第35話 先制攻撃
「噂以上の男のようだな」
「こんなに簡単に短縮詠唱が使えるとは思わなかったわ。今までの苦労は何だったのかしら」
「索敵も中々の腕のようだし、気配察知も優れていると思うわ。時々ファラナの回りに目がいっていたのよ」
「精霊か・・・時々そう言い出す奴がいるが、それで特別な事が起きる訳でもなし」
「さぁ、気配察知に優れた者にしか判らない精霊だけど、誰も姿を見た者は居ないと言われているらしいので、悪いものでなければそれで良しでしょう」
* * * * * * *
索敵に引っ掛かる小さな野獣を避けて通り、北に向かって進む。
ビッグホーンボアかハイオークくらいが良さそうだが、そう都合良く見つかる訳もなく陽が暮れてしまった。
相変わらず夜の森は野獣の天国で、野獣の徘徊と咆哮で索敵と気配察知を外しておかないと煩くて寝られない。
纏っていた魔力を解除すると、夜の森は漆黒の世界で不気味さが増し、目を閉じても中々眠れない。
こんな時にこそ木化けの練習だと、タープを被って(俺はお地蔵様、そこらの石ころですよ)と念じて眠る事にした。
草原ならいざ知らず、森の中では魔力を放出してばたんきゅうは恐い。
ウルフやビッグホーンボア程度の攻撃を防げるのは判っているが、知らない森の中ではどんな野獣が居るのか解らないので、全幅の信頼は置けない。
* * * * * * *
ちょい寝不足気味だが体調は万全で、索敵に引っ掛かったのはオークの群れのようだが移動していない。
慎重に忍び寄るとお食事中のようなので〔つむじ風!〕の三連発でふらふらにしてやると、座り込んでしまい食った物を吐き出している。
意識朦朧として座り込むオークの背後から忍び寄り、首の頸動脈を狙ってナイフを滑らせる。
切れ味抜群で、吹き出す血を避けて次の奴の背後に回り。短槍で心臓を狙ってプスリ。
三頭目は俺に気づいて腕を伸ばすが、身体が揺れているので俺の手前で空振り。
安全のために背後に回り一突きする。
冒険者の店で買った短槍やナイフとは、一味も二味も違う切れ味に大満足。
後はビッグホーンボアのようなでかい奴で、横っ腹から心臓まで短槍で突けばどうなるのかだが、昼過ぎにはその確認も出来た。
剛力のオルガ達ほどではないが、短槍の切れ味に助けられて一突きで止めを刺せた。
これで態々魔法を使って短槍を射ち込む手間が省ける。
* * * * * * *
ギルドで獲物を売り払い、270,000ダーラを懐に食堂に行く。
エールを抱えて空いた席に座ると、以前見掛けた男達と一緒にいた冒険者が無関心を装いながらも俺を見ている。
ウォーレンス商会の使いか手先のようだが確信が持てないので、当分ホテル住まいを続ける事になりそうだ。
毎日ギルドで朝食を取り、昼間は草原を彷徨いて夕方には戻って食堂でエールを楽しむ。
朝と夕方、ギルドの食堂には同じ男達が奥の方で飲んでいて、他の冒険者達と談笑しているが、俺の方をチラチラと見るので監視者に間違いなさそうだ。
四日目の夜ホテルでのんびりしているとノックの音がして、受付の小母さんが「ウォーレンス商会の方が、ご面会を求めて来ています」との事。
メモ用紙に走り書きをして、小母さんに銀貨と共に渡して冒険者ギルドの受付に届けるようにお願いしてから、食堂に降りていく。
受付カウンターの横に立つ、執事のような身形の男が俺を認めて頭を下げる。
「レオン様でしょうか」
「レオンですが、何か御用でしょうか」
「私はウォーレンス商会クライス支店支店長の使いの者です。先日大量のチキチキバードを冒険者ギルドに提供されたとの事で、支店長が直々にお願いしたいことが有るとの事です。出来ますれば明日迎えを寄越しますので、ご足労願えませんでしょうか」
今回は随分下手に出てきたが、行けばどうなる事やらだが、ギルドの方にも思惑がありそうなので了承しておく。
俺に一礼して帰っていく男を見送る小母さんの顔は、好奇心がダダ漏れ状態だが素知らぬ顔で部屋に戻った。
* * * * * * *
その夜二度目のノックと共に扉が開き、サブマスが踏み込んできた。
礼儀も糞もない態度にむかつくが、サブマスの顔は獲物が罠に掛かったと喜ぶ冒険者の顔で、文句を言い損ねた。
「で、どんな話になったんだ?」
「支店長が俺に頼みがあるらしいのです。明日迎えの馬車を寄越すそうです」
「それだけか?」
「それ以上何か有るのですか?」
「こう、脅し文句の一つも・・・」
「草原で他の冒険者の後を付けてきた奴は破落戸同然の態度でしたが、ホテルに尋ねて来るのですから余計な事は言わないでしょう。招待されたので行ってみます」
「ウォーレンス商会、いやウォーレンスって奴は結構執念深いと噂で、裏の奴らも従えているらしいのだが尻尾を出さない」
「簡単に尻尾を出さないので噂だけですか。草原で会った奴らは、単刀直入で素性を隠そうともしていませんでしたね。で、招かれて正当な依頼でない場合はどうなります」
「お前・・・何かあっても対処出来るようだな。信用出来る奴らと、公爵様の手の者が控えているので好きにしろ」
「好きにしたら死人が出ますよ」
サブマスが笑い出したが「頼むぞ」の一言を残して帰って行った。
少しは説明しろと言いたいが、知った所で碌な事にならないと思うのでどうでも良いか。
部屋の中でつむじ風を使うことになれば、シェルターで身を守りながらつむじ風を広げてやれば良いか。
* * * * * * *
迎えの馬車は豪華ではないがそれなりの乗り心地で、粛々と進む。
中流階級の住まう街並みの中に一際大きな建物が見え、裏門から邸内に滑り込む。
穀物商と聞いているが、客層は様々なので高級住宅街では商いに障るのかな。
昨日の男が出迎えてくれて「ご案内致します」と一礼して店内に迎えてくれたが、疑問は直ぐに解けた。
店舗横の通路に入り、二つ目の扉を開けると警備の者達が控えていて「お客様のご案内を」と警備の者に引き継いだ。
まぁー、雰囲気悪いねぇ。
虫けらを見るような目付きってこれかと実感する。
腕を掴まれて連れ込まれた部屋は質実剛健、吊り金具やロープに鞭と趣味の悪い装飾と扉は頑丈で明かり取りの高窓だけの寒々とした部屋で、歓迎準備が出来ているようだ。
待ち受けていた八人と警備の男二人に取り囲まれて「コルシェで迎えに行った、ゼルダス達五人はどうした?」と問われたが、奴の仲間なら遠慮の必要はないだろう。
「彼らのお仲間ですか。あの人に殴られてチキチキバードを寄越せって言われましたよ」
殴られる前に殴れは喧嘩の必勝法、自分を中心に〔リング!〕・・・風の渦を作り、小石入りのマジックポーチを逆さまにしてリングの中に落とす。
落とされた小石は即座に周辺に飛び散り、何人かは石に当たって呻いたり罵声をあげている。
拳大の石が当たれば痛いだろうが、本番はこれからだ。
土埃もないリングだが、轟々と音を立てて回るリングと転がる小石。
ゆっくりとリングを広げていくと、転がっている小石を弾き飛ばして再び凶器となる。
人に当たり壁に当たりとピンボールのようで、球数が多いので被害甚大だが、皆殺しは不味いと思いリングを消滅させる。
ピクリとも動かない者から呻き声を上げて身悶えする者まで様々だが、無事な者は一人もいない。
壁も扉も石が当たりボコボコで、騒音を撒き散らしたのだろう多数の足音が近づいてくる。
気配察知には数えられない数の憤怒驚愕殺意などの感情が押し寄せてきて、無事に帰れそうにない。
「さっきの音は何だ?」
「支配人にも知らせろ!」
「扉が壊れているぞ!」
「何が有ったんだ?」
「さっさと開けろ!」
扉を開けたいようなので協力する事にし、人の頭ほどの石を〔リング縦回転!〕に乗せて射ちだし扉に叩き付ける。
〈ドッカーン〉扉の中央部に当たり凄い音がして扉が揺れる。
二度目は右側の扉の付け根に射ち込むがしぶとい。
三発目の轟音と共に扉が倒れたが、あれ程人の声がしていたのに誰も居ない。
人の気配は通路の左右に固まっているので、そろりと覗くと目が合った瞬間に逃げ出してしまった。
一人が悲鳴を上げて逃げると、堰を切ったように皆が逃げ出し大騒ぎになっている。
さっさと逃げ出す予定だったが、余りの腰抜け振りに腹が立つ。
なら呼び出した奴に文句の一つも言ってやらねばならない。
通路の左右に〔つむじ風!〕を押し込み掃除をさせてその後に続くと、二階に上がる階段を見つけた。
ラノベでは偉い人は二階に執務室があり、扉の前には護衛が立っている事になっている。
安全確保のために〔つむじ風!〕を先行させて安全確保。
* * * * * * *
「おいおい、商会内で凄い音がしているぞ」
「ちょい悲鳴も聞こえるがどうします?」
「多分、レオンが暴れているんじゃないか」
「何で解るんですか?」
「死人が出るかもと言っていたからな。奴は俺達が知らない風魔法が使えるようだから、静かになるまでは待機だ。警備兵の隊長にもそう伝えてておけ」
「本当かいな」
「奴の持ち込む獲物は、風魔法で狩れるような物じゃないって話だしなぁ」
「騒ぎは二階に移ったようだぞ」
* * * * * * *
階段を上ったつむじ風を消滅させ、新たな〔つむじ風!〕を二つ作り左右に振り分けて送り出したが〔思いっきり回れ!〕のおまけ付きだ。
〈逃げろ!〉の声が聞こえるが、風の音がうるさくて何処からの声か解らない。
俺が二階に上がったのを知ってか、階下の方に人の気配が集まってくるので、階段下に〔つむじ風!〕を置き大きくなれ!と命じておく。
通路を突き抜け、三分経ってつむじ風が消滅したので、人の気配のする部屋は短槍で穴を開けて〔つむじ風!〕を放り込んでいく。
全て中設定のつむじ風なので、人も部屋の中の物もボロボロになっているはずだ。
「今度は二階の窓から色々と飛びだしているぞ」
「派手だねぇ」
サブマスのブロークスは、レオンを怒らせたらギルドをボロボロされかねないので、怒らせないようにしようと心に刻んでいた。
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