瞳に映るもの

奈那美

第1話

 ──ずっと、憧れていた。

 

 いったい、いつからだったのだろう?

三軒隣に住んでいて、兄貴のクラスメイトの妹で。

兄貴は面倒見がよかったから、遊びに行く時は必ずと言っていいほど俺を一緒に連れて行ってくれた。

今でこそデカくなったけれど、チビの頃はそれこそ比喩でなく小さくて。

母さんたちの職場の関係で自宅から結構離れた保育園に通ってたから、家の近所には友達がいなくて。

 

 いや、保育園や小学校の中に友達はいたよ。

休み時間とか一緒に遊ぶやつらは、ちゃんといた。

けれど、そいつらとは家が離れてたから休みの日に遊ぶ相手がいなかった。

そんな俺を兄貴は遊びに連れ出してくれた。

兄貴とは年が離れてるから、もしかしたら母さんたちから頼まれていたのかもしれない。

 

 兄貴とクラスメイトと(たしか大樹にいちゃんと呼んでいた)、その妹の美和ねぇと。

兄貴の友人たちや美和ねぇの友人たち……大勢で遊んだ。

鬼ごっこしたりかくれんぼしたり。

……今になって思うと、中学生だったり小学校高学年だったりが保育園児と遊んでくれてたなんてビックリだけど。

当時は、優しいお兄ちゃんお姉ちゃんたちと遊べて幸せいっぱい、だったんだよな。

 

 兄貴が高校生になって、一緒に遊ぶこともなくなり。

そのころはさすがに俺も近所に友達できてたし、美和ねぇたち女子と遊ぶのが恥ずかしいと思うようになっていた。

それでもばったり会った時は『美和ねぇ』『卓坊』って呼び合ってたんだ。

 

 そしてあの日。

兄貴が結婚したい相手がいると言って家に連れてきたのが──美和ねぇだった。

すげぇショック、だった。

もちろん美和ねぇも誰かのカノジョになったり、いつかは結婚することもある……それは理解していた。

それでも、俺にもくらいはあるんじゃないか?そんな密かな期待を抱いていた。

 

 俺を見かけるといつもニコニコと手を振ってくれる。

中学の部活でヘマこいて凹んでた時にも、話を聞いてくれて励ましてくれて。

いつでも、すごく優しくて。

高校に入学したら……ガキ丸出しの中学生じゃなく高校生になったら告白してみよう──そう決意してたのに。

年齢差はあっても、俺が高校生になればコドモ扱いからは卒業できるんじゃないかって。

 

 「お……おめでとう」

なんとか口にできた俺を、自分自身で褒めてやりたい。

「ありがとう」

こぼれんばかりの笑顔の美和ねぇ。

長いつきあいのご近所さんで、それぞれのをよく知っている両家ともにこの結婚話に大賛成で。

「私が卓坊のお姉さんになるなんて、なんか不思議な気分」

フフっと笑いながら、そうつぶやいていた。

 

 そして俺は、自分でも気づいてなかった美和ねぇへの想いの強さを知った──そしてそれが潰えたことも。

ギリギリとしめつけられるような胸の痛み。

俺は友達との約束を思い出したふりをして家を出た。

ふたりの仲よさそうな姿を見ていることに耐えられなかったから。

 

 その後なにひとつ障害がないまま、兄貴たちは結婚した。

ふたりが離れた場所に新居を構えてくれたことは、ありがたかった。

美和ねぇが幸せなのは嬉しい事だけど、その姿を毎日目にすることは辛かったから。

高校に入学して──職員名簿に美和ねぇの名前をみつけたときは驚いた。

さすがに失恋のショックからは立ち直ってたから、正直驚いただけだったけれど。

 

 ずっと、ふたりで同じ風景を見ながら過ごせたらよかったのに。

そのは、もう叶わない。

叶えられない。

だから、俺の気持ちを込めたんだ。

この本はあなたのために選んだという気持ち。

あなたの瞳に映るもの……栞にしたためた文字に。


 

 


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瞳に映るもの 奈那美 @mike7691

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