第三十三話:結ばれた誓い


光が私とファルを包む。

眩しくはない、不思議な光。


私は、離さないように腕に力を込めて、必死に抱きしめた。


見つめてくるファルの瞼が、ゆっくりと閉じていく。


「いや……だ、め…………」


声はかすれ、震えて、自分にすら聞こえないほど。


「だめ!!」


絞り出した叫びと共に――世界がぐにゃりと反転した。



---


反転した景色。

夜のはずの空は血に焼け、赤く染まっている。

空気は土埃と血の臭いに満ちていた。


(……ここは……? ファルは!?)


声が出ない。身体も動かない。

私はただ、赤い空を見上げるしかできなかった。


「……ソフィア……」


(ファルの声……!)


優しく、けれど悲しみを帯びた声。

呼ばれた名は私のものではない――けれど身体は反応し、弱々しく声の方へ顔を向けていた。


そこにいたのは――金の模様を宿さない、黒い瞳のファル。


(でも……確かに、ファルだ……)


「陛……下……」


(……今の声は……私? それとも……ソフィア?)


自分の意思とは無関係に、震える手がファルへ伸びる。

彼の顔は泣き声を押し殺すように歪み、涙が頬を伝っていた。



---


赤い空の下。

血の匂いが濃いのに、叫びすら聞こえない。蹂躙するが如く響くのは、轟音と悲しげな咆哮。


(これは……厄災……?)


問いかけた瞬間、視界の奥に――白い影が見えた。

裾が血に濡れた、赤黒いドレス。


(これ……私……?)


ファルがその身体を抱き起こし、大きな手で頬を撫でる。

彼の涙が、私の頬に落ちた。


その瞬間、空が震えた。


赤の天に、漆黒の巨影。

龍が舞い降りる。


その瞳から零れる雫は、悲しみそのもの。

ファルと私に寄り添うように、静かに地へ降り立つ。


「アル……ヴィト……様……」


私が名を呼ぶのが先だったのか――

それとも、鋭い爪を持つ龍が人の姿へと変わったのが先だったのか。


闇の中に立っていたのは、いつもの優しい手を差し伸べるもう一人の彼だ。

瞳の金の模様が涙で揺れて不思議な光を宿している。


震える手で私の手を握り、血で汚れた私の頬に頬を寄せてくる。

それはとても"厄災"と呼べるような存在ではない。


「ソフィア…俺も……共に逝こう。……護ると、約束したからな……」


頬を離した"厄災"アルヴィトはファルを見る。


「俺はソフィアの魂を護ろう。ファルネーゼ、お前は……」


ファルが優しく私の髪を撫でる。


「私は……いつか生まれてくる"君"を護る。例え、何があっても。何十年でも、数千の年でも……"君"を待とう」


(それって………)


「陛…下……だ…………め……………」


私の意識が薄れていく中、結ばれてはいけない誓いが結ばれる。

その誓いの言葉が黒龍を魔力に変えていく。私の中に、ファルの中に温かいものが流れる。

温かいのに、私の胸は締め付けられていく。


「私…は………あなた………の"鎖"に…なん……て」


その言葉が誰の声なのか、もう分からなかった。ただ胸の奥で、私とソフィアの心が一つに震えていた。


(あぁ………そう、だった…)

胸の奥が裂けるように痛むのに、不思議と温かい涙が頬を伝っていた。

"私"は、本当は望んでいなかった。それでも――二人の“黒い魔術師”は"私"との約束を果たすために、自らの運命を選んだ。



永遠の命を持つと言われる龍は逝き、儚い命を持つ皇帝は永遠にも近い時間を歩もうとしている。


ファルの目に、金の輝きが浮かんだのを最後に私の意識は遥か彼方へと沈んだ。

"私"が見たのは、後の世に永劫語られる事になる“厄災”の終焉だった。

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