第36話 クッソ……誰だよ、めっちゃ便利とか言ったのは……!

 昼食を終えて再度ログインしたクロは、東の森林を後にした。

 そのまま街を素通りし、真逆の西側へと駆け抜ける。


 西側はこれまでとは景色が違った。

 足元は湿り気のない砂と小石。遠くまで遮るものが少なく、低い岩がゴロゴロと転がっている。風に削られた地形には草はあるが、森のように密集していない。


 始まりの街ファストの西側に広がる荒野。北の平原、東の森林、南の湿林と比べ、圧倒的にモンスターもレベルが高く、滅多にプレイヤーの訪れないエリア。

 何故そんな場所に来たかと言うと、他人に見られるとかなりまずい事になる装備を試しに来たからである。


特殊装備エクストラウェポン

 

 英知の洞窟で戦ったエリアボス【儀装竜・アルマ=レクス】の報酬で得た装備。その内容とは、


防具

浮遊外殻ハルドメイル

赫式飛行補助翼フェザーリス

武器

竜吼咆アークスレイヴ

アクセサリー

守ノ勾玉アギラ

破ノ勾玉クレイヴ

律ノ勾玉シンフォス

迅ノ勾玉ヴェルノ

焔ノ勾玉ルージア

魂ノ勾玉アスレイド


 この九つ。

 かなりの常識はずれな装備であるため、他人に見られたくはない。

 もし見られでもしたら、それはもう大変な事になるのは明白なのである。

 

 周囲を見渡し、誰もいない事を確認する。その上で、【音響探知Ⅰ】と【魔力探知】を併用して無人である事を確認する。念には念を。警戒しすぎるに越した事はない。

 気を取り直し、特殊装備エクストラウェポンを起動する。最初は防具から。


 【浮遊外殻ハルドメイル】と【赫式飛行補助翼フェザーリス】を起動させる。

 【浮遊外殻ハルドメイル】は6つの二等辺三角形の金属の板だった。その表面はキラキラと輝き、無数の回路が広がっている。その一枚一枚が等間隔で並び、クロの周りを周回していた。

 【赫式飛行補助翼フェザーリス】は肩甲骨辺りからきた。正に機械の翼と言う形状で、どちらかと言うと鳥の翼に近い。厚みがあり、羽の一つ一つに無数の小さな穴が空いている。


 翼が完全に展開した瞬間、低く澄んだ起動音が荒野に溶けた。

 耳障りではない。むしろ、規則正しく脈打つ鼓動のようだ。


 ――ウゥン。


 【浮遊外殻ハルドメイル】の六枚の装甲板が、クロの周囲で軌道を固定する。

 前後左右、そして上下。

 わずかな距離を保ったまま、身体の動きに合わせて追従してくる。

「なるほど……自分で意識しなくても勝手に付いて来てくれるのか。便利だな」

 意識を外殻に移し、それぞれを調整する様に動かしていく。……の、だが。

「これ……すっごい難しい……!!」

 そう。難しいのである。6枚の装甲板を1つずつ別々に操作する必要があるので、かなり脳を使う。

 意識を集中させるたび、装甲板は確かに反応する。

 だが、それは「思った通り」ではなく、「思った瞬間の微妙なブレ」まで拾ってくる。

 一枚が前に出れば、別の一枚が半拍遅れる。

 それぞれを細かく微調整しながら全体を確認し、さらに防御に転用する。正直できる気がしない。今ですら【高度演算機能】に内包される【演算支援】を使用して何とかしている状態だ。

 とりあえずそのまま数歩歩いてみる。が。


 ――ぐらり。


 バランスを崩し、数歩よろける。

 幸い転倒は免れたが、心臓が一瞬だけ跳ねた。

「……これ、慣れてない状態で戦闘に入ったら、逆に危ないな」

 クロは深く息を吸い、吐く。

 一度、外殻への直接操作をやめ、ただ任せる意識に切り替えた。


 すると。


 六枚の装甲板が、静かに安定した軌道へ戻る。

 まるで、こちらの焦りがノイズだったかのように。

「……ああ、なるほど」

 どうやらこの装備、細かく弄ろうとするほど扱いにくくなるタイプらしい。

「基本は自動制御。必要な時だけ、部分的に介入する感じ……か」

 試しに、右側の装甲板だけを意識的に前へ出す。

 他の五枚は動かない。

 その瞬間、右半身がわずかに軽くなる感覚。

 視界も自然と右へ引っ張られ、身体がそちらへ向きやすくなる。

「なるほど……飛行中の方向転換にも使えそうだ」


 装甲板を一枚、前面に寄せる。

 もう一枚を背後へ。

 クロの周囲に、即席の防御配置が組み上がった。

「……慣れたら、相当えげつないぞ、これ……あ、そうだ」

 それぞれに気を配りつつ、【外部操作】を起動する。一枚づつに魔力を引っ掛け、一気に動かす。

 すると、明らかに動かし易くなった。やはりこのスキル、使い勝手が良い。基本は自動制御なのはそのまま、動かす時は【外部操作】を使うのが良いかもしれない。


「じゃあ、次だな」

 クロは一度、深く息を整えた。

 【浮遊外殻ハルドメイル】はそのまま安定軌道を維持。

 次に意識を向けるのは、背中。

 翼そのものは、すでに展開している。後は飛ぶだけ。

 クロは膝を軽く曲げ、身体の芯を意識する。

 ジャンプするつもりはない。

 跳躍力に任せると、制御不能になる予感があった。

「……浮かせる、だけでいい」


 次の瞬間。


 ――ヴゥン。


 翼の無数の小孔が、一斉に淡く赤く発光した。

 音は低い。風を切るというより、空気そのものを掴んで持ち上げるような感覚の後、足裏の感触がすっと消える。


「……っ」

 クロの身体が、地面から数十センチ浮いた。

 落下はしない。

 揺れもほとんどない。

 まるで見えない床に乗っているかのようだ。

「……安定性、高っ」

 思わず呟く。

 慌てて姿勢を崩そうとしても、翼が即座に補正する。

 前に傾けば、後方の翼が出力を上げる。

 右へ体重を掛ければ、左側が微調整。

「……これ、めっちゃ便利……」

 クロは、恐る恐る一歩分、前へ進もうと意識した。


 その瞬間。


 クロの体は急激な加速と共に前進した。視界が回る。凄まじい速度で景色が変わる。

「おわぁぁぁぁぁ!!??!!!?!!??」

 目まぐるしく姿勢が代わり、体幹制御があちこちに働いてもはや機能していない。

 そのまま制御不能なったクロの体は、地面へ向けて落ちていく。当然、加速しながら。

 なんとか制御しようとするも、それはもう間に合わない。


ドゴォォォォォォォォォ!!!!!!


 最初の位置から300mほど離れた崖の下に、クロの体は墜落した。

 砂煙が舞い上がる。

 小さな岩の下敷きになったクロは【浮遊外殻ハルドメイル】で岩を吹き飛ばし、なとか出てきた。

 あれだけ派手に事故っても、HPは減っていない。おそらく、【浮遊外殻ハルドメイル】の【衝撃吸収】と、【赫式飛行補助翼フェザーリス】の【着地衝撃吸収】による恩恵だろう。着地と言って良いのかは謎だが。

「クッソ……誰だよ、めっちゃ便利とか言ったのは……!」

 クロが吐き捨てながら、体の砂粒を取り除いていると、耳に足音が入った。次いで、背後から波紋の様な感覚が襲う。

 慌てて振り向くと、そこには呆然と立ち尽くした頭に頭巾を被り、ブルマを着たプレイヤー(多分男)がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Mythologia Online ―不遇な錬金術でなんとか頑張ります― 姫百合さん @himeyuli

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画