月は無慈悲なダメ出しをしてきます。
外清内ダク
月は無慈悲なダメ出しをしてきます。
「仲秋だねえ。名月だねえ」なんて言いながら、チュウシュウが何なのかよく知らんのが平均的日本人というやつなのだ。つまり俺だ。仲秋ってなんだ。まあなんかしらんが月見団子は甘くておいしいし、甘辛両刀使いの俺としては月見酒っていうのも洒落てて嬉しい。そんな良い酒でもないけどね。さわ~あのっ、つ~る~! いいんだよ、団子の方だってスーパーで売ってたパック品なんだから。餡子と辛口は合うと思うね。ペアリングの理論とか、よく知らんけど。いいんだよ、俺は美味いと思うんだから。
そんなわけで、俺はいいかんじに酔っぱらって、自宅への夜道をフラフラしてた。ふえっふぇっふぇっふぇ! なんか笑いが出るねえ。なんでかねえ。酒に酔うってのはいいよな。世界の全てが美しく見える。冷たく爽やかに冴えた夜気。そこらでジンワリと光を染み出させている淡暖色の街灯。アスファルトは昨夜まで降ってた雨で今もわずかに湿ってて、俺の喉の奥に蒸気たっぷりの滑らかな空気を滑り込ませてくる。ふぇふぇふぇ。たまらんね。うまくいかない人生とか、将来の不安とか銀行口座の残額とか、全部が今やどうでもいい。誇れ! 世界よ、お前は美しい! 誰かそばに人がいたら、誰彼かまわず抱きしめてやりたい気分だ。
フワッと上を見上げたら、夜空のまんなかに月がいた。名月だ。名月や。美しいな。びっくりするくらいの白に鮮烈に光ってて、かえって夜空の暗闇が黒く浮き迫ってくるみたいだ。「月よお」俺はもうニヤニヤが止まんなくなっていた。「いい月だな」スマホを掲げ、一枚ぱしゃり。うーん。あれえ? なんでこんなボヤケちゃうかな。ぜんぜん綺麗じゃないや。目玉焼きの黄身が、焼きあがる前にデロォ~って流れ出しちゃったみたい。
「ちょっと」
頭上から声がして、俺は折れそうなくらい首を上空へ向けた。
「撮るの下手すぎない?」
月からのクレームだった。俺は口をとがらせる。
「ちがうよ、スマホの性能じゃないかな。さもなくばアプリの方のか、なんか、たぶん」
「何にしたって、もうちょっといい感じに撮ってくれないの?」
そうしたいのはやまやまだけどさあ。安物なんだよね、あれもこれも。エクスペリア ACE III。
「そうですよ」
今度は下から声がした。目を満月よりもっとでっかく丸々させて、俺は足元をのぞき込む。影だ。月光でできた俺の影が、月に肩入れして文句つけてきてやがる。
「機械のせいにしてはいけません。あんなにすばらしい月なんだから、美しく記録に残す努力をせねば」
「してるけど」
「足りないのでは?」
「好き勝手言うね」
「正しく写せば、身の震えるほどに美しいあの月を、美しく撮れないはずはない」
「そうよそうよ」
影と月が挟みうちで俺を攻めたててくれやがる。なんだこいつら。できてんのか。できてるならおめでとう。式には呼んでくれよな。でも上から下から文句ばっかりつけてくるのはやめてくれないか。俺もさあ、好きで下手に撮ったわけじゃないんだよ。だいたい写真撮ろうと思ったこと自体、月がきれいで感動したってのが動機なわけで、分かってるんだよ、もっとどうにかしたいと思ってる。でも世の中にはどうにもならないことってあるわけでね。税金とか。社会保険料とか。それにほら、税金とかね。
「ともあれ」
影がわざとらしく咳払いした。
「もう一度撮ってみましょうよ。なんか設定とか、いじれないんですか」
「うーん……これかなあ。あっ、俺じゃん」
「インカメラにしてどうするんです。気色悪いものを写さないで」
「そこまで言わなくても。ねえ、月さんよー。もとはと言えば、あんたがそんなに遠くにいるのが良くないんだと思うよ。撮りにくいじゃん、ちいさくて。あと光りすぎ。拡大するとボケちゃうし。写真写り悪いって言われない?」
「プロはちゃんと撮ってくれるもん」
「プロと比較せんでほしいね。ちょっと写りやすくなる努力とか、してくれないかな。俺もがんばるからさ。さしあたり、光量を落として……うん、そう、そうそう。あと、もっと近づいて……」
「ねえ、それならさあ」
月が、ものうげに頬杖をついて、俺をじわあっと見つめた。なんだよ、色っぽいな。かわいいじゃん。どきどきしてしまう。「なに?」平静を装って問う俺に、月は甘い吐息を吐きかけながら、にっこ、と笑った。
「もう、3人いっしょに写らない?」
「3人? 俺と、月と?」
「影もいますよ」
さいですか。
インカメラで、3人画面に収めて、はい、チーズ。
ふぇふぇふぇふぇ。ふぇふぇふぇふぇふぇ。
いいね。歌でも唸りたい気分だ。俺が歌えば月は徘徊、俺が踊れば影は零乱、ときたもんだ。
THE END.
月は無慈悲なダメ出しをしてきます。 外清内ダク @darkcrowshin
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