第2話 不味くなった缶コーヒー
オフィスの自動ドアの前で、天野は社員証をビッとカードリーダーにかざした。
電子音とともにドアが開き、冷たい空気とコピー機の低い駆動音が迎える。
天野は片手に缶コーヒーを持っていた。
「おはようございます、天野さん。」
同僚の長谷川俊がいつも通りの営業スマイルで挨拶してきた。
天野も軽く笑みを返す。
「おはよう。今日も電車、混んでたな。」
「ほんとに。人間がAIに置き換わるって話、まだまだ遠いみたいですね。」
軽口を交わすが、どこか中身は空っぽだ。
“体裁上の会話”――そんな言葉が頭に浮かぶ。
自席につくと、隣の席で28歳の部下、桐生翔太がスマホを覗き込みながらニヤニヤしていた。
「天野マネージャー、聞いてくださいよ!“ラブリンク”、マジでやばいっす!」
「……なんだ、それ。」
「AI彼氏・AI彼女を作れるアプリっす。性格や生活パターンを分析して、理想の恋人を生成してくれるんです。
しかも、愚痴を絶対否定しないんすよ。」
「……ふん。理想の押しつけじゃないのか。」
「え?」
「“自分を分かってくれる誰か”って、要するに承認欲求の形を変えただけだろ。」
桐生はぽかんと口を開けたが、すぐ笑って肩をすくめた。
「でも、それで救われるなら、いいじゃないっすか。」
天野は小さく息を吐いた。
「……まぁ、そうかもな。」
そして少し間を置いて、ふと尋ねる。
「……で、現実の恋人はいるのか?」
「いませんよ。AIで十分です。人間のほうが嘘つくじゃないですか。」
「しかも無駄に金がかかるし。」
天野は苦笑した。
「……まぁ、俺もいないけどな。」
自分で言いながら、思わず目を伏せる。
笑うしかない朝の空気が、妙に重い。
そのとき、パソコンの画面に赤い予定が点滅する。
《10:00 上野課長と東亜エレクロニクス 打ち合わせ》
「……また上野と、か。」
ぼそりとつぶやくと、背後から上野が現れた。
細身の体をスーツで包み、神経が死んで黒ずんだ前歯を見せながら汗を拭い、書類を抱えている。
「天野くん、準備できてる? 今日の東亜エレクトロニクスの村田さんだ、ミスは許されないぞ。」
「はい。」
「桐生くんも同行だ。現場の空気、肌で感じたほうがいい。」
「え、マジっすか……。」
桐生は顔をしかめながら小声で続ける。
「俺、村田さん嫌なんですよね。あの人、帝大出身でしょ?
なんか自尊心の塊っていうか、エリート様気取りで話しててイラっとするんすよ。」
天野は苦笑しながらも言い聞かせる。
「まぁ……俺も嫌いだけど。下請けサラリーマンの宿命だ。」
天野はふと缶コーヒーを口に運び、苦味に眉をしかめた。
この後の打ち合わせを考えると、不味くなった気がした。
上野、天野、桐生の三人は車に乗り込み、東亜エレクトロニクス本社ビルへ向かう。
桐生はスマホを手に取り、Chatリンクで調べたら予定通りに着きそうだとつぶやく。
灰色の空が、ビル街の窓ガラスにぼんやり映っている。
エントランスに到着。
巨大なロビーには、磨かれた床が光を映していたが、その輝きはどこか冷たかった。
人々が静かに行き交い、受付の女性が淡々と応対している。
「こんにちは、シャフトシステムの天野です。本日は企画開発部の村田さんとの打ち合わせで伺いました。」
「確認しました。13階Bの会議室へどうぞ。」
三人はエレベーターに乗り込み、13階Bの会議室へ。
桐生は小声で呟いた。
「やっぱり、ここに来ると緊張しますね……。」
「そうだな。東亜は古い体質も残ってるから、油断は禁物だ。」
会議室のドアが開くと、待ち構えていたのは村田和夫。
背筋を伸ばし、鋭い目で三人を見下ろす。
「上野さん、もちろん今回は良い提案持ってきたよね。」
上野課長はすぐに姿勢を正し、
「もちろんです、村田さん。」
と応じた。
横に座ってる青木翔が真摯に頭を下げる。
「本日はどうぞよろしくお願いします。」
桐生も、天野も続けて頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします。」
天野は書類を手に握り締めた。
朝飲んだ缶コーヒーの不味さを思い出した。
灰色の空気の中、東亜エレクトロニクスの会議が静かに始まった。
次回予告
《大和守護システム》
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