殺した子供

白川津 中々

◾️


 あまりに業を重ねてしまったものだ。


 上がり1500万円。

 今月の稼ぎであり、人が死んだ証明である。稼業は殺し。最低の商売だ。

 なんとなしにヤクザになって、人間を始末する方法を学んで独立してから10年は経つ。組みから抜けさせられたのはいざという時いつでも切れるようにだが、幸いな事にお縄にはなっていない。殺している相手は同業ばかりだし、もっぱら内輪揉めの処理であるからだろう。いなくなっても困らない奴ばかりだ。誰も藪を続いたりはしない。

 昔は楽な商売だと思っていた。決められた場所で決められた通りの手順を踏んで決められた金をもらう。仕事も月に数件で、だいたいは遊んで暮らせていた。若い時分はとにかく金が入るからと手が血に染まっていくのも気にならず、人を殺して捨てていた。


 きっかけはある人間を処理した時である。


 現場には、そいつの子供がいた。「連座」とだけ聞いていたが、真相は知らないし知った事ではなかった。上からやれと言われればやる。それだけなのである。まずは父親から。俺はいつも通りに始末するだけ。それだけだったのだが、視線に気がつく。子供が、じっとこちらを見ているのだ。喚きもせず、涙も流さず、ただ俺を伺っている。なにも知らないというわけではない。しっかりと、自分の父親が死ぬと理解しながら、そのうえで俺に目を向ける。社会見学かなにかのつもりなのだろうかと少しばかり腹が立ったが、害もないのでそのままにしていた。それまでその子供は、他の人間と同じく、取るに足らない存在だった。


 その子供が取り乱したのはすぐである。


「これからお前も死ぬんだぞ」


 父親を始末してからそう伝えると、野生の猿のように喚き出した。「死にたくない」「助けて」と、何度も叫び、暴れ回る。親よりも自らの命の方が大切だったのだろう。醜悪で見苦しい、実に生き物らしい有様である。それまで大人しかったのは、静かにしていれば自分だけは助かると踏んでいたからに違いない。それは子供だからこその、思想もなにもない純粋な生への執着だったように思う。力もなく価値もない自分がどうすれば生き残れるか必死に感じ取り、俺の機嫌を損ねないよう、置物のように静まって「殺さないで」と目で訴えかけてきたのだ。

 大方のまともな人間はこの子供に対して嫌悪感を抱くだろう。親より自分かと蔑み、心中で罵るに決まっている。それは平和な、死が希釈された社会で生きる人間の考えに他ならない。命より道や理と呼ばれているものが優先されると皆思い違いをしている。生き汚なさを嫌悪できる驕り。命あっての物種だと、誰も知らない。


 命。そう、命だ。俺は、命について考えるようになってしまった。生物が死を回避しているという当たり前の事を思い出した。子供を殺した罪悪感から殊更に悩んでしまったのかもしれない。確かにあの表情、あの悲鳴、あの鮮血は、人の心を呼び起こす力があった。俺は人を殺すのが急に恐ろしくなった。今も、命を奪うその瞬間は、手が震えて止まらない。取り返しのつかない行いが、怖くて怖くて仕方がないのだ。だが、だからといってこの稼業から抜ける事はできない。引き返せないほど俺は、人を殺してしまっている。そしていつか俺も同じように殺されるのだ。血に染まった分だけ悲惨に、残虐に。

 その時俺はどうするのだろう。あの子供のように静かにいて、いよいよとなったら大声をあげて命乞いをするのだろうか。分からない。何人も殺してきたのに、自分の最後が想像できない。どうしても、俺自身の死について考えたくないのだ。他の生物と同じように!


「死にたくねぇな」


 当たり前のように、ポツリと呟く。

 しかし、それでもなお俺は人を殺していく。今日も、明日も。

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