ひとりぼっちのあいつ
横内孝
ひとりぼっちのあいつ
|・『私』
出会いは小学生の四年生の時、幼稚園の時からずっと一緒だった親友が遠くへ転校してしまい幸先悪いスタートを切っていた。そんな私に声をかけてくれたのがその人だった。
ここではAくんとでも呼んでおこう。
Aくんと私はどんな時でも仲良しだった。ずっと友達ができず、唯一の親友とも別れた私をAくんはとても大切にしてくれた。
中学になっても高校になってもずっと一緒だった。たとえクラスが違くても、私と勉強を教え合い、一緒にふざけ合う仲だった。
しかし、そんな私にも友達ができるようになり、他の同級生と話すようになると、次第にAくんと話す機会がなくなってきた。
その一方でAくんはずっと一人だった。小学校の時、私と会った時からずっとAくんは一人だった。友達になれそうになるタイミングがあっても彼はずっと拒み続けていた。
私がクラスの女子と話している時もAくんは私の方を嬉しそうに、でもどこか悲しそうに見ていた。まるで、小学生の時クラスの子達が話しているのを見ていた私のように。
クラスでも、学年全体でも一人だったAくんに私は涙が止まらなかった。それでも、せっかくできた友達を失うわけにはいかない。また孤独な人生を歩むのが怖かった。ただ、Aくんと一緒なら……?もし、この先Aくんとずっと仲良くしていけるとしたら……?そんなことが私の頭の中を
ある時、突然Aくんに呼び出された。こんなこと、いつぶりだろうか。
「どうしたの?急に……。」
「……。俺ってなんなんだろう。ずっと君に依存し続けてさ、君は友達もできて幸せなんだろ?俺はずっと友達なんて……、俺には君しかいないんだ。なんてな……。」
「何言ってんの……。やっぱり、あなたは全然変わってないわね。ずっと私のことばっかり。いい加減成長して欲しいよ。本当に。」
私はついAくんを突き放してしまった。本当はもっと一緒にいてほしいことは私にも分かってる。でも、いつまでも一緒にいるわけにはいかない。Aくん、本当にごめん。
「変わったね、君は……。嬉しいよ。やっと孤独から解放されたじゃないか。君はやっぱり俺といるべきじゃないんだ……。こんな独りぼっちの俺なんかより、君にならきっといい人と会えるよ……。さあ、行って。もう、俺のことはいいから……。」
「え、そんな……。そんなつもりじゃ——」
「行けよ!もう俺になんか構うんじゃねえ!」
「……っ!酷い!もう知らない……、Aくんなんか大嫌いだ!」
そんなつもりじゃなかったのに……。私はなんてひどいことを……。でも、こんなことを言ってしまった以上もう後戻りできない。 私は何も考えずに、ただ廊下を駆けて行った。そこに残るのは、罪悪感、喪失感……。計り知れない後悔。
それから私は、調子の悪い日々が続いた。前のように明るく、元気に振る舞えない……。ただ自分で自分を傷つけ、塞ぎ込む毎日。そんな時、頭に浮かぶのはやはりAくんだった。
私の記憶から消そうとしても、無意識にAくんの姿が思い浮かぶ。何日経っても私の頭の中からAくんが消えることはなかった。
ある日の夜、私はやはりAくんのことを考えていた。私がいつも元気でいられたのは誰?私が落ち込んでいる時にかけてくれたのは誰……?その時ふと、Aくんの声が私の頭の中で囁くように流れた。
「無理しないで、泣いていいんだよ。だって……、人間って、そういう生き物だと思うんし、泣くために涙があるんだし、落ち込むのは誰も悪くないことなんだからさ、だから、いっぱい泣きなよ。そして、俺の胸に飛び込んでおいで……。」
その言葉を思い出した時、私は涙が止まらなくなった。そして気づいた。本当に私が必要としていた存在を……。Aくんの存在を。
そこで私は何かを感じ取った。Aくんが、学校の屋上から——!
私はすぐに家を飛び出して深夜の学校へ走った。
屋上には星空を見上げるAくんがいた。薄いパジャマを羽織って、何かを悟ったような笑顔を浮かべていた。
私が屋上に着いた時、こちらに気づいたAくんは少し驚いた表情をしていたが、すぐに微笑んで私の方へ歩いてきた。
「これでいいんだ……。孤独な俺にできることはもう何もない。俺は、君のためにやるべきことを全うしたんだ……。だから、言ったろ?もう、俺に構うなって……。俺の心はずっと君と一緒だから。ずっと、変わることのない……。」
そして私の頭を撫でた後、柵の方へ歩いて行った。私はとっさにAくんの手を掴んだ。
その時私には、もうAくんのことしか頭になかった。他の友達のことなんてどうでも良かった。今はただ彼と一緒にいたかった。
「やめろ!君にはもう俺は必要ない!俺はずっと孤独のまま……、惨めに死んでやる!」
「やめて!そんなことAくんらしくないよ!待って……。また私を一人にさせる気なの……?」
「……っ!君には友達が——」
「もうどうでもいい。友達なんていらない……!Aくんさえいてくればもう何もいらない。だから……、やめて……!」
私は膝をついてAくんにしがみついた。
「……、やっぱり君も同じ気持ちだったんだ。ずるいよ、俺を騙すなんて。」
その時のAくんは少し笑っていた。そして、私の手を取り立ち上がらせた後、Aくんは私の顎を軽く触り、抱き合いながら深いキスをした。
もう夜もだいぶ更けていたので私たちは一緒に家に帰った。しっかりと、手を繋いで。
もう、好きなんて言わなくても互いの気持ちは分かり合っていた。
時が経ち、ついに卒業の時。私はAくんに抱きつき離れなかった。彼はどこか遠くへ行ってしまうのだ。でも、これだけはどうしても止められない。私はただそれを見送ることしかできなかった。
「心配すんなよ。ちょくちょく電話するから。それと……、これ受け取ってくれ。」
そう渡されたのは、Aくんの名札と制服のボタンだった。
「えっ……。これくれるの……?本当に?」
「おうよ、だから、君の名札も。」
その言葉通り、私は自分の名札を渡した。
そして卒業式が終わり、学校の門の前で私たちはただ空を見上げていた。
「物思いにふけてる時俺はこうやってよく空を見ているんだ。そのうち何かが浮かんでくる。……、立派になるんだぞ。」
「そっちもね。お互いいい大人になりましょ。ねえ、またいつか……、会えるかな。」
「きっと会えるさ。いつかきっと。」
やがて、私がファミレスで働くようになり、仕事帰りにあの学校の前を通るたびにAくんのことを思い出す。
私はずっとあの門の前に咲く桜の木で待っている。いつか会えるその時まで。
この思いはいつになったら届くのだろうか……。そもそも届くのか……。それすら分からない。Aくんは今何をしているのだろう……。
|・『Aくん』
俺はあの時、死ぬつもりなんかなかった。きっと彼女が助けてくれるだろうと思っていたから……。そうでなくても俺は、ずっと学校の屋上で星空を見ていただろう。でも今更そんなこと言えない。
今でも気がかりなことが一つだけある。
『彼女がちゃんと社会に溶け込めているか……。』
それだけが俺を心配にさせる。
俺の頭の中には彼女のことでいっぱいだった。四六時中ずっと彼女のことだけを考えていた。次第にその想いは強くなっていく。まるで、高校時代の俺のように……。
もう一度会えるなら、あの時別れた学校の門で、桜が満開になった頃に静かに待つだろう。しかし、それが叶うとはほとんど思ってなかった。今どこで何をしているのか、そもそも俺のことを憶えていてくれているのか……?
もう、俺にはあの子……、いや、あの
仕事の帰りにあの桜の木の前を通るたびに思い出す。門の前から出てくる生徒が着ていた制服や体操着。このひと時はまた俺を独りにさせる。それは決して悲しくはない。しかし、思い出せば思い出すほど俺の息が上がっていく。胸がキュッと締め付けられるような気持ちになる。楽しく、懐かしい思い出はやがて、俺を感傷的にさせる。
ある日、俺は有給をとり、地元へ帰ってきた。そして久しぶりに思い出の高校の前を歩いていた。すると、向こうから若い女性がこちらに歩いてきた。その女性は俯いていて顔はよく見えなかったが、なんとなく見覚えのあるようだった。しかし、もし人違いだった時が怖くて、俺は声をかけなかった。その後俺は彼女——すれ違った女性——を見ていた。女性はあの門の前に差し掛かった時、ちらっと校舎の方を見た。そして再び俯いた。
俺には自信がなかった。突然帰ってきてたまたま逢うなんてこと……、そう思った俺は再び歩き始めようとしたその時、
「Aくん!」
「その声はまさか——」
「久しぶりね……。」
それはあまりに偶然すぎて、互いに理解ができていなかったし、いまだに信じられなかった。そこにいた女性がまさか本当にあの時の彼女だなんて。
俺は無意識に、そしてとても静かに、表情を変えずただずっと泣いていた。
そんな俺を見て彼女は少し笑った。その笑った顔は今でも変わっていなかった。
「また会えて良かった。私ずっと——」
「言わないで。わかってる。俺も同じこと思ってた。」
もう俺たちはひとりぼっちじゃなかった。気づけば辺りは暗くなっていた。
俺はまた夜空に輝く星々を眺めていた。彼女も同じく星空を眺めていた。あの日、満開に咲く桜を見た時のように……。他には誰もいない、校門の前に立つ二人……。
その日眺めた星たちはなぜか、いつもより鮮やかに、明るく輝いているように見えた。
ひとりぼっちのあいつ 横内孝 @Ykuc_takosu
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