップなら許される……らしい。

 

「あ……だめ……ドレスが汚れちゃう」


 婚約して数ヶ月が過ぎたある夜。

 アルヴィンは、わたしを呼び出すなり、いきなりに持ち込んできた。


「ドレスなんて、いくらでも買ってやるさ」


 この時間は誰も来ない執務室。

 軽く笑いながら、アルヴィンが背後からわたしを抱き寄せる。

 革張りの椅子や重厚な書棚が並ぶこの部屋は、普段はビジネスの話しかしない場所。

 でも今は……彼の体温と甘い吐息に包まれている。

 背中に当たる彼の胸板が、熱い。

 腰のあたりに押し当てられるも、もちろん……熱い。


(この体勢、聖女的に大丈夫? セーフ? ギリセーフ??)


 心の中で何度も確認しながら、わたしは壁に手をついた。

 アルヴィンは起業家だ。といっても、今のところ大成したことはなく、いつも資金繰りや新規事業のことで頭を抱えている。

 その愚痴を聞いてあげるのも、婚約者であるわたしの役目だった。

 でも、弱音を吐く姿を見せてくれるのは、それだけ心を許してくれている証拠でもある。

 頼られている感じがして、悪い気はしなかった。


「人気者の聖女様を婚約者にできるなんて、俺も鼻が高いよ」

「うれしいわ、アルヴィン」


 わたしたちが婚約することになったきっかけは、領内で行われた収穫祭だった。

 毎年この時期、領民たちが一年の恵みに感謝し合うこの祭りに聖女として、わたしも招かれていた。その会場に、商会を営むアルヴィンが農作物の買い付けのために訪れていたのだ。

 それが最初の出会いだった。

 その後、アルヴィンは何度もわたしのもとを訪れ、熱烈なアプローチをしてくるようになり……。気がつけば、彼の勢いに押されるようにして婚約を交わしていたのだった。

 

「でも、本当にだめ。聖女は乙女じゃなければ力を失ってしまうの」


 これは、聖女の世界では当たり前のこと。

 純潔を失った瞬間、力はぷつりと消える。──と、先輩聖女たちが怖い顔で念押ししていた。

 

「そうか……それは大変だな。君は何の力を授かったんだ?」

「それが……〝異世界へ行ける力〟らしいんだけど……」

「異世界へ行ける力?」


 アルヴィンが確かめるように繰り返す。


「でも、発動したことがなくて、どうやったら行けるのかわからないのよ」

「ふぅん……。でも、面白そうだな、異世界だなんて」


 起業家らしく、好奇心だけは旺盛だ。

 

「そうかしら……わたしは怖いわ」

「セシリアは臆病だなぁ。商売に成功するためには、いろんな世界を知っておかなければならない。だから──」


 そう言いながら、アルヴィンはドレスの裾を捲っていき、腰の辺りを撫でる。


「こういう世界も、知っておいた方がいい」

「……ものは言いようね」


 呆れたように、ひとつ息を吐いた。

 

「結婚するまでは我慢するよ。だから、君のその綺麗な脚で……」


 そう言いながら、アルヴィンはまるで当然のように背後からぴたりと密着してきた。


「え、え、ちょっと待っ──」


 そして自分のモノをわたしの太ももの間に滑り込ませると、ゆっくりと腰を押しつけてきた。

 布越しに伝わる熱と、ずっしりとした圧迫感。

 背筋にぞわっとした快感が走り、思わず壁に手をつく。

 

(えっ? 結婚するまで我慢するって、そういうこと!?)


 ぎこちなかった動きは、次第にリズミカルになっていく。

 わたしはただ、為す術もなくその場に立たされ──。

 

「っ……!」


 アルヴィンの体がびくんと震えたかと思うと、次の瞬間、どさりと音を立てて床に崩れ落ちた。


「え……? ちょっと、アルヴィン!?」


 身体をゆすってみるが、アルヴィンは完全に気を失っている。


 そんな、気絶するほどわたしの内股が良かったの?


 なんて言っている場合ではない。


 床に横たわるアルヴィンは、まるで魂を抜かれた人形のようにぐったりしていた。

 焦りと困惑と、なんとも言えない恥ずかしさがごちゃ混ぜになって、頭の中は大混乱だ。

 

 とにかく、こんな格好のまま放っておくわけにはいかない。

 わたしは慌ててドレスの裾を直し、アルヴィンの服もそれなりに整える。

 廊下に出て使用人を呼ぶと、すぐに人が集まってきた。

 事情を説明しようにも、


「素股してたら気絶しました」


 ……なんて言えるわけないでしょ!!

 

「ええと……急に倒れて……と、とにかくベッドへ運んでください!」

 

 使用人たちは顔を見合わせつつも、慣れた手つきでアルヴィンを抱え、寝室へと運んでいった。

 一応、医者も呼んで診てもらったけれど、診断はあっけないものだった。

 

「……単なる失神ですね。疲れも溜まっていたのでしょう」

 

 単なる失神。

 ──いや、だからなんで!?

 

 医者が帰ったあと、わたしはぎこちない足取りで自宅へと戻った。


(はあ……なにこれ……明日からどういう顔で会えばいいのよ……)


 乙女の初・間接プレイ(?)は、なんとも後味の悪い結末となったのだった。


 *

 

 翌日、アルヴィンがものすごい勢いでわたしの屋敷へやってきた。

 

「セシリア! すごいアイデアを思いついた!」


 開口一番、目を爛々と輝かせるアルヴィン。

 話を聞くと、夢の中でアルヴィンは、ここではないどこかの世界を駆け回っていたという。

 そこは無機質な建物が並び、『電化製品』という魔道具が発達する世界だったと。

 人々はその『電化製品』を操り、便利な暮らしをしていたというのだ。

 

「そこの経営戦略を学んできたんだ!」

 

 興奮した様子でアルヴィンは次々に新しい案を語り、早速その方法を取り入れて商品を売り出した。すると、たちまち人々の間で評判になり、飛ぶように売れていった。

 

「すごいわ、アルヴィン!」

「いや、それほどでも」

 

 口では謙遜しているが、得意げに笑っている。

 そんな彼の勢いに押されるように、気がつけば再び、そういう・・・・雰囲気になっていた。

 

「セシリア……」

「アルヴィン……」

 

 彼の手が、わたしの腰を引き寄せる。

 しかし、アルヴィンは、またもわたしの脚の間で達すると、びくんと体を震わせ、そのままぱたりと意識を失ってしまったのだ。

 

「え? ……え?」

 

 わたしは呆然と見下ろすしかなかった。

 ……ちょっと待って、なにこの既視感。

 本当に、どういうことなの!?


 *

 

 そしてその翌日、アルヴィンは再び興奮した様子でうちへやってきた。


「セシリア! またいいアイデアを思いついた!」


 聞けば、また夢の中で別の世界へ行き、思いついたという。


「……もしかして、わたしの〝異世界へ行ける力〟って……」

「素股で達する?」


 そんなふざけた聖女の力ってあるの!?


 それからというもの、アルヴィンは数日おきにわたしを呼び出しては、例の行為に及んで異世界へ行き、新しいアイデアを持ち帰ってくるようになった。

 しかもそれがずっと事業で成功しているものだから、わたしも文句も言えず。

 成功を重ねるたびに、彼はだんだんと調子に乗っていくようになった。


「アルヴィン……わたしの力については、誰にも内緒よ」

「もちろんだ、セシリア。君は俺のものだからな……誰にも触れさせない」


 アルヴィンの言葉に多少の違和感を抱きながらも、わたしは曖昧に笑ってその場をやり過ごした。

 

 *


 ある日の夜、わたしはアルヴィンの主催するパーティーに、婚約者として招かれた。

 煌びやかなシャンデリアの下で、人々は音楽と酒に酔いしれ、談笑の輪があちこちに広がっている。

 主催者であるアルヴィンは、あちこちに顔を出して挨拶に忙しく、わたしは自然と一人きりになってしまった。

 場の華やかさとは裏腹に、少しだけ置き去りにされたような気分になる。

 うつむきがちにグラスを傾けていると、頭上から懐かしい声が降ってきた。


「やあ、セシリア」


 顔を上げると、そこにいたのはアルヴィンの幼馴染のクライスだった。


「クライス、あなたも来ていたのね」


 クライスは王宮騎士の制服に身を包み、腰には手入れの行き届いた剣を携えている。整った顔立ちと無造作に伸ばした黒髪が相まって、凛々しさと親しみやすさを同時に感じさせる青年だ。

 アルヴィンと婚約したあと、一番仲の良い友人として紹介されて以来、街中で見かけると軽く挨拶を交わす程度の間柄になっていた。

 

「アルヴィンのやつ、最近調子いいじゃないか」

「ええ、そうね……」


 まさか、聖女の力で異世界へ行っているなんて。

 その方法があんな破廉恥なものだなんて、口が裂けても言えない。

 グラスの中の液体に映るわたしは、とても複雑な表情をしていた。


「それにしても、こんな素敵な婚約者を放っておくなんて、あいつも罪な男だな」

「仕方ないわ。彼は主催者だもの」

「はは、確かに。俺も少し挨拶回りしてくる。またな」

「ええ、また……」


 クライスが去ると、再び人の波の中に取り残される。

 ポツンと一人になり、ちびちびと飲んでいたお酒の酔いを醒まそうと中庭へ出た。

 元々、人混みは苦手だ。

 涼しい風がここちよい。ベンチに座って物思いに耽っていた──その時。

 いきなり後ろから誰かに鼻と口を押さえられた。

 息が詰まり、身体が硬直する。

 気づけば、いつの間にか数人の男たちに取り囲まれていた。

 腕を押さえ込まれ、身動きが取れない。叫ぼうにも、口を塞がれて声にならない。

 

(だ……誰か……!)


 なんとか視線を巡らせるが、中庭にひと気はない。


「ふふふ、この女が……」

「ああ、聖女様だ」

「アルヴィンの婚約者だって? もったいない」

「その力、我らが有効に使ってやろう」


 男たちは下卑た笑いを浮かべながら、次々に口走った。

 

(こいつらもしかして……! わたしの力を狙ってる……!?)


 ひとりの男が、ドレスの裾に手をかけた、その瞬間。

 

 ──ゴッ!!

 鈍い衝撃音とともに、男の身体が弧を描いて倒れ込んだ。


「貴様ら……他人のパーティーの最中に何をしている?」


 低く、怒りを押し殺したような声が響いた。

 そこには、鞘のついたままの剣を構えたクライスが立っていた。

 月明かりが逆光になり顔がよく見えないが、怒りに満ちた声と気迫が、数人の男たちを一気に怯ませる。


「ひ……ひぇ……!」

「いえ、その、これは……!」

「さっさとその手を離せ。俺に剣を抜かせるつもりか……?」

「は、はイィっ!!」


 わたしを拘束していた男の手が離れる。


「さっさとその男を連れて消えろ!!」

「すみませんでしたーーっ!!」


 クライスが一喝すると、男たちは気絶した仲間を抱え、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

「大丈夫か!?」


 クライスが、わたしの肩をしっかりと支えてくれた。

 緊張の糸が切れ、思わずクライスにしがみついてしまう。

 

「クライス……ありがとう……」

「まったく、なんでこんなことに……」


 どうしよう、打ち明けるべきか。

 でも、もしクライスもあの男たちと同じで、わたしの力を知ったら……。

 利用されるかもしれないという、小さな不安が、棘のように引っかかった。

 

「……アルヴィンに報告しに行こう。俺もいく」


 アルヴィンに報告するなら、やはり、わたしの力のことも説明しなければならない。

 クライスの制服を、ぎゅっと握る。


「あのね、クライス──」


 わたしは、自分の聖女の力のこと、そして先ほど男たちに狙われた理由は、おそらくそのせいではないかということを打ち明けた。

 話している間、クライスは一度も茶化すことなく、真剣な顔で耳を傾けてくれた。


「なんだって? じゃあ、その情報がどこかから漏れたということじゃないか……」

「このことは、わたしとアルヴィンしか知らないはずなのに」

「まさか……」

「でも、アルヴィンには口止めしてあったのよ」

「とにかく、本人に報告しよう」


 アルヴィンの執務室で先ほどのことを報告すると、彼は目を丸くして驚いた。

 

「大丈夫だったのか!?」

「ええ、クライスが助けてくれたわ」

 

 わたしの身を案じる声に、ホッと胸を撫で下ろした──が、それも束の間だった。


「だが、どこから情報が漏れたんだ? このままだと、またセシリアが狙われかねないぞ」


 クライスが言うと、アルヴィンはポカンと口を開け、目を泳がせる。

 

「……あ」

「〝あ〟?」

「いや〜〜。もしかしたら、俺が話しちゃったかも」

「……は?」

「ごめんごめん、酔った勢いでさ〜〜。よく覚えていなくて……」

 

 ヘラヘラと笑いながら、軽い調子で謝ってくるアルヴィン。

 怒りというより、呆れと悲しみのほうが先にこみ上げた。

 わたしの力は、女神より授かった大切なもの。

 それに、内容が内容だから絶対に秘密にしてほしかったのに。

 それを酒の席で……?

 何より、わたしとの約束を破られたことがショックだった。

 じわりと目頭が熱くなる。


「いや〜〜、悪かったって。酔ってたんだから、仕方ないだろ?」

「許せるわけないじゃない……!」

 

 わたしが涙ながらに訴えても、アルヴィンは「酔っていたから」とヘラヘラしながら言い訳を並べるばかりで、反省の色はまるでない。なんて人なの!!

 わたしの胸の奥で、何かが静かにひび割れた気がした。




 執務室を出ると、クライスが真摯な顔で頭を下げた。


「すまない、セシリア。アルヴィンに代わって、お詫びをする」

「なぜクライスが謝るの、あなたはなにも悪くないわ」

「……アルヴィンも、悪いやつではないんだ」

 

 それはわかっている。

 アルヴィンは根っからの悪人じゃない。優しい面だって、頼りになる時だってある。

 でも、今回のことだけは、本当に許せなかった。

 わたしが守ってきたものを、彼はあまりにも軽く扱った。


 

 アルヴィンは、お詫びにと毎日花や宝石を送ってくれるようになった。

 でも、わたしが求めているのはそんなものではない。

 そんなものを、一度だって望んだことはない。

 きらびやかな贈り物が増えれば増えるほど、わたしの心はアルヴィンから遠ざかっていくばかりだった。

 アルヴィンは時おり屋敷へわたしを呼びつけ、強引に素股行為を迫ってきた。

 その手つきに、愛情は欠片も感じられない。あるのは彼自身の欲望と、事業を成功したいという打算だけだ。

 わたしの心は、アルヴィンからどんどん離れていく。


「わたしはもう、こんなことしたくないの!」

 

 勇気を振り絞って口にすると、アルヴィンはうんざりしたようにため息をついた。


「なあ、セシリア。俺の事業が成功すれば、おまえのメリットにもなるじゃないか。おまえは未来の妻なんだから」

「あなた……なにも反省してないのね」

「おまえは俺の言うことを聞いていればいいんだ!」

 

 ああ、もう……限界だ。

 こんな人の隣で、これからの人生を歩んでいけるはずがない。

 

「もういや!!」


 その言葉は、怒りというよりも悲鳴に近かった。

 わたしはついに、アルヴィンに婚約破棄を申し出る。

 

「そんな、それは困る!」

「なにが困るのよ! あなたは、わたしの聖女の力が欲しいだけでしょう!?」

「そ、そんなことはない! 君を愛している!」

「……とにかく、もう、無理なの」

 

 踵を返し、アルヴィンのもとを去ろうとすると……

 

「ま、待てっ。もう一度だけ!」

 

 と、手首を掴まれた。

 もう一度チャンスを与えろということだろうか?

 ほんの少しだけ、期待して振り返る。しかし──

 

「もう一度だけ、〝異世界〟へ行かせてくれ!!」

 

 ──ブチッ!

 完全に、堪忍袋の尾が切れた。

 

「ふざけるなーー!!」

 

 平手打ちの乾いた音が、屋敷中に響いた。


 

 *

 

 

「──そういうわけで、アルヴィンとは婚約破棄したわ」

「そ、そうか……」


 わたしはクライスに、これまでの経緯を包み隠さず打ち明けた。

 アルヴィンがわたしを道具として扱ってきたことも、すべてだ。


「あなたとも、もう会うこともないでしょう。さようなら」

 

 クライスは、アルヴィンの幼馴染として紹介されただけ。

 特に親しかったわけではない。

 街で会ったとしても挨拶くらいはするが、それだけの関係──だったのに。

 

「セシリア!」

 

 名を呼ばれて、振り返る。


「今度、食事に誘ってもいいだろうか?」

「……はい?」

「今まではアルヴィンがいるから遠慮していたが──もう、その必要はなさそうだからな」

「えええええっ!?」


 クライスの熱烈なアプローチに押され、わたしはあれよあれよという間にクライスと恋人同士になり、結婚していた。

 そしてその夜、初めてクライスと枕を共にした。

 

「でも、聖女の力を失ってしまうわ」

「俺はそんなものなくても、この世界で成功してみせる。君は、この力に未練があるのか?」

「……ないわ。こんな力、利用されるのはもうこりごりよ」

「安心した」


 ──あれから、アルヴィンは異世界体験ができなくなり、すっかり落ちぶれてしまったらしい。

 一方わたしは、クライスと共に、異世界よりも確かな現実の愛を手に入れたのだった。


 おしまい

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