I will never forget you.

ストレチア

I will never forget you.

駅前は人波と雑踏に包まれていた。ベンチに座る彼女の黒髪だけが、不思議と静かに見えた。

「さて、そろそろ行きましょうか。」

そう言いながら女性はベンチから降り、軽く歩き出す。女性の名前は三浦 佳奈。私の恋人だ。

「そうだな」

私は彼女の後をついて行く。

「恋人になって何年だったかしらね」

駅のホームの中、唐突に佳奈はそう言った。

「三年だな」

「覚えてるわ。三年だったわね。確か貴方から告白してくれたわよね。」

ふふっと小さく微笑みながら佳奈はそう言った。

「あぁ。そうだな。」

よく覚えている。入学したばかりの私が、彼女を見て、一目惚れだった。そのまま告白して、三回目のプロポーズでやっと受け入れてくれた。その時もあんな風に微笑んでいた。

駅の改札口で佳奈が切符を入れて入ったのと同時に同じ改札口から入る。

少しホームで待っているとアナウンスが聞こえた。佳奈が乗る電車が来るみたいだ。

「うぅ…電車ってなんでこんなに揺れるかな」

佳奈は少し顔色を悪くしながらスタンションポールに捕まり、目的の駅に着くまでもたれかかっている。

佳奈は重度の乗り物酔いを持っている。だからよく今の様に手すりの代わりに私の肩に寄りかかっていた。

「よく遊びに行けてたわね。当時の私は」

今向かっているのは私達がよく遊んでいた場所だ。私達の住んでいるところは娯楽施設がほとんどなく、学校と畑くらいだった。そのため遊びに行くには電車で隣町まで向かっていたのだ。

アナウンスが流れた後、軽く揺れながら目的の駅で止まった。

「さて、どこから巡りましょうか」

「と言っても遊べる場所なんてほとんどないぞ」

佳奈が少し酔いながらも駅から出てくる。

「そうね。まずはゲーセン行きましょう?」

「ゲーム苦手なのにゲーセンは好きだったよな。」

ゲーセン——ゲームセンターの中で、佳奈は悪戦苦闘していた。

「あぁ!また負けた…」

「佳奈は昔からゲーム下手だったからな」

少し古いそのゲームセンターの中で佳奈は対戦ゲームをしている。

「なぁ?もう辞めた方がいいんじゃないか?のめり込みすぎるぞ?」

私の発言に佳奈は耳も貸さずに

「むぅ…もう一回!」

と言って再び始めた。

それを見た私は『これは破産コースかな』と、思うのだった。

「これ…まだあるんだ。久しぶりに見たわ。やってみましょ」

対戦ゲームを終え、ゲーセンを見て回っている時にそう呟き、小走りで近づく。塗装が軽く剥げた古いクレーンゲームに佳奈はコインを投入した。佳奈が狙っているのはイルカのぬいぐるみだ。昔、佳奈が取れず、代わりに私が取ってプレゼントしたものと同じものだ。

「あぁ!もう一回」

そう言いながら何度も何度もコインを投入してぬいぐるみを取ろうとする。

「やった!」

十数回の末、やっとぬいぐるみが取れた佳奈は満面の笑みで喜んでいる。

「次はあそこ行きましょう?」

一見、嬉しそうな顔で言いながら遊園地へと向かう。道中、佳奈が男の子とぶつかる。「ごめんね。大丈夫だった?」

「ぶつかってごめんなさい。お姉さん」

男の子は佳奈に向かって頭を下げる。

「いいよ。気をつけてね。」

微笑みながら発したその言葉に

「はい。すみませんでした。」

と素直に返事をした後、私の真横をスレスレで走ってさる。それを見届けた佳奈は再び歩き出す。その背中を見て佳奈が手を引いて走りながら観覧車に乗った思い出を思い出す。佳奈は昔の様に観覧車まで走り、観覧車の前で立ち止まる。少しの間観覧車を眺めてから観覧車に乗り、上に上がって行く。

「感慨深いわね。覚えてる?ここで貴方が告白してくれたの。初めてだったわ。それに…この時間帯だととても綺麗だったの。」

「覚えてるよ。初めは凄い警戒されてたね。」

そう言いながら佳奈は外を見る。夕焼けが山から少し見え、遊園地を優しく照らしいている。その景色が何とも幻想的で綺麗だった。ふと、佳奈の方を見た。佳奈の頬には涙が流れていた。

「もうすぐ時間だから…最後に、いつもの場所行きましょう?」

「あぁ、そうだね。」

そう言いながら佳奈は山の中に入って行く。日は落ちて、山の中は暗くなっていく、奥に小さな光がある。その光に向かって歩くとそこは小さく池と丘だった。池にはたくさんの蛍が舞い踊り、幻想的な輝きを見せている。丘の先には一つ、ポツンと置かれた墓石がある。

佳奈はその墓石の横に座る。墓石には一つのピアスが置かれている。

「ここ、よく来てたわよね。私達だけの秘密の場所。何かあったら真っ先に来たわね。あの時は楽しかったわ。それでも…途中からはずっと悩んでた。あなたが黙ってたから。あなたが病院によく行ってたのも知ってる。私に黙って食後に何かをしてたのも。」

そう言いながら佳奈は座ったままバックから布に包まれたピアスを取り出す。そのピアスは墓石に置かれたピアスと同じものだった。

「感慨深いわね。このピアスも、私達が付き合って初めての私の誕生日に送ってくれた物…嬉しかったわ。本当に…ねぇ、光輝…何であの時…一人で亡くなったの?私には何も教えてくれなかったの?」

そうだ。この墓石は———この墓は、私の墓だ。私は既に死んでいる。

「教えてよ、私はそんなに頼りなかった?私はそんなに…貴方に教えてもらえるほど…信用されてなかった?」彼女の声に嗚咽が混じる。

「私は後悔しても!それでも…それでも貴方のそばに居たかった。優しくて、穏やかな貴方の秘密を…知って、それで…それで最後に声を聞きたかった。」涙を流す彼女に何も出来ない自分の不甲斐なさに腹が立つ。私の死因は癌だった彼女と出会う前から癌があるのは分かっていた。だが、彼女には言えなかった。彼女に言えば嫌われるのでは、離れるのでは、心配されるのでは、そんなことが脳裏によぎり、私は伝えられずに亡くなった。好きだった。信用していた。だからこそ…伝えられなかったのだ。

「嫌だよ…最後の声さえ聞こえずに…聞きたいよ…最後でも…貴方の声が聞きたい」

涙を流しながら吐露する佳奈の本音は私の心を締め付けた。


嗚咽を漏らしながら泣く彼女に私は眺めることしかできない。

生きたかった。佳奈の隣で笑い合いたかった。もっといろいろなことを見たかった。好きだった。愛していた。だからこそ…もういいのだ。私を引きずって欲しくない。

「泣かないでくれ…悲しませたくない。だから…もう…私のことは忘れてくれ」

そう…心の声が言葉となって溢れた。その時だった。

佳奈はピクリと固まった後、顔をあげキョロキョロと辺りを見渡す。

「そこにいるの?貴方は今、私の近くにいるの?ねぇ…お願いだよ。姿を見せてよ。」

何度声をかけてもこれ以上は伝わらない。でも…最後に伝えられたのだ。何の奇跡かは分からないが…それで、嬉しいのだ。

「うん。大丈夫…貴方は忘れない…忘れずに…前を向くから、どうか…私を側で見ていて…」

涙でくしゃくしゃになった顔で佳奈は微笑む。目は涙袋が腫れているが、その微笑みは今までで一番美しいと思えた。

体が薄くなってきた。これが成仏と言うものかもしれない。ただ、私の想いを伝えられたのだ。そして、彼女の想いを知れたのだ。それだけで充分だろう。

「さよなら佳奈。———私が愛した人」

そう呟きながら私の意識は暗くなっていった。


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私はその場所に足を運んだ。特に用事は無い。それでも、あそこに行けば彼に会える気がするのだ。私はその墓石を撫でる。

「ねぇ。覚えてるかな?あの頃の私は泣いてばかりだったよね。でも、今は笑える様になったんだ。もう貴方の背も越しちゃったよ?嬉しいけど悲しいよ。」

その瞳は涙を流しながら、その顔は微笑んでいる。

「それとね。嬉しいことがあったんだ。妹に彼氏が出来たんだよ。貴方にも紹介出来たら良かったのに」

そこからは他愛のない話が続き、やがて夕焼けの空に鳴った。

「じゃあね。また来るよ」

そう言って佳奈は立ち去っていく。

墓石には新しくピアスの隣にイルカのぬいぐるみが置かれている。雨風が凌げる様に傘も一緒に置かれて———その墓石の文字の最後には新しく刻まれた文がある。

「I will never forget you.」

その文の意味は「貴方を決して忘れない」


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