『俺達のグレートなキャンプ146 掃除機の取扱説明書を刑事ドラマ風に音読だ』
海山純平
第146話 掃除機の取扱説明書を音読刑事ドラマ風に音読だ
『俺達のグレートなキャンプ146 掃除機の取扱説明書を刑事ドラマ風に音読だ』
「今回はこれだ!」
石川が夕暮れのキャンプサイトで、掃除機の取扱説明書を高々と掲げる。その表情は自信に満ち溢れ、まるで宝の地図でも見つけたかのような輝きを放っている。
「掃除機の...取扱説明書...?」
千葉が首を傾げる。焚き火用の薪を抱えたまま、キョトンとした表情で石川を見つめている。
「そう!これを刑事ドラマ風に音読する!」
「おお!!やります!絶対面白いですよそれ!」
千葉の目がキラキラと輝く。すでに頭の中で重厚なBGMが流れ始めているようだ。
「はあぁぁ!?ちょっと待って!なんで掃除機で刑事ドラマなのよ!?」
富山がクーラーボックスから取り出したペットボトルを落としそうになりながら叫ぶ。その顔は「またか」という諦めと「今回はさすがに意味不明」という困惑が入り混じっている。眉間に深いシワが刻まれ、口がへの字に曲がっている。
「いやー、これが意外とドラマチックなんだよ!『ゴミがたまってます』とか、めっちゃ重々しく言えるじゃん!」
石川がニヤリと笑う。その笑顔には一片の迷いもない。
「重々しくって...あんたね...」
富山が深いため息をつく。両手で顔を覆い、指の隙間から石川を睨む。長年の付き合いで分かっている。もう止められない。
「よーし、じゃあ配役決めるぞ!俺がベテラン刑事の『石川』だ!」
「はい!俺は犯人の『千葉』ですね!」
千葉がビシッと敬礼する。その動きは妙にキレがあり、本当に役者のようだ。
「ちょっと待って、なんで自分の名前そのままなのよ」
「細かいことは気にするな!さあ、始めるぞ!」
石川が説明書を開く。焚き火がパチパチと音を立て始める。夜の帳が降り、星々が瞬き始めた。
その時、隣のサイトから若いカップルが近づいてきた。
「あの、すみません。なんか面白いことやってるって聞いたんですけど...」
「おお!ちょうどいい!観客だ!見てってよ!」
石川が手招きする。タケシとアヤという名のカップルが、好奇心と戸惑いの入り混じった表情で焚き火の周りに座る。
「掃除機の説明書を刑事ドラマ風に読むんです!」
千葉が屈託なく説明する。タケシとアヤがポカンと口を開ける。
「そ、掃除機...?」
「そう!さあ、始めるぞ!」
石川が咳払いを一つ。照明代わりの焚き火の炎が、彼の顔を下から照らす。その表情がグッと引き締まり、完全にベテラン刑事の顔になる。
「...千葉」
低く、重く、まるで獲物を狙う肉食獣のような声。タケシとアヤがビクッと肩を震わせる。
「は、はい...」
千葉も完全に犯人モードに入る。表情が強張り、どこか怯えたような、追い詰められたような雰囲気を醸し出す。
「お前を、ずっと追っていた...」
石川がゆっくりと立ち上がる。焚き火の炎が揺れ、その影が大きく地面に映る。タケシが「うわ、なんか本当に怖い...」と小声で呟く。アヤは完全に物語に引き込まれたように、息を呑んで二人を見つめている。
「何の...話ですか...刑事さん...」
千葉が震える声で答える。その演技力に、アヤが「すごい...」と感嘆の声を漏らす。
富山が離れた場所で缶ビールを開けながら、冷めた目で見ている。「はいはい、始まった始まった...」と呟き、諦めたようにビールを一口飲む。
「とぼけるな!」
石川が急に声を張り上げる。観客たちがビクッと身体を震わせる。
「お前の犯行は...すべて分かっている!」
石川が説明書を千葉の前に叩きつけるように差し出す。千葉が後ずさる。その動きがあまりにも自然で、まるで本当に犯人のようだ。
「『サイクロン式クリーナー ZV-3000』...この掃除機を使った事件...覚えているだろう」
「し、知りません!俺は何も!」
千葉が両手を前に出して否定する。その必死さに、タケシが思わず「頑張れ...」と呟く。どっちを応援しているのか分からない。
「知らないだと?」
石川が冷たく笑う。その笑みは夜の闇に溶け込み、不気味な雰囲気を醸し出す。
「では聞こう...お前は『安全上のご注意』を読んだか?」
「あ、安全上の...?」
千葉が戸惑う。観客たちも「え?」という表情になる。
「『警告:死亡または重傷を負う可能性がある内容です』...」
石川が一語一語、噛み締めるように読み上げる。タケシの脳裏に、ハードボイルドな刑事ドラマの映像が浮かぶ。薄暗い取調室。一筋の光が刑事と犯人を照らす。刑事の鋭い眼光。犯人の脂汗。
「お前は...この警告を無視した」
「ち、違います!」
「『本体を水につけたり水をかけたりしないでください』...だが、お前はやった。現場にその証拠が残っている!」
石川が指を突きつける。千葉が「はっ」と息を呑む。
アヤの頭の中に映像が流れる。雨の降る夜。びしょ濡れの掃除機。そして、その横に倒れた人影——。
「そ、そんな...!」
「言い逃れはできんぞ、千葉!」
石川が一歩前に出る。千葉が一歩後ろに下がる。焚き火の炎が二人の間で揺れる。
「『電源コードを傷つけたり、破損したり、加工したり、無理に曲げたり、引っ張ったり、ねじったり、束ねたりしないでください』!」
石川が一気に読み上げる。その迫力に、観客たちが固唾を呑む。
タケシの脳内映像。アクションシーン。刑事が犯人を追いかける。犯人が電源コードを引っ張る。火花が散る!
「『火災・感電・けがの原因となります』...!」
「うわああああ!」
千葉が頭を抱える。その演技があまりにも真に迫っていて、アヤが「大丈夫...?」と心配そうに見つめる。
「白状しろ、千葉!お前がやったんだろう!」
「やってません!俺は何もやってません!」
千葉が必死に否定する。その目には本物の涙すら浮かんでいる。メソッド演技だ。完全に役に入り込んでいる。
富山が遠くで「...なにやってんだか」と呟き、ビールをグビグビ飲む。その目は冷めきっている。しかし、口元がわずかに緩んでいるのは、さすがに面白いと思っているからだろう。
「ならば、これはどう説明する!」
石川がページをめくる。その動作がドラマチックだ。スローモーションで撮影されているかのような、決定的瞬間。
「『吸込力が弱い場合』...!」
「!」
千葉の顔が青ざめる。観客たちが息を呑む。
「現場の掃除機は...吸込力が異常に弱かった...なぜだ?」
「そ、それは...」
千葉が言葉に詰まる。追い詰められている。完全に追い詰められている。
タケシの脳内。取調室。刑事が証拠品を机に叩きつける。犯人が顔面蒼白になる。「これをどう説明する!」刑事の怒号。
アヤの脳内。フラッシュバック。事件の夜。弱々しい吸引音。何かがおかしい。そして——。
「答えろ、千葉!吸込力が弱まったとき...その原因は!」
石川が詰め寄る。千葉との距離がどんどん近くなる。
「わ、分かりません...」
「分からない?...では教えてやろう」
石川が説明書を千葉の目の前に突きつける。焚き火の光が、そのページを照らし出す。
「吸引力が弱まったときは...」
間。
長い、長い間。
観客たちが息を殺す。
「...ゴミが、いっぱいだ」
石川が、まるで決定的証拠を示すかのように、静かに、しかし確信に満ちた声で言い放つ。
「!!!」
千葉が目を見開く。その表情は完全に「そんな証拠が!」という驚愕と絶望。
「ゴミが...いっぱい...!?」
千葉の声が震える。タケシとアヤが「うわあああ」と小さく叫ぶ。
タケシの脳内映像が爆発する。スローモーション。ゴミがいっぱいのダストケース。それを掲げる刑事。背後に稲妻。犯人の顔が歪む。「そんな...まさか...!」
「そうだ...現場の掃除機のダストケースは...ゴミでパンパンだった...!」
石川の声が夜空に響く。
「そ、それは...!」
「言い訳は聞かん!」
石川が立ち上がる。千葉も立ち上がる。二人が向かい合う。焚き火の炎が激しく揺れる。
「『ダストケースにゴミがいっぱいになっていませんか』...!」
石川が説明書を読み上げる。
「ち、違います!それは...!」
「お前は知っていたんだ!ゴミがいっぱいだと、吸込力が弱まることを!」
「知りません!」
「知っていた!なのに放置した!それがお前の犯行だ!」
観客たちが完全に物語に引き込まれている。アヤは両手を口に当て、タケシは拳を握りしめている。まるで本当のサスペンスドラマを見ているかのようだ。
その時、少し離れたところから、家族連れが近づいてきた。父親と母親、そして小学生の男の子。
「あの、なんか面白いことやってるって...」
「しっ!今いいところなの!」
タケシが慌てて「静かに」のジェスチャーをする。家族連れも慌てて座る。男の子が「なになに?」と目を輝かせる。
「そして...!」
石川が説明書をバッと開く。その動きが大げさで、コミカルですらある。
「『フィルターが目詰まりしていませんか』...!」
「フィルター...!?」
千葉が両手で頭を抱える。その動きが大げさすぎて、富山が「やりすぎよ...」と呟く。しかし観客たちは完全に夢中だ。
「現場のフィルターは...目詰まりを起こしていた...!お前がメンテナンスを怠ったからだ!」
「うわああああ!」
千葉が崩れ落ちる。膝から地面に崩れ落ち、両手を地面につく。完全にドラマの犯人だ。
アヤの脳内映像。犯人が崩れ落ちる。刑事が見下ろす。雨が降る。犯人が泣く。「俺は...俺は...!」
「認めろ、千葉!お前の犯行を!」
「認めません!俺は...俺はやってない!」
千葉が顔を上げる。その目には涙。本物の涙が流れている。メソッド演技が極まっている。
「やってないだと...?」
石川が冷たく笑う。そして、ゆっくりとページをめくる。
「では...これをどう説明する」
石川の声が、さらに低くなる。観客全員が息を呑む。男の子が父親の腕を掴む。
「『ダストケースがゴミでいっぱいの場合は』...」
間。
長い、長い間。
風が吹く。焚き火の炎が大きく揺れる。
「...ケースごと、捨てる!」
石川が、まるで「犯人はお前だ!」と言うかのように、指を千葉に突きつける。
「!!!!」
千葉の目が限界まで見開かれる。口がパカッと開く。観客たちが「おおおおお!」と声を上げる。
タケシの脳内映像が大爆発。刑事が犯人を指差す。背後で大きな爆発。スローモーション。犯人の涙。「そんな...まさか...俺を...捨てるのか...!」
アヤの脳内映像。法廷。判事が木槌を打つ。「有罪!」観客席がどよめく。犯人が連行される。
「ケースごと...捨てる...!?」
千葉が絶叫する。その声が夜空に響く。
「そうだ...お前という『ゴミ』は...ケースごと...捨てるしかない...!」
石川の声が、冷酷に響く。
「刑事さん...!」
千葉が石川に這いよる。その動きが必死すぎて、母親が「あの、これお芝居ですよね?」と不安そうに尋ねる。
「お芝居です!掃除機の説明書を刑事ドラマ風に読んでるんです!」
タケシが興奮しながら説明する。
「掃除機の...?」
「そうです!めちゃくちゃ面白いでしょ!」
父親がポカンとしている間に、ドラマは佳境に入る。
「だが...まだ終わりじゃない」
石川が説明書をめくる。
「お前の犯行は...まだある」
「ま、まだ...!?」
千葉が顔を上げる。観客たちが「まだあるの!?」と驚く。
「『運転中、急に止まった』...現場で、掃除機が急に止まった...なぜだ?」
「そ、それは...故障では...」
「故障?...甘いな、千葉」
石川が冷笑する。その表情が完全にサイコパスじみてきて、富山が「ちょっと怖いわよ...」と眉をひそめる。
「『集じんフィルター、吸込口にゴミが詰まっていませんか』...!」
「!」
「そうだ...お前は故意に、ゴミを詰まらせた...!」
「ち、違います!」
「証拠がある!」
石川が再び説明書を突きつける。
「『大きなゴミや鋭利なものを吸い込まないでください』...!」
「あ...」
千葉の顔が青ざめる。完全に追い詰められた犯人の顔だ。
「現場には...大きなゴミが...吸い込まれた跡があった...!」
「そんな...!」
タケシの脳内映像。フラッシュバック。犯人が大きなゴミを故意に吸い込ませる。ニヤリと笑う犯人。「これで...証拠は消える...」そして掃除機が止まる。
「認めろ、千葉!お前がやったんだ!」
「認めない!認めるもんか!」
千葉が立ち上がる。石川も立ち上がる。二人が睨み合う。
観客たちが完全に物語に没入している。男の子は「お兄ちゃん、負けるな!」と千葉を応援している。どっちの味方なんだ。
「ならば...最後の証拠を見せてやる」
石川がゆっくりとページをめくる。その動きが異様にゆっくりで、時間が引き延ばされているようだ。
「『仕様』...」
「し、仕様...?」
「そうだ...この掃除機の仕様...お前は知っていたはずだ」
石川が読み上げ始める。
「『電源:AC100V 50-60Hz共用』...」
「それが...何だって言うんです...!」
「現場の電源は...AC100Vではなかった...!」
「!!!」
観客たちが「ええええ!?」と驚く。完全にオリジナルストーリーが展開されている。説明書にそんなこと書いてない。
「お前は知っていて...間違った電源で使用した...!」
「そ、それは...!」
「『消費電力:1000W』...だが、現場の電力は...500Wしかなかった...!」
「うわああああ!」
千葉が崩れ落ちる。完全に崩れ落ちる。
「認めろ、千葉!すべてを!」
「認めません!認めるもんか!俺は...俺は...!」
千葉が叫ぶ。その声が夜空に響く。
そして——。
「...分かったよ」
千葉が、突然、静かな声で言う。
観客たちが息を呑む。
「俺が...やった」
「!」
石川の目が見開かれる。観客たちの目が見開かれる。富山すら、ビールを持ったまま固まる。
「俺が...『ダストケースのゴミ』を...放置した...」
千葉が顔を上げる。その目には諦観と、どこか解放されたような表情。
「俺が...『フィルター』を...掃除しなかった...」
アヤの目から涙が溢れる。本当に泣いている。ドラマに完全に感情移入している。
「俺が...『大きなゴミ』を...吸い込ませた...!」
千葉が立ち上がる。
「すべて...俺がやった...!」
千葉が叫ぶ。その声が、夜空に響き渡る。
「千葉...」
石川が静かに言う。
「だが...なぜだ...なぜそんなことを...」
「それは...」
千葉が遠くを見る。その目には、何か深い悲しみが宿っている。
「俺は...掃除が...嫌いだったんだ...」
「!」
観客全員が「ええええええ!?」と叫ぶ。
「そんな理由で!?」
タケシが立ち上がって叫ぶ。もう完全に物語に入り込んでいる。
「掃除が...嫌いだった...だから...掃除機を...壊そうと...」
「千葉...お前...」
石川が千葉の肩に手を置く。
「だが...それは間違っている...」
石川が説明書を開く。
「『お手入れと点検』...ここを見ろ」
「お、お手入れ...?」
「『集じんフィルターのお手入れ』...こまめに手入れをすれば...掃除機は長持ちする...」
「せ、先輩...」
千葉の目から涙が溢れる。本物の涙だ。
「『ゴミは各自治体の規則に従って処理してください』...ルールを守れば...みんなが幸せになれる...」
「先輩...!」
千葉が石川に抱きつく。観客たちが拍手する。アヤが泣きながら拍手する。男の子が「よかったー!」と叫ぶ。
富山が遠くで冷めた目で缶ビールを飲み干す。
「...なにこの茶番」
しかし、その口元は笑っている。
「これにて、『サイクロン式クリーナー ZV-3000 取扱説明書』刑事ドラマ風朗読、完!」
石川が説明書を高く掲げる。大歓声。拍手の嵐。
「すごい!めちゃくちゃ面白かった!」
タケシが興奮しながら叫ぶ。
「感動した...まさか掃除機の説明書で泣くなんて...」
アヤが涙を拭う。
「お兄ちゃんたち、すごい!」
男の子が目を輝かせる。
「いやー、盛り上がったな!」
石川がニコニコしている。千葉も満足げに頷く。
富山が立ち上がり、二人の元へ歩いてくる。
「はいはい、よかったわね。でも次はもうちょっと普通のキャンプにしてよね」
「普通?普通なんて面白くないだろ!次は炊飯器の説明書をホラー風とか...」
「やめなさーい!!」
富山の叫び声が、星空の下に響き渡った。
観客たちの笑い声が、いつまでも、いつまでも、夜のキャンプ場に響き続けた。
――俺達のグレートなキャンプ146、完!
『俺達のグレートなキャンプ146 掃除機の取扱説明書を刑事ドラマ風に音読だ』 海山純平 @umiyama117
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます