第六話:森に呼ばれるように

私の前に座るのは、ルシアン隊長、魔術師団長ヴァルター公爵、そして教会の司教アウレリウス。

張り詰めた空気の中、最初に口を開いたのは隊長だった。


「サラ・フェルディナンド。精霊の森で見聞きしたことを、すべて話せ」


冷えた声音に喉が詰まる。沈黙が続くと、隊長は質問を変えた。


「二度の調査、いずれも黒い魔術師に遭遇した。それで間違いないな」


「……はい」


「二度目は捕縛を試みなかったそうだな。1度目は?」


「……短時間ですが、戦闘はありました」


その瞬間、司教が机を叩き立ち上がる。


「古代魔術を見たのか!」


鋭い声に肩が跳ねる。

司教の眼差しは、憎悪を隠そうともしなかった。


「い、いえ……魔術は見ましたが、下級魔術でした。古代魔術を知らないので、判断できません」


「本当にか?」


「……はい。私たちの魔術と変わらないように見えました」


再び嘘を口にする。

実際は違う。

ファルの魔術は生成速度も密度も異常だった。

無数の魔術を同時に行使し、結界さえ消し去った。

彼自身も古代魔術だと口にしていた。

それは、現代魔術では不可能な領域だ。


質問は続く。

可能な限り、ファルに触れないよう答えを選んでいく。

だがやがて、団長が重々しく口を開いた。


「その黒い魔術師……監視の報告では黒髪に黒い瞳。事実か?」


「……はい」


「お前は黒髪と黒い瞳の意味を知らぬのか?」


「……色に意味があるのですか?」


本当に分からなかった。

団長は答えず、次の問いを投げる。


「最後に──その魔術師の名を聞いたか」


室内の空気が凍りつく。

言わなければ不自然。

だが、言ってしまえば──。


「……ファル、と名乗っていました」


空気が、一瞬止まった。


司教が凄まじい勢いで立ち上がり、叫ぶ。


「それは本当か!」


声に押されながらも、私は絞り出した。


「偽名だと思っていましたが……」


「偽名なものか! いや……忌々しい、忌まわしき名だ!」


司教は激昂し、団長と隊長は厳しい表情のまま、控えていた魔術師に合図を送った。

拘束され、連行される私の背に、司教の叫びが突き刺さる。


「必ずあの邪龍を討つ!」



---


連れて行かれたのは懲罰房ではなく独房だった。


状況は悪化している。

森には師団が派遣されるかもしれない。

司教はファルを“邪龍”と呼んだ。

悪意を剥き出しにした眼差し──あれは古代魔術に対する憎悪以上だ。


(邪龍……? でも、ファルは……)


彼はどう見ても人間だった。

何より、森そのものに歓迎されるように光に包まれていた。

邪龍などという呼び名は、どうしても似合わない。


独房を見渡す。

物理結界が張られ、魔力封じの腕輪をはめられ、杖もない。

脱出は不可能。


(私、どうなるんだろう)


時間感覚は曖昧になる。

食事でおおよその日数を測るくらい。二日ほどは経っただろうか。

犯罪者のような扱い──それでも、不思議と後悔はなかった。


「……また会いたい」


無意識に漏れた言葉に、自分で驚く。


そのとき。


カチャ、と音がして扉が開いた。

見張りの魔術師の姿はなく、気配もない。


(罠……?)


考えるより先に、身体が走り出していた。


廊下も、宮廷魔術師の影もない。

騎士も文官も、誰一人としていない。

帝都の街路に出ても、静まり返っていた。

空気すら存在しないのではないかと思うほど、私の身体は風を切らずに走る。


(……夢みたい)


夜のはずの門も開かれている。

迷わず駆け抜ける。


足が向かうのは、ただひとつ。精霊の森。



---


夜明けを越え、森の入り口に辿り着いた。

魔術師団が来た痕跡はない。

振り返った帝都は遠い。

戻る道は、もうないだろう。


(それでも……ファルに会わなきゃ)


迷いを断ち切り、森へ足を踏み入れようとした瞬間──風が葉を揺らし、森が静かに呼吸した。


木漏れ日の中から、黒いローブの男が歩み出てきた。

金糸の紋様をあしらった布地。


「サラさん。……また会いましたね」


優しい微笑。

その黒い瞳には、光の縁が金色に輝いていた。

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