ピュアハート(プロローグ)
合田エゴ
プロローグ 誘拐前夜
「お前は――あの――母――」
は……?
さっきから、何を言ってるんだ?
だったら最初から――、
俺を産むな。育てるな。教えるな。
……裏切るな。
祭りの屋台から外れた木々の元。薄暗い明かりが父の輪郭をぼかす。
「お前は器用だし、なんとかなるだろう。それに――」
さっきから言い訳ばかりだ。聞く価値も無い。
「それに、ラユカは諦めたほうが――」
「裏切り者」
もう聞きたくない。お前がラユカを語るな。
父を睨みつける。
肩の震えか、手の震えなのか、わからない。
「そうだ……それでいい」
父は手を退け、踵を返しどこかへ消えていく。
小さい頃は、あの背中が世界だった。今はただの思い出だ。
――シャラ。
浴衣の衣擦れが、儚く夜に溶けた。
無邪気に俺の手を握る弟――ラユカは、祭りの屋台に構わず歩いていく。
人混みは俺たちを追うように流れる。
……父がサバイバルオタクでよかった。
幸い知恵は豊富だ。もう大人は頼れない。
家に帰れればいいが、ガレージなら行けるか? 期待は出来ない。こんな事ならナイフでもロープでもくすねておけばよかった。
弟はどうする。捨てられたと知ったら絶望するだろう。もう生きていけないって言って、俺にすがる。
こうなった以上、一緒じゃなきゃ生きられない。
俺が狩って、弟が俺を支える。虫は駄目でも、魚なら毛嫌いせず食べられるだろう。
俺が知恵を叩きこむ。足りない道具は偽善者に媚びさせて貰えばいい。
なんだ、簡単なことじゃないか。
――ふとラユカに視線をおとした。橙色の提灯が横顔を照らす。
ラユカはりんご飴をかじる。飴が光を弾き、俺達を鏡のように映す。夏の残り香が、肌をくすぐる。
俺は鼻で笑った。
「もー、ノイドってば! 今年最後の花火大会なんだよ? 俺の顔に何かついてる?」
「ああ……蜘蛛が、な?」
そう言い、弟の前髪をそっと払う。もちろん嘘だ。考えを知られないためのフェイク。
「えぇっ」とラユカは、何も付いてない髪を何度もすいた。
「もう付いてない?」なんて俺に見せるように、くるりと回る。
そんな反応に、少しだけ肩の力が抜ける。でも、どこか遠くに感じた。
場所取りをしておいたレジャーシートが、ぽつんとそこにあった。ラユカは不機嫌そうに座る。
「お父さん、さっきまでいたんだけどな」
「探してくる」
「え、俺も行く!」
ラユカは立ち上がった。……が、俺はその肩に手を置き、座らせた。
ラユカは納得いかないと言わんばかりに、頬をぷくーっと膨らませている。
俺はふいに耳裏を掻いてしまう。
「お前はここにいろ。父さんが帰ってくるかもしれない」
「あ、うん。そう、だね……」
「大丈夫だラユカ。軽く見回りしたら戻ってくる。だから待ってろ」
心細そうに俺を見る――その視線を振り切った。
俺はまだしも、父は帰ってくるはずはない。でも、弟を連れて父に会うわけにもいかなかった。
今ここで、弟を一人残すのに後ろめたさを感じた。少なくともこの大衆の中で……花火が打ち上げられてる間は大丈夫だ。
父を見つけ、言いかけた言葉を引き出す。まだそう遠くへ行ってないはずだ。
花火が終わるまでに弟の元へ戻ればいい。
屋台の灯りと香ばしい匂いが霞む。笑い声が遠のく……人混みの流れを逆らうように、足早に進む。
花火の轟音が夜を揺るがした。
……いない。見つからない。俺は馬鹿だ。
「――っ!」
思わず木に拳を叩きつけた。
(怒りはお前を壊す。冷静さを失うな)
ふと父の教えがよぎる。
なんで見放したっ! 俺とラユカを……っ。
……焦るな、俺。呼吸を整えろ。
母が入院して、もう数ヶ月。医者はなんともないと言うが、あんなの嘘だ。父は母なしでは生きられない。ラユカへの態度を見れば、答えはとっくに出ていた。
あいつは自分に愛が向かないのを理由に……ラユカに嫉妬してるんだ。
怒りが喉元まで込み上げる。頭に血が昇る。髪を掻き上げ、額を木に当てた。
頭を冷やすためだ。
「……」
その時、花火の音に紛れて微かに木々が揺れる。落ち葉を踏む誰かの足音が聞こえた。
「――!?」
目を疑った。弟を背負い、森を横切る人影が見えた。
花火の爆裂音が視界を裂く。
――ラユカ! そう叫ぶ前に、背中から重い衝撃が襲う。
「ぐっ!」
背中を地面に叩きつけられる。反射的に受け身を取った。
枯れ葉が舞い、熱と土の冷たさが反発する。
そいつは黒衣を纏い、暗がりで誰かわからない。
手が俺の頭を掴み、地面へ押しつけられる。人間と思えない異常な力でねじ伏せられた。
木の根っこが擦り切れ、血を与えるようだった。
俺は拳を振り上げたが、奴は容易く受け止め、俺の手首をねじって関節を砕く。
「――っう!!」
クソッ! 人形扱いしやがって!!
堪らず歯を食い縛り睨み返すが、その瞬間――俺の頭を持ち上げ、地面に叩きつけた。何度も、なんども! なンども!!
――意識がッ、とぶ――。
(あれ…?
なんで……こんなことに、なってる?
オレが――オトウトを守るって、決めた、から。
ほんとに……それだけ、なのか……。
――が……なったら――……)
衝撃音と爆裂音が頭を割るように反響した。口の中に鉄の味が沁みこむ。全身が、振動に満たされていった。
音は聴こえない。やり返す意思を逆らうように、身体は動いてくれやしない。
俺って、こんなに……弱かったっけ。
助けてくれ、ラユカ――。
目の前が赤く、暗く、霞む。
血の匂いだけが残されていた。
――
その匂いを引きずるようにして、黒衣は森を抜けた。片腕でノイドを抱えたままだ。道路脇に止められた一台のワゴン。周囲には臨時の交通整理の看板が並ぶ。
「ご苦労さん――っておい! 死んでねぇだろうな!?」
煙草をふかした男はギョッとし、手をかざして息を確かめる。
「おいおい、半殺しじゃねぇか。あんた加減知らねえのか? ったく、参ったな……」
頭を掻き、携帯を取り出す。
「……はい。はい。それが……ええ、はい。……わかりました」
通話を終えると男は、煙を吐き出すように安堵した。
「なんで俺が苦労しなきゃなんねえのかなーっ」
助手席の人物に向けて言い放つ。彼は答えない。
遠くで花火が打ち上がる。外では警官が一礼した。男はへらへらと笑い返す。
エンジンが唸りを上げ、夏の音をかき消した。
ピュアハート(プロローグ) 合田エゴ @teru_e5
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