いつの日にかのラブコメシチュエーション。

維 黎

蒔かれた設定

 曙色に染まる空。

 浜辺を打つ波の音。

 少し高低差のある人影。


 宿泊していたホテルのプライベートビーチに佇む二人の男女。

 長い夏が終わったかと思えば急激に寒くなり、秋はどこへ行った? と思う時期。   

 冷え込む早朝に他の人影は無く。


「――ねぇ、一緒に暮らさない?」


 吐息と共に紡がれた言葉は微かに白く。


「……」


 寄り添う男は無言で隣の女に顔を向ける。その言葉の奥にある意図を探るように。

 男には別のパートナーがいて子供もいる。女も同様だ。しかし、昨日から二人は同じホテルに泊まっている。大人になってからは十年近く会っていなかったが、同じ高校に通い、一年の時は同じクラスだった。 

 今の状況は他人はたから見れば不倫と断罪されるだろうか。

 

「――どう?」

「いや、どうって言われても――」


 戸惑う男。

 女の提案は無茶が過ぎる。


「無理だよ。一緒に暮らすなんて。――家族がいるんだから」


 男はとある代議士の息子。パートナーとは自由な相手と恋愛の末での結婚ではなく、親の用意した候補の中の一人だった。とはいえ、出会った後に健やかに愛情を育んでいったので、不満も不貞もない。

 女の方も似たようなものだった。

 社長令嬢。パートナーは婿養子。同様、親が用意した候補の内の一人。

 お互い不自由――とまでは言えないが、まったくの自由な恋愛とも言い切れない青春を送った。


「家族がいたって関係ないわ。お互い引っ越せばいいのよ」

「それは離婚して――ってことかい?」


 男の声は多少、いや、かなり震えていた。

 高校生こどもの頃は妄想そうぞうしたこともある。許されぬ恋を。

 お互い産まれた時から立場ある家柄の令息令嬢として育てられた。そんな二人が高校入学時に巡り合い、同好会を通じて三年間の大半を過ごした。

 初恋――だったのかもしれない。それぞれ憎からず想っていた。

 そんな高校時代むかしを思い少し憂いを帯びる男――の心情は女の口調で霧散する。


「はぁぁぁぁぁッ!? 離婚ンンン!? ばっかじゃないの? 何で離婚なのよ。え? 何? あんたン家庭とこうまくいってないの?」

「は? 順風満帆やっちゅーねん! 世界中でベスト千に入るくらいやっちゅーねん!」


 ベスト千位以内。凄いのかそうでもないのか微妙なところを叫ぶ男。


「私が言ってるのは同じマンションでって意味よ。こんどうち、引っ越すことにしたのよ。で、そのマンション、私の知り合いが持ち主オーナーだからいろいろと融通が効くの。値段とか。良い部屋押さえれるのよ?」

「あ、あぁ。そういう話ね。紛らわしいんだよキミの言い方が」


 びっくりし過ぎて関西弁が出るほどに。男は生まれも育ちも東京だったが。


「で、どう?」

「いや、どうって言われても。やっぱり急に引っ越しとか無茶な話だよ。子供もまだ小さいし。キミのところもそうだろ? なのになんでまたそんな話に?」

「だからよ。だって創作してみたくなったんだもの」

「何を?」

 

 女はニッコリではなく、にやりと笑う。


現実のリアルラブコメを」

「リアル――ラブコメ?」


 ラノベ同好会。高校時代、二人っきりで三年間を過ごした場所。二人しかいなかったから当たり前だったが。

 ラノベを読んだり書いたり。一緒に過ごした時間はそれなりに楽しく濃密だった。

 高校を卒業して十年近く会わなかったのに、お互いのいえが共通して親しくしている財閥当主の誕生日祝賀パーティーのホテルで再会した翌日には、高校時代のノリに戻るくらいに。

 そういう意味では当時、青春していたと言えなくもない。


「どういうこと?」

「ラブコメって言えば幼馴染みじゃない。あんたの子供むすめと私の子供むすこを幼馴染みにするのよ。で、小・中・高と同じ学校に通わせるってわけ」


 そんな理由で引っ越しする家庭おやがどこにいる。


「それいい! すっごくいいッ!! 引っ越す以外の選択肢はないよねッ!」

「でしょ!」


 ここにいた。二人も。 


 男は将来、母親の地盤を継いで政治家になるだろう。

 女は将来、父親の会社を継いで社長に就任するだろう。

 二人の子供が高校に入学する頃にはお互い忙しい時期を迎え、マンションに帰宅することが少なくなり、男と女の互いのパートナーも二人を支える為、留守がちになる。

 出来上がるのは。

 同じマンション。部屋は隣。半独り暮らし状態の幼馴染みの高校生男子と女子高生。


「「くぅぅぅ~!! 萌えるシチュエーション!!」」


 ハモる。


「決まりね! それじゃ帰ったら早速、知り合いに連絡して部屋を押さえてもらうわ。当然、隣り同士の部屋をね!」

「おっけ。俺も家族を何とか説得するよ!」



 曙色に染まる空。

 浜辺を打つ波の音。

 夜明けの空の下、幼馴染みの種を蒔く人影。





 ◇◇◇




 とある日。午前七時を少し回った頃。

 ピピピッ。

 ガチャリ。

 電子ロックの解除音に続いてドアが開く。

 勝手知ったる隣の部屋とばかりに慣れた様子で開けたドアから入ると、迷うことなく目的の部屋へと足を運び部屋のドアをノックもせずに開け入る。

 

「朝だぞぉ! 起っきろぉ!」


 叫ぶと同時に少女はベッドに寝ている少年に向かってダイブした。




――了――

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いつの日にかのラブコメシチュエーション。 維 黎 @yuirei

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