第34話 クライスの炎と楯
チビで痩せているのでぴったりの服はないのは承知なので、それなりに調整してもらい何とかちんちくりんにならない物に決めたときには、夕暮れ前で疲れた。
これ以上だと注文服になり2,000,000ダーラは必要と言われたので、次は服代を稼がねばと心に誓う。
シャツと上着にズボンで460,000ダーラ、何方にしても高いねぇ。
今日一日で5,430,000ダーラの散財となったが、少々・・・山ほど稼いでもあっという間に金が消えていくのは何故?
ホテルで夕食を食べながら所持金の半分を使ってしまったので、小屋は当分買えないと落ち込んでしまった。
アデーレのサブマスにクライスの街でお買い物と言ってあるので、暫くはクライス周辺で狩りをして時々ギルドに顔を出すことにした。
* * * * * * *
三日後に冒険者の店で服を一式買い換えてから、ギルドの食堂に出向くと何となく雰囲気が悪い。
顔見知りはいないので空いた席に座り、エールをちびちび飲みながら周囲を見回すが、俺に向けられた視線は好奇心丸出しの視線だけ。
敵意でないので無視してエールを飲み終わるとギルドを後にするが、金魚の糞はいないようだ。
* * * * * * *
短槍とナイフを受け取り、ブーツを履き替えてギルドに向かった。
獲物を売る訳でもないのにギルドに出向き、エールを一杯飲んで帰るのだが、今回は冒険者ギルドの食堂に相応しからぬ男が三人居た。
冒険者達と飲み交わしていたが、時々鋭い視線を向けられた。
ひょっとしてウォーレンス様とやらの使いかなと思ったが、声を掛けてくる様子がないので無視する。
まだ陽は高いので、短槍とナイフの切れ味を試すために街の外に出ることにした。
金魚の糞はいないので、街から出ると真っ直ぐ北に向かい遠くの森を目指す。
知らない街でもブランジュ街道沿いなら南北に移動すれば迷うことなく街道に戻ってこられる。
もともと俺は道に迷わないというか、帰巣本能が優れているのか迷った事がない。
ただ知らない街や森だと、元の場所に戻るのに来た道を引き返さなければならないので面倒だ。
大物がいないので森の境まで来てしまったが、無理に街に戻る必要もなく野営をすることにした。
月明かりの中タープを被って横になり、魔力を放出して眠りに就く。
目覚めて時計を確認すると6時間半ほどで目覚めていて、感覚的にも魔力は満タンのよう。
二度寝することにして、タープを被り治して目を閉じるがウルフの遠吠えが近くて煩い。
タープじゃ音を遮ってくれないし、身体に触れないように張るのは面倒なので小さくても小屋が欲しい。
* * * * * * *
考え事をしていて寝てしまったのか、人の気配と声で目覚めた。
「本当かよ」
「ああ、その草叢の中に潜んでいるが・・・気づかれたようだ」
「構えろ。姿が見えたら射ち込め」
おいおい、獲物と間違えられているよ。
密集した丈高い草叢の中なので、姿の確認が出来ずに攻撃を躊躇っているので声を掛ける。
「おーい、俺は獲物じゃないぞ。野営をしているだけだ」
「なんでぇ、獲物じゃないのかよ。もっと確り確認しろよ」
「ならお前が索敵をしろよ。人と獣の区別どころか隣にいても気づかない奴に言われたくないな」
「何おぅ、少しばかり索敵が出来るからって」
「あー、内輪揉めは後にしてもらえますか。今から外に出ますので射たないで下さいよ」
敵意が無いのを確認してから、わざと草をガサゴソとかき分けて彼らの前に出ると、弓を構えた者が三人に手槍を構えた者が四人と一人。
中堅パーティーの一歩手前って感じの男達・・・の中に女が二人。
パーティー仲間に女が居る場合は、大抵魔法使いだと聞いたが確かに武闘派には見えない。
そしてあの気配を感じるので、魔法使いに間違いなさそうだが、もう一人は男達と大して変わらない体格に手槍が似合っている。
「おい、子供だぜ」
「馬鹿、よく見ろ。この間サブマスと話ていた奴だ」
「凄い数の獲物を持ち込んだと噂になっていた奴だが、知らないのか」
「本当にソロでやっているんだ。でも草叢の中で野営とはなぁ」
呆れ顔の男の声に、他の連中も同意して頷いている。
これでも夜営用の簡易ベッドが置ける小さなドームに守られているのだが、説明が面倒なので黙っておく。
「あんたは鳥を沢山持ち込んだと聞いたけど、一人で狩れるの?」
「魔法で捕まえているので、一人でも問題ないですよ」
「へぇー、風魔法使いって噂になっているのは本当のようね。何時か魔法の手合わせをしてみたいわね」
気づいていないようなので、さっきの話どおり索敵の腕は大した事がなさそうだ。
「何の魔法を授かっているのですか?」
「土魔法と火魔法よ」
「それじゃシールドを作っておいた方が良いですよ、ホーンボアの親子のようですから」
指差して注意を促すと、半信半疑といった顔で一人の男に視線が集まる。
餌を探しているのだろう、ウロウロしながら近づいてくるのはホーンボアと思うが、後に続く四頭は少し小さな感じだ。
注目を集めた男が俺の示す方を睨んでいたが、一つ頷いて「間違いない」と呟くと臨戦態勢になる。
俺は一歩下がって周辺警戒と高みの見物と洒落込む。
魔法使いのお姉ちゃんは斥候の示す方向を睨んでいて、ママらしき女性が横で護衛の位置に付いている。
魔法使い中心のパーティーのようで、斥候の背後に魔法使いと護衛が控え、それを中心に左右に迎え撃つ体勢になっている。
斥候役が指差す先を睨んで詠唱を始めたお姉ちゃん。
〔創造神フェリーシェンヌ様の力をお借りして、我等の仲間を守る楯を作らん・・・ハッ〕
ゆるゆると地面が持ち上がり防壁が出来ていくが、連続詠唱をして三つのシールドが三日月型に出来上がる。
その背後と左右に位置取り、草叢から姿を現したホーンボアと対峙した。
ホーンボアも冒険者達に待ち伏せされていて驚き、一瞬動きが止まった所へストーンランスが飛ぶ、
正面より斜め前からの攻撃でストーンランスが前足に突き刺さると同時に、左右から矢が射ち込まれる。
ホーンボアの悲鳴と、それに驚いた少し小さなホーンボア達が逃げ惑い一瞬の混乱の中、二発目のストーンランスが飛び横腹に突き立つ。
その間に逃げ惑うホーンボアを短槍で突き刺し、向かってくる奴には防壁を利用して躱しながら矢を射ち込んでいる。
俺の方に向かってきたホーンボアは、シールドに阻まれ撥ね返されて転倒。
すかさずがら空きの腹から心臓に向けて短槍を突き入れている。
小さいとはいえ、親より二回り程度小さいだけなのでそれなりに危険だが、慣れた動きに感心する。
その間に一番大きなホーンボアは止めを刺されて、死の痙攣をしていた。
なかなか手際が良く、中堅パーティーの一歩手前と思ったことを反省。
剛力よりは落ちるが、中々の手際の良さに感心する。
俺に突っかかってきたホーンボアを仕留めた男が、変な顔をして俺を見ているので何かなと小首を傾げると「随分余裕だが、こいつが突っかかって行ったときに何をした?」と問いかけてきた。
あの混戦の最中によく見ているなと感心。
まっ、後ろ手でのんびり立っているだけなので目立ったかな。
黙ってニヤリと笑っておくだけにした。
獲物をマジックバッグに収めた男がやってきたが、その前に魔法使いのお姉ちゃんが「あんたから見てどうだった」と聞いてくる。
「どうとは?」
「私の魔法を見てよ。ホーンボアを見つけて私達に教えてから、ずっと私達のことを見ていたでしょう」
「魔法使いを余り知らないし、他のパーティーの討伐は参考になるので見ていただけですよ」
「ファラナ。この兄ちゃんは噂通りの使い手だぞ。小さいとは言え、ホーンボアの突撃を黙って見ていたからな。そしてどうなったと思う」
「勿体ぶらないで言いなさいよ」
「この兄ちゃんに向かって突撃したホーンボアは、寸前で弾かれてひっくり返ったのさ。一瞬の間に詠唱して魔法を使い防御したんだぞ」
「短縮詠唱・・・」
呟くお姉ちゃんの肩口と頭上にあの気配を感じたが、やはり本人は気づいていないようだが、一度に二つの気配は初めてだ。
それに最初に感じたときは一つだったのに、精霊が二つも付いていて御利益をもらっていないのかな。
討伐は終わったし、今日は森に入って短槍とナイフの試しをするつもりなのでお別れの挨拶をすることに。
「それじゃ、俺は少し森に入るつもりなので失礼します」
「ねぇ、短縮詠唱が使えるのなら、どうやれば出来るのか教えてもらえない。勿論私に出来ることがあれば交換に、で」
「さっき連続してシールド・・・楯を作り、その後でストーンランスを射ったでしょう。そのときの長い詠唱のことを思い出しながら、シールドの一言で魔力を放り出せば良いのです」
「そんな簡単な事で魔法が発動するの?」
「試してみれば、魔法を教わるときにも、言われたとおりにして魔法が使えるようになったんでしょう」
少しむっとした顔になったが、俺の言ったことは間違いではないので試す事にしたようだ。
腕を差しのばして暫く考えていたが〔シールド、ハッ〕との掛け声と共に、防壁が立ち上がっていく。
「うっそー」
「あれだけの言葉で、短縮詠唱を教えられるものかねぇ」
「試しにランスも射ってみろ!」
うんうんと頷いて、遠くの立木に狙いを定めて〔ストーンランス、ハッ〕飛んで行くストーンランスは普通の矢の速度だが、重さがあるので威力は十分なはずだ。
「土魔法と火魔法だけなら、ストーンを省略しても使えると思いますよ」
「えっ・・・まさか」
肩を竦め両手を広げて見せ、シールドも一言で出来たんだから出来ないはずはないと、態度で示して背を向けた。
「私はファラナ〔クライスの炎と楯〕のファラナよ。私に出来ることがあれば、何時でも声を掛けてね」
「レオンです。もっと素速く魔法を使う練習をすると良いですよ」
姉さんより少し年上のようだが、小さい時は母親代わりに面倒を見てもらったので、どうもあの年代に弱い気がする。
それにしても、若い俺に何の躊躇いもなく教えを請うかねぇ。
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