第36話 事の発端は誰よ
十人前後が潜む部屋は殺気が溢れていて、ここが本命だと確信。
壁に背を預けて、短槍で扉の板を叩き割り、即座に〔つむじ風!〕を放り込み〔大きく回れ!〕と念じて一休み。
「何だ、これは?」
「奴の、小僧の風魔法かと」
「支配人様、机の下に避難して下さい」
「うわーぁぁぁ」
「何かに掴まれ!」
「奴は扉の向こうに居るはずだ、行け!」
「行けと言われても前に進めないぞ」
「俺が支えてやるから・・・」
「おわーっ」
* * * * * * *
「おいおい、窓から人が飛び出したぞ」
「彼奴は無茶苦茶してるんじゃないのか」
「サブマス、死人の山が出来るんじゃないですか」
「そんなことは奴に聞け! 俺も此程とは思わなかったぞ」
「そうだよなぁ。そよ風のレオンなんて、柔な二つ名を付けた奴は誰だよ」
「あの顔にそよ風なんて二つ名だ、誰でも騙されるよ」
* * * * * * *
扉の穴から室内を覗き、つむじ風の魔力を抜いてやる。
室内はぐちゃぐちゃで、中の男達は服も髪も乱れてふらふらになっている。
扉を押しあけて中に入り、目につく奴は全員〔つむじ風!〕で包みもう一度軽く回してやり、14、5回転させてから魔力を抜く。
護衛騎士六人と執事紛いのあの男、乱れきった服装だが用心棒のような奴が四人。
まともに立てる者はおらず・・・支配人らしき奴が居ない。
確か机の下にと聞こえたので執務机の下を覗くと、どじょう髭の男とこんにちわ。
「ご招待にあずかりましたレオンです。御用の向きを伺いに参りました」
此の支店の責任者を殺すとサブマスに怒られそうなので、45度に腰を折り丁寧にご挨拶。
「おっ、おおお、お前はだだ誰だ?」
「ご招待にあずかりましたレオンと申しますが、ご存じないのですか」
にっこり笑ってご挨拶をしているのに、後ろから忍び寄る気配がする。
目の回し方が足りないようなので、気配に向かって〔つむじ風! ぶん回れ!〕とサービスしておく。
〈ひぇーぇぇぇ〉なんてドップラー効果を伴う悲鳴・・・違うかな。
悲鳴が段々小さくなり、つむじ風が血の色から黒く変色していく。
魔力を抜くと血で汚れているが蒼白の男がピクリとも動かずに倒れている。
「全員壁際に寄って座れ。少しでもおかしな動きをすればどうなるのか、判っただろう」
俺の本気を悟ったのか体力の回復を待つためにか、もそもそと壁に向かって動き出したが、油断ならないので、再度〔つむじ風!〕で回す。
魔力を抜いてやると同時に、短槍で片足の脹ら脛と腕を一突きして反撃出来なくしておく。
机の下の泥鰌髭を追い出すために、短槍を目の前に突き付け「出て来ないと血塗れになるよ」と、優しく突いてやる。
* * * * * * *
「サブマス静かになりましたぜ」
「おう、合図のファイヤーボールを打ち上げろ」
〈バーン〉〈パーン〉と二発の爆発音が響き渡ると、ウォーレンス商会に向かって殺到する警備兵達と少数の冒険者達。
「ぶち壊せ!」
掛け声と共に戦斧が扉に叩き付けられ、体当たりと共に押し開けられる。
殺到してきた警備兵達は捜索する場所が決められているのか、整然と店内に散っていく。
「警備兵の後に続いて二階に行け! レオンを見つけたら警備兵に知らせろ。遅れたら警備兵共々巻き添えになるぞ!」
「おいおい、そんな話は聞いてないぞ」
「俺達はそよ風を見分ける鼠かよ」
「ぐだぐだ言わずに走れ!」
「ここだ! さっさと来て誰がレオンか教えろ!」
執務室の扉の前で室内を覗き込みながら怒鳴る警備兵。
その目には壁際に座る護衛騎士と人相の悪い男達、室内は荒れ放題でソファーはひっくり返り家具やカーテンの残骸が散らばり、目もあてられない惨状だ。
若い男が短槍を片手に巨大な机の側に立ち、その前には血塗れの男が座って震えている。
室内を覗き込み、ギルドの食堂で見掛けたレオンを確認して、警備兵にレオンに間違いないと伝える。
のんびり歩いてきたサブマスは、通路や通りすがりの室内を見て首を振りながらやってきた。
「また派手にやったもんだな」
「ええー、なるべく死人が出ないように手加減しましたよ。一階の奥、板張りで趣味の悪い装飾の部屋の奴らは、コルシェの街で俺に接触してきた男のお仲間なので、念入りにサービスしておきましたけど」
「趣味の悪い装飾?」
「吊り具やロープに鞭なんてのが沢山飾られていました。最初にそこへ連れ込まれたので、以前の奴の仲間と判断しました」
「馬鹿、そこは拷問部屋だ。もう少し常識を弁えろ!」
「冒険者に常識なんて必要ですか? やられたらやり返せ、殴られる前に殴れって教わりましたよ。勝てる喧嘩は高値で買えとも」
「あーもういい。帰って良いが、聞きたいことが有るので後でギルドに来い」
用が済んだらポイかよ。
* * * * * * *
ウォーレンス商会を放り出されたら、周囲は野次馬が群がり警備兵達が汗だくで野次馬を追い払っていた。
定宿のホテルに戻ると面倒そうなのでギルドに向かったが「お兄ちゃん、ウォーレンス商会から出てきたようだけど、何があったの」と興味津々な小母ちゃんに呼び止められた。
「凄い騒ぎだったが、何が起きたんだい?」
「窓は割れ、家具やカーテンが飛び出したかと思ったら、人まで飛び出してきたぞ」
「いやー、凄い音と悲鳴が聞こえてきたんだが、中はどうなっている?」
「えっ、俺はサブマスについてこいと言われて、入り口脇で控えていただけなので中のことは解らないです。ギルマス宛てのお手紙預かってますので通して下さーい」
冒険者の格好だがアイアンランクにしか見えない俺は、サブマスの腰巾着と思われてかあっさり通してもらえた。
* * * * * * *
「サブマス殿、南区の中隊長をしておりますモートンです。件の冒険者は何処に?」
「後でギルドに来いと言ってあります。最初に連れ込まれた所が拷問部屋らしく、即座に反撃したそうですよ。そこに居る奴らは、コルシェの街でレオンに接触してきた奴らの仲間だそうです」
「おお、そいつは有り難い。支店長と家令共々、面白い話が聞けそうですな」
支店長と家令の男はポーションを口につっこまてれて怪我を治療され、グルグル巻きにされて警備隊本部へと運ばれていった。
拷問部屋にいて命の助かった者も同様の扱いを受けたが、安いポーションを与えられて警備隊本部の地下牢に放り込まれた。
* * * * * * *
「公爵様、ウォーレンス商会で冒険者が大暴れをしたようで、待機していた警備兵達と冒険者ギルドの手配した者達が支店に踏み込んだそうです。その際に件の冒険者が、コルシェの街で襲われた時の仲間に、拷問部屋に連れ込まれたとギルドのサブマスターに伝えたそうです」
「うむ、ウォーレンスの奴を、冒険者に対する拉致と連行の罪で叩けるな」
「それと支店を捜索している一隊からは、地下室に秘密の部屋らしきものを見つけたそうですが、中に入れないとの報告も届いております」
「支店長を取り調べている者に、急ぎ地下室の事を聞き出させろ! 不正が見つかれば領内の全ての支店を押さえて徹底的に調べるようにも伝えろ」
* * * * * * *
辻馬車で定宿のアデリアナホテルに戻り、ギルドへ歩いて行った。
ギルドの食堂に向かうと、大テーブルを取り囲み大声で喋る声が聞こえてくる。
「凄いなんてものじゃなかったぞ」
「ウォーレンス商会の建物の中で嵐が起きているような騒ぎだっな」
「もの凄い音が何度も聞こえて来たかと思ったら、建物の窓から色んな物が飛び出してくるんだからな」
「人も三人ほど飛び出してきたぞ」
「あれがそよ風と呼ばれるガキ一人の仕業だとよ」
「風魔法でそんなことが出来るのか?」
「とてもじゃねぇが信じられんな」
「そよ風って呼ばれている小僧がかよ」
「サブマスが、レオン・・・あの小僧のことだが、一人で暴れていると言ったぞ」
「間違いない、サブマスはそう言って騒ぎが収まるまでは危険だからって見物していたんだからな」
「騒ぎが収まり合図のファイヤーボールを打ち上げてから商会に乗り込んだんだが」
「中はぐちゃぐちゃで、人は倒れているわ家具や置物はバラバラで酷かったぞ」
「俺はサブマスとその小僧に会ったが、でかい机の前でつまらなそうに立っていてな、一階の拷問部屋に連れ込まれたから暴れたと言っていたぞ」
「結局俺達はやることがないので帰れとよ」
「まぁ、金は貰えるので文句はねえけどな」
ヤバ、迂闊に表どころかギルドにいると質問攻めになりそうなので、そーっと食堂から抜け出すと、サブマスとばったり出会ってしまった。
「おう、丁度良かった。二階の大部屋で待ってろ」だとよ。
なんて間が悪いんでしょう。
* * * * * * *
「お前が拷問部屋と言った所に居た奴等を締め上げて、コルシェの街で消えた奴らの仲間に間違いなかった。奴らの話ではお前からチキチキバードを買いに行ったまま行方が分からないそうで、もしかしたらお前に殺されたのかもと考えていた。それでお前を締め上げて行方を聞き出すつもりだったそうだ。奴らも冒険者相手に手の者が消えたとあっては、面子が丸潰れだからな」
「まぁ、確かに強面の集団でしたね」
「地下室の隠し部屋からは奴隷の首輪をした女が二人見つかった。公爵領内にあるウォーレンス商会の支店は全て手入れが行われるが、事によってはウォーレンス商会だけで収まらない事になる」
「行き着く先はフレミング侯爵様ですか。貴族が関わっているのなら大騒ぎになりますね」
「他人事だな、事の発端はお前だぞ」
「えっ・・・発端は食い意地の張った商人でしょう。俺は殴られたので殴り返して逃げただけですよ」
殴ってくれたお礼に、ゴブリンの餌になってもらったけどね。
「ウォーレンス商会本店のことだが、事によってはお前に手伝ってもらえないかとの事だが」
「お断り! それでなくても貴族の難癖で街から放り出されたのに、これ以上の厄介事は御免です」
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