第1話『川辺の小さな出会い』
第1話『川辺の小さな出会い』
十一月の終わり。
つい数か月前まで、夏は息苦しいほどの暑さをもたらしていたというのに――
信吾たちの住む街は、早すぎる大雪に覆われていた。
約一年前、ドラゴンの「ゴンちゃん」が旅立ち、
ようやく日常を取り戻したはずの山之内家。
だが、その平凡は長くは続かなかった。
またしても突然にやってきたのだ。
窓の外は雪がしんしんと降り積もり、白い街並みが夕暮れの茜色に染まっていた。
暖房の効いたリビングはぬくもりに包まれていたが、その空気を破るように――
---
「ただいまー! 信吾! 今夜はすき焼きだよー! ……あと、カッパの子どもも連れてきたよ!」
元気な声とともに玄関が開く。
姉の美沙が、雪をまとったコートを脱ぎ捨てながら、軽やかにリビングへ飛び込んできた。
「おかえり、美沙さん。今日は早かったね……って、え? 今なんて言った?」
ソファから立ち上がった信吾は、思わず声を裏返らせる。
美沙の腕には、タオルでぐるぐるに包まれた“何か”が抱えられていた。
「ちょっと信吾、聞いて! 川辺を歩いてたらね、カッパ見つけちゃったの! これ!」
タオルがふわりと開かれる。
中から現れたのは、子犬ほどの大きさの生き物。
まだ幼さが残る小さな体に水かきのある手足。
つぶらな瞳と、柔らかそうな皿の部分がきらりと光っていた。
「……カ、カッパ……?」
信吾はごくりと喉を鳴らす。
カッパはきょとんとした顔で信吾を見上げ、ぷるっと小さく首を傾げた。
そして「クゥ」とか細い鳴き声を立て、ぺたんと信吾の足元に座り込む。
「うん!可愛いでしょ!? 川のそばでひとりぼっちで震えてて、衰弱してたの。だから、たまたま持ってたキュウリをあげたら、少し食べてくれたの。このままじゃ危ないと思って連れてきたの」
美沙は誇らしげに説明する。
「いや、まず……なんでキュウリ持ってるんだよ」
「そこ!? ……っていうか、見捨てられるわけないでしょ! しかも……ほら、この顔!」
美沙がそっと頭を撫でると、カッパは目を細め、気持ちよさそうに小さな体を揺らした。
その仕草に、信吾は頭を抱える。脳裏に、かつてゴンちゃんと暮らしていた記憶がよみがえる。
あの非日常の日々。あの別れ。
ぞわりと全身を駆け抜ける既視感。
「美沙さん……また、やったね……」
呆れ混じりにこぼすと、美沙は胸を張った。
「ふふん。だって、こういうのは運命だもん!」
「運命って……そんなに毎年降ってくるものじゃないよ」
信吾は思わずぼやき、頭をかく。
「いや、あと、今まで普通に犬の話題みたいな会話してるけどさ……カッパって、本当にいるんだ。これ、もっと大騒ぎするやつだからね」
信吾は自分で言いながらも、半ば信じられない気持ちでその小さな存在を見つめる。
「うん。でも、いるじゃん、ここに」
美沙は、あっけらかんと言い放った。
信吾はため息をつき、少し不安げに眉を寄せる。
「問題はここからだよね。そのカッパをどうするか……」
「もちろん一緒に暮らすんだよ!」
美沙は即答する。
「いやいや、そんな簡単に言うけど……」
「大丈夫だって。ゴンちゃんの時だってなんとかやってきたじゃん。私たちならできるよ。絶対守れるよ」
その言葉には迷いがなかった。
信吾はしばし黙り込み、美沙の真剣な瞳を見つめる。
胸の奥にわずかな抵抗はあった。
だが同時に、あの頃と同じように「非日常」に足を踏み入れる予感に、不思議と心がざわつく。
――もしかしたら、この出会いを拒むことなんてできないのかもしれない。
ああ、結局こうなるのだろう――観念が芽生える。
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「……わかったよ。じゃあ……名前、つけないとな」
その一言で、美沙の顔がぱっと輝いた。
「じゃあ、クゥちゃんにしよう! さっき“クゥ”って鳴いてたし」
「うーん……カッパのクゥちゃんはやめておこう。なんか……やめといたほうが」
「えっ? そう? ……じゃあ……あっ、そうだ! カッパだから、“カッピー”!」
「……また安直な……」
信吾は呆れ顔をしながらも、口元に小さな笑みを浮かべる。
「いいじゃん! 呼びやすいし、この子も喜んでるよ!」
その声に応えるように、生き物は「クゥ!」と元気よく鳴き、足元で小さく跳ねた。
信吾も苦笑いを浮かべ、そっと頭を撫でる。
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「……わかったよ。ようこそ、カッピー」
カッピーは嬉しそうに両手を広げ、ぱたぱたと小さく動かしてみせた。
まるで「ありがとう」と言っているかのように。
こうして――
山之内家に、再び“非日常”が舞い込んだ。
信吾の新しい生活は、静かに幕を開けたのだった。
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