となりの水無口さん
中津凛
第1話 塩辛対応キャラってまだいなかったよね?
突然の質問だが、君たちの学校にも有名人はいるだろうか?
俺がここで指す『有名人』とは、世間一般的な芸能人やスポーツ選手、インフルエンサ―のことではなく、その学校、もしくは町内に収まる程度の――強いて言うなら、名物キャラってところだろうか。
校内一のイケメン。
校内一の美少女。
校内一の秀才
校内一の奇人変人。
校内一の不良。などなど。
一口に有名人と言っても、その種類は多岐にわたる。
ここ、私立朝霧高校にも有名人がいる。
「相良、どれにする?」
珍しく弁当を忘れた俺――
元より朝霧高校自体マンモス校なだけあって、この状態は正常かつ当たり前なものではあるけれど、それにしたって、多すぎる。
「林田、やっぱり昼飯はいいから教室戻らないか?」
この時点で俺の食欲パラメーターは底の底まで下がりきっていた。
「って、言ってもなー。これじゃあ戻ろうにもそう簡単にはいかないぞ」
言ってる合間にぞろぞろとなだれ込んでくる。
入り口と出口は別々で用意されているので、普通ならこんな突っかかることもないのだが、今日に限って限定商品が売り出されているせいか、延々に人だけが増えていく。
やがて、透明な窓ガラスの方へと追いやられ、顔も見るも無残に押しつぶされているような状態になってしまった。
これはダサい……。
廊下を行きかう人々が、俺たちの顔を見て笑う。これじゃあ人間動物園じゃないか。
どうにかしようにも、足掻くことすらままならない。叫ぼうにもおそらく雑踏がすぐにかき消してしまうことだろう。
「やばいぞ林田。シャレにならんぞこれ」
「ああ、ちょっとっ……これっ、ホント動かねぇ!!」
なにか、なにか手はないのか。
ふと、窓に目をやると、向こう側にとある有名人の顔が見えた。
やがて、俺の頭の中に一つの打開案が浮かび上がる。
「ちょっと待ってろ林田。お前に奇跡を見してやる」
「はぁ? 奇跡?」
「ああ、令和版モーセだ」
残る力を振り絞って、叫ぶ。そしてガラスを叩く。
「水無口ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい゛!! 俺だ! 俺だよ! 俺ぇぇぇぇぇぇ!! 気づいてくれ水無口ぃぃぃぃぃぃぃぃい゛!!」
まずい、必死な詐欺師みたいになってしまっている。しかし、今はなりふり構っていられない。どんなに醜くとも叫び続けるしかないのだ。
酸素の供給量が間に合っていないのか、俺の意識はだんだん薄れていく。
あぁ、こんなことになるんだったらみんなにありがとうって言っとくんだったなぁ。などと思いながら、閉じた目をそっと開くと、目の前にでっかく人の顔がドアップで映し出されていた。
そこには、市内でもその名を轟かすほどの美少女が立っていた。
が。
先ほど『市内でもその名を轟かすほどの美少女』だと言った。美少女だということは事実であることに変わりはないが、それは、彼女を有名人たらしめ所以には、一切、決して、神に誓ってない。
それを今見せる。
「水無口、俺の声聞こえてるか?」
水無口はただ言葉を発することなく、コクリとうなずいた。
気づけば廊下にいた水無口の周囲からは人が消えていた。
「よし、今から俺の言うことをそのまま行動に移してくれ」
「……」コクリ。
「そのまま購買の入口から俺のいる位置まで来てくれ。頼めるか?」
またしても黙ってコクリ。
「おーけーだ」
そう言うと、水無口は小動物のように小走りで入口の方に向かっていった。
「相良、お前誰と話してたんだ」
「ふっ」
「ふっ、じゃねぇよ。笑ってる場合か!」
「林田」
「なんだよ?」
「現実、ちゃんと見とけよ」
「は? 何言ってんの?」
しばらくして、入り口と思われる方向から数十人のざわめきと怒号が一斉に聞こえてくる。
「なにお前、女?」
「どいてくんね……? じゃ・ま・な・ん・で・す・け・どぉー!!!」
あいつ、この学校の中でもかなり質の悪い不良グループに絡まれてるかも。
悪いことさせちゃったな。あとで奢ってやらなければ。
しかし、まだ怒号は耐えてない。隙間から見えたが水無口もうつむいているようだった。
これは助太刀に参らなければ。
「すみません! ちょっと通してください!!」
さすがに見ていられない。
「どいてください! ……ちょっと! どけって言ってんだろうがぁぁぁぁあ゛!!!!!」
それでも、人波にもまれるだけで前に進めない。
まずい。
「…………ください」
「はぁ? 何言ってんか聞こえねー!」
「…………だから」
「だから?」
次の瞬間、購買全体の雰囲気が重くなり、凍てつくような声と共に顔を上げた。
「な、なんだよ……おま、え……ひえぇぇっ!」
そこには美少女のかけらなんてどこか遠いはるかかなたの向こうに飛んで行ってしまったかのように、般若のごとく、はたまたそれは鬼神のごとく、それはそれは恐ろしい顔で告げた。
「ど い゛て くれま せ゛ん゛かぁ?」
声を聴いただけでわかる。背筋が凍るなんてもんじゃない。背中から腰に掛けての骨が全部抜け落ちるぐらいの凄まじい威力だ。
「「「「「ひ、ひぇぇぇぇぇぇえ゛!!」」」」
「「「「「いやぁぁぁぁぁぁぁあ゛!!」」」」
どうやら、ダメージを負ったのは不良グループだけでなく、一般生徒にも直撃したようだった。
南無阿弥陀仏。
断末魔が響き渡る購買は、先ほどと打って変わって、地獄のような場所になっていた。逃げ出す生徒。倒れる生徒。命乞いをする生徒。
やがて、俺たちの方向に向かって、どんどん道ができてくる。
「な、林田。これがモーセの海割りならぬ、水無口の人割りだ」
俺は精いっぱいの笑顔と震えるグットサインを出せずにはいられなかった。
「ひっ」
怯える林田の目線の先には、水無口が棒立ちで鎮座していた。
まさに神降臨と言った感じだった。
一瞬お釈迦様かと思っちゃったよ。
「林田話しくらいは聞いてるだろうけど、面を合わせて会うの初めてだったよな。紹介するよ。俺のとなりの席の水無口さん」
「…………水無口無々です」
ぎこちない動作で、ペコリとお辞儀をする。
一方の林田はというと。
「…………」
「あ~、ダメだわこれ、失神しちゃってる」
再起不能になっていた。
実は、水無口無々の真骨頂は今見てもらった惨劇ではない。アニメや漫画、ラノベなんかでもよく見かける無口キャラでもなく。塩対応キャラでもない。どちらかというと—―というか塩対応キャラはほぼ当たっているのかもしれない。
水無口無々の真骨頂。それは。
塩対応なんて生易しいものではない。
あえて命名するのならば、そう—―『塩辛対応』キャラだ。
しかし、本当のところは彼女自身そういう性格なのではなく、本人曰く極度の緊張の末そうなってしまっているらしい。
「…………ところで、相良くん」
肩を力強くガシっと捕まれる。
やばい怒られる。
「あの、ちょっとほんとに……ごめ――」
「お、お弁当っ…………作ったから…………一緒に、たべよ?」
へ? お弁当? 俺の聞き間違いか?
「お弁当って言った?」
「…………うん」
身長差で俺が水無口を見下ろす形になっているため、顔がよく見えないのだが、光沢ある髪の毛から覗く耳が赤くなっているのは…………気のせいだろうか。
「あ、水無口購買で何か欲しいものある? さっきのお礼に何か奢るけど」
「…………ううん…………大丈夫」
「ほんとにか? 遠慮しなくていいんだぞ」
「…………うん、お弁当…………早くしないと冷めちゃう」
「そ、それもそうだな。よーし! 行こ―!!」
購買を出ていこうとすると、水無口は止めるように俺のセーターの袖をギュっと握った。
「どした?」
「…………そ、それと……一緒に、お弁当食べながら…………」
「食べながら?」
ん? なにか寒気を感じるのは気のせいか? 鳥肌が立つのは気のせいなのか?
「こ゛れ゛、ど ういう゛こと゛か゛ぁ き゛か゛せ て ね゛ぇ?」
「は、ひゅい~」(空気の抜ける音)
ここから先の記憶は、俺にはないのだった。
となりの水無口さん 中津凛 @Nakaturin7638736
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