第37話 馬鹿笑い

 早朝クライスの街を逃げ出し、ブランジュ街道沿いの草原を東に向かった。

 ヴェラントの街までがバーラント公爵の領地なので、ウォーレンス商会の騒ぎに巻き込まれない為ヴェラントには寄らない事にした。


 ヴェラントの次はザンドラの街で、ここから王家の直轄領となるので少しは静かになるだろう。

 ザンドラ、レナンド、ビリングの各街で獲物を売り、その間に王都でお上りさんに見えない服を誂えれば良いだろう。

 王都見物の序でに両親に何か珍しい物を送っておけば、元気でやっているとの知らせにもなる。


 * * * * * * *


 レオンがクライスの街を抜け出し、のんびりと狩りをしながらザンドラ向かっている頃、王都の高級住宅街ビューラント通りの屋敷に一台の簡素な馬車が走り込んできた。

 屋敷の主の名はマーティン・ウォーレンス、ウォーレンス商会会長の本宅で、主のウォーレンスはサロンでのんびりと寛いでいた。


 「旦那様、急ぎの書状が届いております。差出人はクライスに潜ませている者からです」


 執事のロゥエルの顔が緊張で赤らんでいる。

 クライスに潜ませている者からの書状とは、バーラント公爵家に何か異変が起きたかクライスの支店から知らせを送れない時にだけに届くものだ。

 商会や潜ませている者は貴族のような早馬を使えないので、二日半か三日前の知らせということになる。


 「読め!」


 ウォーレンスの言葉を受けて書状の封を切り、素速く目を走らせたロゥエルの動きが止まる。


 「ロゥエル、どうした?」


 「旦那様クライスの支店が、バーラント公爵様の警備兵によって踏み込まれたそうで御座います。支店は封鎖され、店の者も軟禁状態で近づけず、詳しいことは不明だそうです」


 「寄越せ!」


 ロゥエルから書状をもぎ取り、読み進むウォーレンスの顔が段々と青ざめていく。


 「フレミング侯爵様は何処に居る?」


 「領地に戻られておられます」


 「糞っ、王都屋敷の執事に書状を託して、フレミング様に早馬で送らせろ。この知らせだと、フレミング様は気づいてない恐れがあるぞ」


 ウォーレンス会長は慌てて執務室に向かい、急いでクライスの支店がバーラント公爵の警備兵達に踏み込まれて封鎖されていることを書き連ねた。


 「バーラント公爵の領地に在る、他の支店の状況は・・・何も知らせてきていないのか」


 「はい、これが第一報で御座います」


 「ではヴェラント、アデーレ、ヘリエントの各支店に状況確認と、クライス支店の状況を探らせろ。くれぐれもバーラント公爵に悟られぬようにと釘を刺しておけ」


 執事のロゥエルに命じた後、クライスで何が起きているのか必死に考えたが心当たりがない。


 「ロゥエル、クライスの支店について変わったことは?」


 「支店からの連絡で変わった事は御座いませんでしたが、クライスに風魔法使いが現れたとの連絡が届き、その男を支店に呼び、コルシェの街で消えた五人のことを聞き出せと命じましたが」


 「風魔法使い?」


 「旦那様が命じられましたチキチキバード入手の為に、コルシェに手の者を派遣しました」


 「あれか、フレミング侯爵様の晩餐会で評判だったので儂も楽しみにしていたのだが、結局手に入らなかったのだったな」


 「はい、冒険者ギルドも何かと理由を付けて従いません。それどころか、ウォーレンス様の頼みを受けて快く応じますが、裏で画策してなにかと妨害してきます」


 「ふむ、一応その男の事も調べておけ」


 「飼っている冒険者達に調べさせましょう」


 * * * * * * *


 「宰相閣下、バーラント公爵様より急ぎの書状が届いております」


 補佐官が封を切った書状を差し出すのを受け取り、読み進むうちに苦々しげな顔になる。


 「マージナス、ウォーレンス商会とフレミング侯爵の関係はどうなっている?」


 宰相に問われた筆頭補佐官は、急ぎ貴族一覧からレイナンド・フレミング侯爵の身分帳を引き出し、交友関係の欄を確認すると同時に、次席補佐官にウォーレンス商会会長の身分帳を持ってくるように命じた。


 「フレミング侯爵様は、ウォーレンス商会の本拠地がコルシェの街であったために懇意にされているようです。彼に子爵待遇を与えるために相当尽力・・・懇意な貴族達に金品を贈ったようです」


 次席補佐官が差し出すウォーレンス商会会長の身分帳を受け取り読み進む筆頭補佐官の顔が僅かに曇る。


 「ウォーレンス商会会長が子爵待遇となる数年前からの報告では、何やらきな臭い噂が出始めているようですが・・・手の者達も確証が持てないとの報告です」


 「噂の内容は?」


 「配下の者を使っての強要や強請紛いのことに、使用人として雇った若い女性が姿を消すとの事です。親族からの問い合わせでは、使いに出したが持たせた金品と共に戻らない。店の金を持ち逃げした、突然店を辞めると言って出て行った、等です。詳しく調べようにも店に被害が出ていると家族に被害の弁償を要求し、フレミング侯爵様との関係をちらつかせて黙らせているようだとの事です」


 「読め」


 マージナスにバーラント公爵からの書状を渡して、考え込むブライトン宰相。


 * * * * * * *


 クライスからヴェラント、ザンドラまで、草原と森との境を中心にジグザグに進んだ。

 マジックバッグにはそれなりに獲物が溜まっていたので、処分のためにザンドラに寄ることにした。


 何時ものように買い取り係に告げて解体場に入らせてもらう。

 昼前ですいている筈の解体場に三組のパーティーが居て、何やら解体係の男と揉めているではないか。

 聞こえてくる話から査定額が少ないと揉めているようで、置かれている獲物を見るとオーク三体とブラックウルフ五頭にカリオン七頭、どれも傷だらけで残る二組も待たされて迷惑顔だ。


 俺もエールの泡がちらついて、待つのが嫌になり出直すことにして食堂に向かった。

 五日振りのエールとつまみを抱えて空きテーブルに座り一気にグーっと一口飲む。

 この暑さでエールも生温いが、喉に伝わる苦みが堪らない。


 俺に続いて解体場から出てきたグループが隣のテーブルに陣取り、文句を言っていた奴らの愚痴を肴に飲み始めた。


 「ザンドラでは見ない顔だな。何処から来たんだ?」


 「クライスからです」


 「ん、ヴェラントじゃないのか」


 「クライスから街道横を東に歩いていたので、獲物の処分にザンドラに寄ったのです」


 「魔法使いのようだが仲間は居ないのか」


 「まあ、今のところは。買い取り査定が安いと言っていましたが・・・」


 「獲物を見ただろう」

 「ああも切り刻んだら、査定も低いさ」

 「それが判らないなら仕方がないさ」

 「ギルドに売らずに、食肉ギルドにでも行けば高く買ってもらえるかもな」


 完全に馬鹿にしていて、関わるのも面倒って感じだね。

 噂をすればなんとやら、ぞろぞろとやって来たよ。


 「たく、馬鹿にしやがってよ」

 「ザンドラはケチなギルドだねぇ」

 「次の街に行くか」

 「面倒だが行くか」


 エールを飲みながらテーブルに座り大声で話しているが、がたいが良くて人相が悪く、周囲の者を睨み付けながら・・・獲物を見つけた目になったぞ。

 しかも俺に焦点を合わせていやがる。


 「おい小僧、さっき解体場に来たが、俺達の顔を見て嫌な顔をして出て行ったな。文句があるのなら聞こうか」


 「買い取り査定が終わったのなら売りに行かせてもらいます。査定が安いとお怒りのようでしたが、俺も安かったら文句を言わなくっちゃと思っていたところです。一緒に行きますか」


 隣の席では、横を向いて腹を押さえているが肩が震えている。


 「ほう、面白ぇ小僧だな。お前の獲物をじっくりと見せてもらおうか」

 「ちゃちなエルクなんぞ出したら承知しねぇぞ」

 「その時は半分俺達の獲物としてもらってやるからよ」


 「ふうーん。それじゃ貴方達のオークと俺のオークで査定を比べてみますか。そちらのオークより安かったら差し上げますよ」


 「おお、大きく出たなぁ。その話乗ったぜ」

 「今日はついているな」


 「但し、俺の方が高かったらそちらの獲物は全てもらいますよ。それで良ければですが」


 「なにー、俺達の獲物を全てよこせってか」

 「舐めたガキだな」


 「偉そうに言っていますが、あの傷だらけのオークじゃ大して金にならないでしょう。俺のオーク三頭とそちらの獲物の査定で何方が高いと思っているのですか」


 「自信満々らしいが、その話に乗ってやるよ。獲物だけじゃなく身ぐるみ剥いでやるな」


 「賭けは成立ですね。お隣さん、証人になってくれませんか」


 「面白そうだな」

 「おい、お前らも聞いただろう、解体場に行くぞ!」

 「うおー、面白ぇ賭けじゃねぇか。見届けてやるぜ」

 「ザンドラ始まって以来初めての賭けだな」

 「賭け事だし、サブマスに立ち会ってもらおうぜ」


 隣のテーブルのおっちゃんが、俺にウインクしながら叫んでいる。

 このおっちゃん見る目があるねぇ。


 食堂に居た全員が解体場に雪崩れ込みお祭り騒ぎで煩く、呼ばれたサブマスが仏頂面で睨んでくる。

 睨むのなら、査定に文句たらたらの奴らを睨んでよ。

 俺は絡まれるのが嫌だから、揶揄い序でに獲物を巻き上げる事にしただけだよ。

 いわば被害者なの!


 サブマスを立ち会わせろと言ったおっちゃんが、解体係に説明してくれている。

 俺も解体係に説明だけはして、傷だらけのオークの隣りに並べさせてくれるようにお願いする。


 「良いだろう。他に何を持っているんだ」


 「ウルフとわんこも持っていますので、じっくりとご見比べて下さい」


 俺が奴らを揶揄っていると知り、吹き出すおっちゃん。

 取り敢えずオークを三頭だけならベてじっくりと見比べてから、隣りにラッシュウルフ五頭とブラックウルフ七頭を並べる。


 解体係のおっちゃん、腹を抱えて笑い出しちゃったよ。

 「お前達、俺を呼び出してこの程度か!」と怒鳴るサブマスは、意気っていた奴の手から査定用紙を取り上げて俺に投げて寄越した。

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