整っちゃった
はやたけるけた
整っちゃった
書類の隅が、やけに整っている。
牧子は黒縁の眼鏡越しに、綴じられた書類の角を凝らして見ながら、眉間にしわを寄せる。
秋山に作らせる顧客向けの資料はいつも雑に綴じられ、何度やり直しさせたか分からないが、今日は他の誰かにやらせたのだろうか。
いつも始業一時間前にはオフィスに到着し、
大きなボール状のおむすびを喉に詰め込み、
後輩の尻拭いに追われるのが牧子の日常だ。
「園山さん、この資料って誰が準備してくれた?」
そう言いながら振り返ると、いつもこの時間にいる園山はおらず、その一つ後ろのデスクから七三分けの男がこちらを見つめている。
「私です、なにか?」
いつもの気だるさが感じられないが、
声は、秋山だ。
「秋山?」
私はさらに眉間にしわを寄せ、黒縁メガネを引いて目を凝らした。秋山と言えば、センター分けの前髪の真ん中がいつも垂れてきて、見ていて鬱陶しいのが秋山のはずだが。そして何時も遅刻ギリギリに駆け込んでくる秋山が、始業30分前のいま席に着いている。
私が疑問符を浮かべているうちに秋山はこちらに歩いてきて、資料に何か問題がありましたか?とのたまう。
近くで見ると彼の七三は、定規でも当てたかのように一直線の縁を描いている。おそらく分け目の比率もジャスト7:3だ。よく見ると、眉もハンコで押したかのようにくっきりとした輪郭を浮かべている。
「いや、資料の準備ありがとう。
とても綺麗で良いね。」
そう言いつつ、見た目の変化につっこむべきか迷いつつこう聞いた。
「てか、今日客先だっけ?」
「丸山工業の在庫システムの案件提案で、
顧客オフィスの3棟で13時から会議ですよ。
牧子さんも一緒に。」
直前まで会議場所すら調べず、いつも直前に慌てて走り回っているのが秋山のはず。
「そうよね、よろしく頼むね。」
そういえば今日オフィスに出社してから、
やけにフロアが片付いている。デスクに散乱するケーブル類が片付き、備え付けのPCモニタの位置から備品のティッシュ箱の配置まで、空間が整っている。そうだ、整っている、今日はなんだかいろいろ整いすぎている。
「秋山、もしかして、デスクの片付けとかした?」
席に戻った秋山がこちらを見て、
「はい、ちゃちゃっと、」
と照れ笑いしながら答える。
そう、と言いながらPCに目を落とすと、
ちょうど送られてきた部内報のメールが目にとまる。メールの行の終わりが、すべて一列に揃っている。差出人は秋山だ。
「秋山、なんか今日、整ってるね。」
なんとか笑顔を作りつつまた秋山の方を振り返る。
するとよく聞いてくれたという屈託のない笑顔で秋山が答える。
「はい、実はぼくめっちゃ整ってきたんです。サウナで。」
冗談を言う時の笑顔とまた違う笑顔なので、
もはや私の顔は笑顔を保っていなかったかもしれない。
「そう、それは良いことね。」
その日定時ぴったりに退勤した秋山が残した、ミリ単位で図形の位置が揃えられたマニュアルのレビューを終えて、私も早めに退勤した。
帰り道に駅前のサウナが目についたので、寄って帰った。
翌日、何時ものように一時間前にオフィスに到着し、仕事を始めた。
「牧子ちゃん、それ。。」
声がして見上げると、園山が苦そうなコーヒーを片手に私の手元に目を落としている。
「なんか、 テトリスみたいね。」
牧子は弁当箱から隙間なく敷き詰められた
小さな四角いおむすびを取り出しながら満面の笑顔でこたえる。
「そうなの、実は昨日、整っちゃって。」
牧子はそんなに苦いのだろうかと思いながら、
園山の顔からコーヒーカップに目を移した。
整っちゃった はやたけるけた @ayogan-999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます