第28話_謎の老人の提案

 ブリッツたちは王城内で食事を取った後、そのまま王城に宿泊させてもらえることになった。


 案内されたのは王城三階の客室――都外から来た貴族たちが泊まる部屋だった。

 テーブルや椅子の側面には凝った装飾が施され、銀の食器が並ぶテーブルの上には、食後用の紅茶のポットまで置かれていた。天蓋付きのベッドが部屋の格式を物語っていたが、ブリッツはそれには目もくれず、窓から階下の王都を見つめていた。


 ブリッツの記憶ではもっと明かりが煌々と街を照らしていた。

 だが今は、ポツポツと小さな光が街の輪郭をかろうじて浮かび上がらせているだけだった。

 一方で、外壁沿いには異常なほどのかがり火が並び、まるで王都全体が炎に囲まれているかのようだった。


 ブリッツはそんな景色を見ながら、頭の中では別のことを考えていた。


 アミュレの人族領への受け入れ――その提案は王にあっさりと受け入れられた。

 また、彼女を亡命という形で迎え入れるという案にも、王は深くうなずいた。


 本来であれば、魔族との交渉を通じてアミュレを人族領に招くという選択肢もあった。だが、それには時間がかかる。


 そもそも、魔族と人族の間には、戦争が始まる以前はほとんど国交がなかった。互いに領域を干渉せず、接触も最小限に留めていた。だが、戦争によって否応なく接触が増え、停戦交渉を通じてようやく外交ルートや交渉の窓口が整い始めたばかりだった。その体制はまだ不安定で、個人の保護や移動に関する取り決めも曖昧なままだ。


(…それに、アミュレはコロシアムで目立ちすぎた)


 彼女はおそらく、人族側についたと見なされている。早いうちに身を隠さねばならない――そう、ブリッツは考えていた。

 交渉の場が整うまでに、彼女が狙われる可能性は高い。今は、迅速かつ確実な手段が求められていた。


 だからこそ、亡命という形が選ばれたのだ。


 アミュレへの伝達は、人族の諜報部隊に任されることになった。


 コロシアムで彼女から故郷の場所を聞いていたブリッツは、王とエレファントスにその位置を説明した。蠅族領の場所を地図に記したエレファントスは、すぐに兵士を呼び出し、書類を託した。


 結果がわかるのは一週間か二週間後になるだろうと、王は告げた。


 ブリッツは一つ、ため息をついた。

 アミュレのことは、あとはうまくいくことを願うしかない。

 

 彼の頭を悩ませていたのは――メル・リールのことだった。

 彼女はこの三階の部屋にはいない。食事前、メルだけが兵士に連れて行かれたのだ。


 ブリッツとリブロは止めようとしたが、王に静かに制された。

 何も言うことができず、ただおとなしく、ついていくメルを見送るしかなかった。


(自分たちには明かされない内容……もしかして王族絡み、なのかな?)


 ブリッツがメルを何とか助けられないかと考えていた、その時――


 ガタンッ!


 廊下から大きな音が響いた。

 ブリッツはビクッと体を震わせ、後ろの扉を見つめた。


 ノックもなく、扉が開く。

 そこには――顔を腫らしたリブロが立っていた。

 そして、後ろにいた人物に蹴り飛ばされ、室内に倒れ込んだ。


「うっ……!」


 顔から床にぶつかり、うめき声を上げるリブロ。後ろ手に両手を縄で拘束されていた。


「リブロさん!? 大丈夫ですか!?」


 ブリッツが駆け寄ろうとしたその時、アテナ、マリセ、そしてメルが室内に入ってきた。

 彼女たちも両手を背に回され、縄で縛られていた。

 彼女たちは扉の横で一列に並ばせられた。

 マリセやアテナには暴行の跡は見られなかったが、服には汚れがつき、抵抗の痕跡が残っていた。


 ただメルだけは、抵抗せずにおとなしくついてきたのだろう。

 こほこほと咳をしながら、とぼとぼと室内に入りアテナやマリセの横に並んだ。


 ブリッツは、メルの後ろにいる人影を見つめた。

 扉から現れたのは――年老いた魔族の男だった。


 彼はある意味では、非常にわかりやすく『魔族』だった。


 背格好は人族の女性の平均よりも少し低いくらいだが、緑色の首の上にはカエルの頭がドンと乗っていた。

 

 年齢は相当いっているのだろう。顔には深い皺が刻まれ、緑に混じって枯葉のような茶色いマダラ模様が浮かんでいた。黒いチュニックから伸びる腕も緑色で、指は三本。指先には吸盤のようなものが白くベタリと貼り付いていた。


 ブリッツが助けを呼ぼうとしたその瞬間――カエル頭の老人はさっとメルの後ろに移動し、彼女の首筋にナイフを当てた。


「ブリッツ君。すまぬが少し話をさせてほしくてのう。大声は出さないでくれるかな?」

「……僕の名前を知っているんですね?」

「ああ、もちろんさね。というよりも、君に用があって来たんじゃ」

「なぜ、僕に?」

「簡単さね。君は魔王様に対抗できる存在――“勇者”を見つけられる存在。我が主は、それを望んでおらぬ」

「うぐぐっ……!」

「リブロさん!」


 リブロが痛みからうめき声を上げる。ブリッツは話を遮って駆け寄り、うつぶせになっていたリブロを仰向けに起こした。


 息を荒げながら、顔を腫らしたリブロが呟く。


「気をつけろ……ブリッツ……あのジジイ……めちゃくちゃ強え……ぞ……!」


 ブリッツは改めてリブロの顔を見つめた。

 殴られたのか、蹴られたのか――右頬が真っ赤に腫れ上がっていた。


「ザインさんの魔術にだって、こんなダメージは負わなかったのに……!」

「……あんなヒヨッコと比べられては困るぞい」

 

 その言葉を聞いて、カエル顔の老人はゲコゲコと笑い声を上げた。


 彼はナイフをメルの首筋にあてたまま、アテナとマリセの膝の裏を「ホイッ、ホイッ」と軽く蹴って、跪かせた。


「ちょっと…!女性の扱い方が雑じゃないかしら…!」

「お嬢さん、男と変わらぬ膂力で剣をふるうのだから相応の扱いだよ」

「私は抵抗しなかっただろう!」

「触媒を隠し持っていなかったら、もっと優しくしたかのう」


 マリセやアテナの反抗的な目線を無視してカエル頭の老人はブリッツに話しかけた。


「さてっ、ブリッツ君。本題じゃ」

「何が望みですか…?」


 リブロの横で膝まづくブリッツを見下ろすようにして、カエル頭の老人はこう告げた。


「この子らを生かしてあげる代わりに、魔界に来てもらおう」

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