地球の愛した人類
りつりん
地球の愛した人類
どうやら、私の上で暮らす人類は滅亡するらしい。
宇宙のよくわからないところから来る巨大隕石。
それがあと100年後くらいに衝突、そんでもって環境激変、人類耐えられず滅亡、という予測が人間によってたてられたのだ。
地球である私は、小さな小さな人類の、わずかしか残っていない時間、それを思うとコアが痛んだ。
「人類いなくなるならさ、ハビタブルゾーン譲ってよ」
そんな折、なんともドライなことを口にしたのは火星ちゃんだった。
「え? なんで?」
突然の提案に意味がわからなかった私は、戸惑ってしまった。
すると、火星ちゃんは地表面の風を強めながら、少しだけ苛立ったようにこちらを見てきた。
「いや、だって、地球あんたさ、誕生してからずっとハビタブルゾーンいるじゃん? そろそろ変わってよ。水星君もそう思うでしょ?」
「変わってもらえるならそうしたいかな。太陽近いから、暑いし寒いしでパない」
水星君はややしゃがれた声を出す。
火星ちゃんは他の惑星にも目を向けた。
「ほら、金星ちゃんも何か言いなよ」
火星ちゃんが金星ちゃんをせっついた。
「え? 私? 私は別に今のままでもいいかなぁ。少し熱いくらい我慢できるしぃ。それよりも眠いし寝ていい? 眠いぃ」
「あーもう! あんたの自転も思考もマイペース過ぎんのよ!」
火星ちゃんは苛立ったように、さらに地表の風を強くする。
「海王星ちゃんだって言いたいことあるよね?」
火星ちゃんは、太陽系の端にいる海王星ちゃんまで声を届ける。
「…………じゃな……の?」
「いや、海王星ちゃん、遠すぎるし声小さすぎるしで相変わらずコミュニケーションとれないんだわ。てか、地球ちゃんが人類盾にしてる間に、冥王星君なんて太陽系から除外されてっからね?」
「それは……そうだけど」
「そもそも、私たちが快適に過ごせるように順番でハビタブルゾーンっ使っていこうねって話だったじゃん。なのに、なんでずっとあんたが使うのよ?」
「だって、生命体いるし」
「だから、そこが違うって言ってるじゃん! ハビタブルゾーンはあくまでも私たちのためのものなの!」
火星ちゃんの意見もわからなくはない。
でも、私は、私の中で生まれた生命体を愛してしまっている。
私だけならいつでもハビタブルゾーンを出てもいい。
けど、愛するもののために、簡単に了承することはできない。
惑星よりも遥かに弱い存在を守ることが間違っているのだろうか?
「人類が滅亡するまで待ってほしい」
私は精一杯の青を出して、火星ちゃんに懇願する。
「でも、今変わらないと、どうせ人類が滅んだら次は別の生物がーとか言い出すでしょ? 前に恐竜の時も同じこと言ってた気がするし」
「……くせに?」
「は?」
「か、火星ちゃんだって火星探査機とか人類の居住計画とかにちょっとワクワクしてたくせに!」
「な! なんでそれを……」
そう、私は知っている。
火星ちゃんが人類に興味を持たれて舞い上がっていることを。
こっそりと私の方に聞き耳を立てて、色んな人類の火星情報をゲットしていることを。
探査機が来て「興味ありません」って顔しながらも、いつもより地表の風を弛めたことを。
私は知っているのだ。
図星をつかれたのが悔しかったのか、火星ちゃんは公転速度を速める。
私はここぞとばかりに畳みかける。
「今変わったらそれこそ火星移住なんてありえないよ! 人類の進歩はすごいから、もしかしたら100年と経たないうちに火星ちゃんに移住してくるかも。でも、今変わったらそれも無理になっちゃうね。もしハビタブルゾーンに火星ちゃん来ても、生命生まれるのはいつかな? でも、たった数十年待てば、もしかしたら火星ちゃんに人類住むかもしれないのにね」
「うぐう!」
火星ちゃんは押し黙る。
すると、これまで静かに私たちのやり取りを聞いていた、大きな大きな木星さんがゆるりと言葉を発する。
「火星ちゃん、もう少し待ってあげようじゃないか。たった100年。私たちにしてみれば、一瞬の時間さね。それに火星ちゃんもその100年の間に人類が来てくれるかもしれなんだろ?」
木星さんの言葉に、火星ちゃんは公転速度を緩めていく。
「……わかったわよ。その代わり、人類滅亡したらさすがに変わってもらうからね」
「ありがと! 絶対に変わるからね!」
☆
なんとかなってよかった。
私はホッと胸を撫でおろす。
そして、今日も私の上で生きる人類を見る。
ああ、ほんとにハビタブルゾーンって素敵。
だって、私の上で繁栄した生き物の終わりを見届けることができるんだもん。
恐竜の絶滅の仕方も甘美なものがあったけど、人類はきっともっとすごいよね。
知能も高いし、それによって文明を築いて、歴史も紡いできたし。
何より、個人間の恋愛関係とか親子関係とか、細やかな愛が溢れている。
それが一瞬にして消え去るなんて。
皆どんな顔するのかな?
皆どんな顔をして過ごすのかな?
皆どんな叫び声をあげてくれるのかな?
ああ、今から楽しみだ。
こんな楽しみ、絶対に他の惑星には譲ってあげないんだから。
簡単に死ぬことのできない私にとって、弱く儚い生き物の死は何ものにも替えがたい美しさを放つ。
その死の瞬間まで、守ってあげるのが私の役目。
そして、その役目を果たすからこそ得られるご褒美
私は人類を暖かく見守りながら、100年後の滅亡を待った。
地球の愛した人類 りつりん @shibarakufutsuka
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