3話 新入生歓迎会

 皆さんこんにちはこんばんは。

 兎人族のサクラです。

 今日も元気に推しについて語りたいと思います。


 さて、上級生である推しのテオさん……敬意をこめて、テオ先輩って(勝手に)呼ばせて頂こうと思うのですが、なんと!!


「まさかこんなところで遭うことになるとはな……。」

「これぞ運命のいたずらですね先輩!!!というか文字変換それで合ってますか大丈夫ですか?」

「何を言ってるのか分からないけど恐らく合ってるし大丈夫ではねぇよ。」


 新入生歓迎会、もといパーティー大好きパリピたちによるどんちゃん騒ぎ会に彼が参戦していたのでした!!!!!上下の学年混合、同一クラス番号で開催されるこの催しは、奇しくも推しの彼と私が同じクラス番号だったことを教えてくれた。

 私の大好きな顔面国宝美少女姉さまリタは、残念ながら今私の近くにはいない。あまりにも人気すぎて(男女問わず、されど主に女子に)、あっという間にさらわれてしまったのだ。悲しすぎる。


 しかし巡り合わせとは不思議なもので、リタが先輩や同級生たちに囲まれるのと反対に、テオ先輩は輪から弾き出されて私の隣に来て下さることになったのだ。本人不服そうだけど。

 ああーーーーー!!!!!ふわふわの赤っぽい毛並みのお耳が不機嫌そうにイカ耳になっている!!!!!尊い!!!!!

 当然だ。彼の中で私は、往来を大声で歌いながら前を見ずに猛スピードで跳び抜ける暴走兎なのだろうから。そんな人間が隣に居てあまつさえ自分を見つめているだなんて状況耐えられるわけがない。

 なので、ここはしっかりとその意思を汲み取ってしかるべき行動に移そうと思う。


「……前に会ったときも言ったけど、俺の顔になんかついてる?」

「いいえ!!とても素敵なご尊顔が輝いてますが、それ以外はとくには」

「はぁ?」

「アッすみません余計なこと言う予定なかったんですけども、聞かれたので答えてしまった……。あの、私席外すのでごゆっくり!!」

「え?おい」

「さいならです我が推しー!!」


 文字通り脱兎のごとく、というか脱兎になって席を移動した。具体的には、完全な対角線上、姿は見えるけど、一番遠い距離。はぁ、たまたまこの席が空いていてよかった。

 テオ先輩はというと、訳の分からないことを喚き居なくなった私に呆気にとられてしまったようで、お耳がピンと立って口をぽかんと開けている。かわいい。

 あ、その両サイドを、私の知らない女子おなごたちがあっという間に囲んでいく。うむ、女子を侍らせている様子、絵になるな。普段から侍らせているわけではないのか、おろおろしてるようにも見える。かわいい(2回目)。


 推し活憲法第781659条、『推しとは適切な距離を保つべし』。さっきはあまりにも近すぎて、この条例に引っ掛かりそうだったので緊急離脱を図ったのは正解だったね。おかげ様で安全距離からぐふぐふできるし(ただし覆面マスクや手で隠したうえで)、彼の周囲の人間に悪影響を及ぼすこともない。まさに完璧な布陣。


「はぁ~~疲れたようサクラ~」

「わ、リタ姉さま!」

「んん~もうそろそろリタって呼ばないかい?」


 脳内論議を繰り広げていた私の肩に、リタがふぅ~とため息を吐きながら頭を乗せてくる。二色ツートンカラーの猫の耳が片方私の頬に触れ、艶やかで神秘的な青色の錦糸が、私の首筋をくすぐる。は、は、はわわわわぁぁぁ!?こんな綺麗でクールでビューティ美少女の無防備な姿、耐えられる人間居るのか!?いやいない。実際目の前の席の何人か、主に男子生徒は大方恨めし気に私を見ている。すまんな。その他一部の人間は新しい扉が開かれたみたいな顔をしている。なんなの。


「サクラ~。ボク疲れちゃったから少しこのままでいい?」

「え、ここで?うーん、それなら早めに寮に戻れるか、主催の先輩さんに聞いてみようか?まだ終わらなさそうだし……。」

「えー。部屋別々じゃないボクたち。このままがいい。」

「あはは、もうリタ姉さま今は甘えモードなんだね。」

「「「…………。」」」


 痛い痛い痛い目の前の男女問わずの視線が痛い。

 すりすり首筋にすり寄る猫ちゃん(比喩でない)。こんなに甘えん坊モードになっているリタを見たことがなくて、内心、ほんの少し、ほんの少しだけ焦っている。マタタビでも置いてあったのかな?まだ高等部だからお酒は飲んじゃダメなんだけどな……。心配だ。いや可愛くて心臓どうにかなりそう。

 彼女を推している皆様すみませんの気持ちだ。推しが特定の誰かと仲良くしているの嫌な人はいるよねわかる。たとえ同性でも耐えられない人がいるのも理解している。でも彼女は私にとっての推しではなく友達なんだ!!!こんなに気持ち悪く推しへの愛を迸らせている私とも仲良くしてくれる大事な友達なの!!!だからこの距離で甘えてくれてしまっている彼女に厳しい態度を取れないことを、どうか広い心で赦してほしい!!!

 しかしそれでも、疲れているならちゃんと休んだ方がいいと思うから。リタ、と声を掛けようとしたところで、頭上から声が降って来る。


「ねぇねぇ、ハロウィンちゃん。ヴァニーラさん?だっけ、大変そうだし部屋まで送るよ。誰かが間違って酒でも飲ませちゃったんかな?」


 そう声をかけてきたのは、知らない上級生だった。人間ヒューマンの男子生徒だ。明らかにリタに向ける視線が尋常ではない。許せない。

 周囲を素早く見回す。遥か向かいの柘榴石の瞳ガーネットと視線が合った気がした。


「先輩、大丈夫です。リタは私が送りますから。」

「……女の子二人じゃ危ないんじゃない?寮まで距離あるだろ、俺が送るよ。」

「いえいえ、本当にお気遣いいただきありがとうございま」

「いいから送るって」

「っぁ、ちょっと!」


 名も知らぬ人間に右腕を引っ張られ、思いのほか強く掴まれた上腕に痛みが走る。何してくれてんねんこいつッッッッ!!?!?!?!?!?

 ガヤガヤとうるさいだけの外野さんたちは、気づく様子もない。兎にできる最大最善の抵抗を以て、「やめてくださいッ」と、腕を振り払おうとし――


「何してんだよお前」

「イッッッッてェ!」


 静かな声と共に目の前に現れた気配。悲鳴に近い声を上げたそいつと私の間で、ふわりと膨らんだ赤茶色の毛並みが視界いっぱいに踊る。

 それが彼の――テオ先輩の尻尾だと気づくのに、数瞬必要だった。


「おい血ィ出てるだろ!!」

「は?舐めとけよ。」

(尻尾もふもふやん。かわええやん)

「ぁあ!?」

「お前が空気読まないで絡んでるのが悪いんだろ。ガチ拒否されてるの理解できないワケ?」

(ちょっと膨らんでるの、軽快してるんですねというか臨戦態勢だこれ)


 さっきまでうるさかった外野さんたちは静まり返ってしまって、対峙する二人と、座り込んでリタをかばって腕を回す私たちを交互に眺めている。ちなみに私の中はむしろお祭り騒ぎだ。推しのふわふわ尻尾が目の前で揺れている。これで脳内で逆立ちしない人間の方がおかしい。※そんなことはない。


 大きな尻尾と背中に遮られて、テオ先輩の表情は分からない。分からないけど、人間の先輩は左の前腕を押さえながら、瞳を恐怖の色に染めて揺らしていた。多分怖い顔してるんじゃなかろうか。一瞬見えたテオ先輩の左の爪は、薄っすら赤く染まっていた。


「どうしたオメーら?何々?何の騒ぎ?」


 異様な様子を察した幹事と思しき上級生が、テオ先輩と人間先輩の間にどやどやと割って入る。上背が高く、頬には爬虫類の鱗のような模様のある先輩。めちゃくちゃ大きい……!!けど、ちら、とこちらに寄越した垂れ目は優しげで、恐怖心はすぐに縮んでいく。


「キ、キース先輩……や、あの、この1年たちが疲れてそうだったから寮まで送ってやろうと思ったらこいつがっ」

「絡み方がウザかったんで。じゃ、俺はこれで」

「何逃げようとしてんだ!こちとら腕の皮裂けてんだぞ!?謝れよ!!」

「ハ、狐に腕掴まれたくらいで怪我する方が脆弱ヤワなんじゃねーの?獣人の赤ん坊の方がもう少しマシな反応するよ」

「リシツァ……!!テメェ、表出ろ」

「馬鹿に付き合う時間はないね」

「あーあーもーぅ喧嘩両成敗だぞー……ッッ!!」


 爬虫類の先輩――キース先輩というらしい――が心底呆れたように呟いた直後、

 ゴガッ、と鈍い音と共に、テオ先輩と人間の先輩の頭はトカゲの手にむんずと掴まれていた。そう、さながら小玉スイカを握りつぶすが如く。

 二人よりも頭一つ分デカいキース先輩は、その垂れ目を更にジトッとさせながら視線を二人に高さに合わせる。


「せっかくの新入生歓迎会なのに、皆が冷めちゃうでしょー。俺変温だから周りが冷えると動きづらいんだよねー。だからさぁ二人とも、仲良く外で『お話し』しようね~~~。」

「「アガガガガガガガガァァアア」」


 ギチギチと人の頭から鳴らしてはいけない音を響かせながら、テオ先輩と名も知らぬ人間の先輩は、キース先輩に店の外に連行されていった。踵が床を削った後が生々しく残っている。え、あの先輩怖すぎ……!?


「ん、ん~……」

「あ、リ、リタ姉さま起きた?」

「むぁ、なんかあったのかい……?」

「うん。まぁね……。」


 寝ぼけまなこをこすりながら、くしくしと毛繕いするリタ。珍しく年相応に見える仕草は、あまりにもかわいすぎるからこれは国宝に指定して安全区域で保護しないといけないかもしれない。

 そして周りの人たちは先ほどの惨劇を目にして恐怖におののくばかりで、超絶キュートなリタの様子を見ていなかった。良かった(何が)。



 かくして、波乱の新入生歓迎会は、嵐のように過ぎ去ったのだった。



 同日、無事にたどり着いた寮の布団の中で。



「テオ先輩、いや推し。かっこよすぎたな。うん」



 と、ぬくぬくしながら真顔で称賛を送ったのだった。

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限界オタクちゃんは推しに認知されたくない。〜私が壁になる、お前たち遠慮なくイチャつけ!!という気持ちでいたのに何故か推しが仲間になりたそうにこちらを見つめている〜 蒼星白炎 @souseihakuen

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