珈琲一杯を君に
佐伯なゝ瀬
珈琲一杯を君に
【Beginning】
「あ、」
(ラッキー。初めて当たった。)
生まれて初めて自販機のルーレットが当たった。この手のルーレットは大抵767みたいな惜しい感じの数字になるのが定石だがどうやら今日は運が良いみたいだ。
【777】
「...どうしよ...これ。」
ぼそっと呟く。
今年の春から通っている高校の最寄駅の改札を出てすぐに位置する広場の自販機で、缶珈琲を今日も一杯。いつものように購入して飲もうとしていた。
(...この生活にも慣れてきたな。)
高校に入学してから早二ヶ月。最初は慣れない電車通学で、通勤ラッシュ時の人混み。荒波に飲まれそうにもなったものだが、随分と慣れてきたものだ。
深緑の並木を見ながら考えていると自販機から不思議な音がした。ポーンと鳴ったあと、音声が流れた。
「当選、おめでとうございます!ラッキーヒューマンにもう一杯!」
気づいた時には不意に声が出ていた。
一瞬のちょっとした幸運を感じた後、二本目の缶珈琲を手にし、二本目の扱いについて考える。さて、どうしたものだろうか。正直に言うと珈琲二杯はちと多い。バッグに入れて持ち歩くと中身が濡れてしまうし、二本持ちながら歩くのも大変である。意外と面倒な存在といえる のるかもしれない。
そんな嬉しい誤算について、嬉しいかはさておきだが。考えていると同じクラスの青海が駅から出てきていることに気づく。
(...青海も電車通学なのか。)
県内の私立高校である星宮高校は住宅街を抜けた先の丘陵地に位置している。よってわざわざ降りてから二十分ほどかかり、厳しい坂を登らなければいけない電車通学者はあまり居なく、バス通学が多い。俺はあまり同級生と通学中に会いたくないためわざと電車通学を選んでいる。誓って陰キャではない。聖母マリア像の前で堂々と宣言できる。
さて、普段の俺なら並木道を珈琲片手に歩くところだが、今日は事情が違う。青海が近くにいるのだ。青海はまぁ...なんと表現しようか。所謂天使的somethingだ。うん。どれくらい可愛いかというと千年に一度の美少女と言われた某橋本さんに引けを取らないくらいには可愛い。
そのため当然のように青海に好意を抱いている男子は多いが、取る態度はまちまちである。不純な考えを持つ者もいれば純粋な純度の高そうな、ピュアそうな好意を持つ者もいる。つまりは男子みんなから好かれている。ちなみに俺は単に可愛いと思うだけで、恋愛感情は抱いていない。
(...とりあえずこの場を去って横の小道でも通って学校行くか。)
俺はその場を逃走する事にした。いや、厳密には逃走しようとしたのだった。焦っていたのだろう。ここで俺は重大なミスをしていたことに気づく。
(...あ、二本目取るの忘れた。)
そう。さっき当たったおまけの缶珈琲を取るのを忘れていた。
回収しよう。そんな邪念が脳裏をよぎった。
そんなわけで、突然広場の真ん中で立ち止まり後ろを振り返った瞬間、俺は後悔する。いや、コンマ一秒振り返ってみて想定できなかった未来ではなかったとほぼ直感的に理解する。
青海がさっきまで俺のいた自販機の目の前に立っていた。
(あ、まずい。)
そんなことを思った時には時すでに遅かった。近づいてきた彼女に成せる術はなかった。
「あっ、白河くん、珈琲取り忘れてるよ。」
青海が自販機の前にいて、俺に話しかけてきた。いつも学校で見ている純白の透き通るボブを揺らして。
作戦会議をしよう。Aさん、あなたの意見を教えてください。
「はい。諦めた方が無難かと。」
いや、違うぞAよ。そんな回答は求めていない。Bさん、頼みますよ?
「話せばいいだけでは。」
冷たい。冷たすぎるよB。Cさん。もうあなたしか残ってない。どうか。どうかあなたはまともな回答を、ご指示をください大佐。
「悩む要素なんてないだろう。諦めて話したまえ、若造。」
駄目みたいですね。会議はめちゃくちゃです。
「あ、お、青海さん。おはよう。あ、本当だ缶珈琲忘れちゃってた。」
「忘れちゃってたなんてあるの?」
(...ごもっともです。)
「あ、いや実はさ、それルーレットで当たったやつで二杯目になっちゃってさ。俺いらないからさ。良ければ青海さんにあげるよ。」
俺は今何を言ったのだろうか。一秒前の言葉が思い出せない。思い出したくない。あの青海に俺がプレゼント?え?
「...え?いいの?白河くんがそう言うなら...ありがとう。」
「お礼、何か...できないかな?」
「お礼なんてそんな...たまたまだし運のお裾分けって事で大丈夫だよ。」
「そっか...。」
「気にしなくて大丈夫だからね?」
(...沈黙はやめて欲しい。)
「じゃ、じゃあ俺は珈琲飲んでから学校行くから。またね。青海さん。」
「あ、うん。またね。白河くん。」
どうやら切り抜けられたみたいだ。やや浮かなげな顔を見せた彼女に引っ掛かりを覚えたものの、安堵の気持ちが大きい。青海とこれ以上いたら俺のハートがベーリング海になりかねなかったので助かった。男子高校生にはやや刺激が強すぎる。
そんなことを思いながら、半強制的に彼女を先に学校へ向かわせ、彼女が去る姿を珈琲片手に眺める。最後に何か言っていた気もしたが、おそらく周りの騒音だろう。
(俺も学校、行くかぁ...)
日常とは違った、しかし非日常と呼べる程のものではない体験をした気がする。短いながらも中身の詰まった時間を過ごしたと言えよう。しかしながら学校へ遅れるのは問題な為感傷に浸るのもそこそこに、ややおぼつかない一歩で地面のレンガを踏み、登校を再開した。緑がやけに心地よい。
【お弁当はあったかい】
キーンコーンカーンコン。キーンコンカーンコン。
「起立、礼。」
(疲れたな。)
「疲れたぁー」
「お腹すいたよー早く食べ行こ!」
空腹状態を襲う三限目体育からの四限目数学のコンボでクラスにいる誰もが体も頭も疲弊し、ひとときの癒しを求めて食を求める。どうやら昔は屋上でも食べることができたらしいが、数年前からは禁止されているらしい。これも時代の流れなのだろうか。
「白河、清水、俺らも飯食いに行こうぜ。」
主にこの学校でお昼を食べる際はお弁当か食堂の学食、もしくは購買で買うこととなる。自分の場合は一人暮らしをしているので基本は昨日の余り物と、朝の朝食作りの際の惣菜などを合わせたお弁当を作り、時間がない日などは学食を食べている。食堂へのお弁当の持ち込みは許可されているため大抵は友人の川上、清水と食べる機会が多い。
川上は学食のカツ丼ガチ勢で毎回こればかり注文している。カツ丼マスターの名を授けても良いかもしれない。カツマス的な。
一方清水は日によってまちまちでお弁当の日もあれば学食の日もある。そんな感じだ。
廊下で幾人かとすれ違い食堂へ着いた後、各々はいつものルーティーン通り窓側の席取りと布巾の用意、お水の用意をし昼食をとる。
「いっただっきまーす!」
「いただきます。」
「いただきます。」
前にネットで見つけた小松菜の和物を食べる。
(うん。美味しい。)
口の中に優しい味が広がり健康的な生活をしている実感が湧いてくる。男子高校生の作るお弁当だが、しっかりと五大栄養素を考慮した体に良い食生活を心がけているためちゃんとしているのだ。自分で言うのもあれだが、川上にも見習ってもらいたいものである。
「白河は今日も手作りお弁当でしょ?」
「うん。そうだよ。今日も力作。」
「いいなー。僕も今度作ってみようかなぁ。朝早く起きないとだけど。」
いつも通りで特に変わり映えのするわけではない雑談時間だが、それがまた良い。この生活が今後もずっと続く事を願いたいものである。
そんな昼食時間も終わり、川上がウィルコックへの感謝の言葉を述べた後、我々一行は教室に戻ることにした。なお、ウィルコックと言うのは食堂の料理長で、イギリス出身のスーザン・ウィルコックスの愛称である。
教室へと向かっていると、朝と同じ、少し浮かない顔をしている青海と青海の親友であり、これまたかなりの美少女である浜崎が話していた。ぱっと見だと青海が何か相談をしているように見えたが、彼女たちを見ていると他の同級生から胡乱げな顔を向けられかねないので目を逸らす。逸らしてる最中青海もこちらを見ていたようにも感じだがおそらく勘違いだと思う。勘違い系男子系男子に成り下がった覚えはないのでそのように捉えることとした。
【沈黙は突然に】
五限目の古文と六限目の物理、七限目の音楽の授業を乗り切り放課後を迎えた。なお、当然のように五限目の古文はクラスの半数は寝ていた。音楽の授業中にはクラスの池が隣で浜崎のリコーダーの口付けをする部分になりたいとかほざいていたので危うく俺の左フックを彼の鳩尾にお見舞いしようとも思ったが、流石に自重し、手刀で我慢した。一キルである。
さて、本日もお疲れ様でしたのを気持ちを抱きながら帰宅することとする。お疲れ様です。
軽く仲良いクラスメイトに
「また明日。」
と今生の別れの挨拶をし、帰路に着くこととする。今日は何を作ろうか。一人暮らしのため当然自炊をしているわけだがこれが意外に楽しい。先日スーパーは寄ったので今ある食材で作れるものとなると回鍋肉なんかが良いかもしれない。回鍋肉の安定感は素晴らしい。常に9割を取る優等生である。まるで俺だな。
放課後について考えていると前から女子生徒3人が前から歩いてくる。
(何の因果なんですかねぇ...。)
やけに今日は彼女に会う気がする。同じクラスだし当たり前ではあるが。
とはいえ、バレー部の船橋はともかく、ホームルームも終わり部活に所属してない青海と浜崎とこの時間にすれ違うというのは少しおかしい。忘れものだろうか?
(...どうしたんだろう?)
...視線を感じる。一瞬、青海と目が合ってしまった。気まずさを覚え、すぐに逸らしたが、その後も見られている感覚がする。確証はないが。
(...にしても本当に瞳綺麗だな。)
彼女は碧眼である。白髪×碧眼とかいう男の子の大好きを詰め込んだみたいな最強の組み合わせ。
(うーん強い。強すぎる。)
「...い...じゃ...ない?」
「うう...。私に.........だ...。」
「そっか。」
横を通り過ぎる際、少し彼女らの会話が聞こえたがいまいち内容はよくわからなかった。少し聞いた感じでは青海への応援?のようなものをしていたように感じたが、盗聴したいわけでもないので耳を澄ましはしなかった。
「ただいま。」
一人でただいまの四文字を唱える。
マイホームにゲットホームしたということで俺は予定通り回鍋肉を作ることにした。某レシピ投稿サイトの作り方を見ながら料理する。程よい味付けでなかなか絶品となりよきよきであった。某レシピ投稿サイトさまさまである。
さて、晩飯後は皿洗いをした後いつも通り勉強に取り掛かる。現状、まだ受験を終えたばっかなこともあり、大半の生徒は遊びに浸っているが、俺は意外と勉強面に関しては真面目なタイプなためしっかりと毎日の予習復習を大切にしている。星宮高校は県内トップ私立高!ってわけではないが、それなりに優秀な人たちが集まる学校なため授業に置いてかれると困ってしまう。困難は困難と認識する前に片付けてしまえばよいのだ。
英単語→数学→英単語→数学の順で学習する。このように、人は繰り返すことで自分のものとするのだ。
そうこうしている間に、気づけば二十二時になっていたので、シャワーを浴びる。
シャワーを浴びる時、時折物思いに耽る。
(...にしてもなんで青海は俺にわざわざ話しかけてきたのだろうか?それも浮かなげに。俺と彼女の関係性などねじれの位置と言っても過言ではない程度だというのに。同じクラスだし平行線くらいはあるか。たぶん。それに放課後も不思議な態度を取っていたし、心残りとは言わないが引っ掛かりを覚えざるを得ない。
まあ、そんなことよりも彼女の瞳の美しさの方が記憶に残ってはいるが。
(彼女も意外と悩みとあるものなのかな?)
軽く結論を出し、風呂をあがる。
風呂をあがったあとは布団に転がり込む。ばたんきゅー的なsomethingである。
(...寂しいな。)
この生活にも慣れてきたが、やはり夜は気持ちが暗くなりやすい。一人でいることへの寂しさを覚えてしまう。ラノベみたいに可愛い女の子と共同生活とかないの?あっても良くない?手作りご飯と愛妻弁当食べたいー。
頭の悪いことを考えていると眠気が強まる。結局今日は疲れたのか眠気がいつもよりも強かったため本は読まずにこのまま寝ようと思う。てっぺんは超えない健全健康男子高校生である。ぜひ周りにも見習ってもらいたいものだね。
「ふぁ〜あ。」
強い眠気に襲われる。もう駄目みたいだ。
(おやすみなさい。)
【再...?】
「ちと運が良すぎないだろうか?そんなことある?」
不思議なことが起きた。今目の前で起こったことをありのままに伝えると、ルーレットに当たった。いや、この表現では言葉足らずだろう。
そう、昨日に引き続き自販機のルーレットに当たったのだ。人生における2度目という存在は意外にすぐ見られるらしい。
喜ばしいことではあるが、やはり処理に困る。さてどうしたものだろうか?
まったく悩みは尽きないね。
(...デジャヴを感じる。)
純白が見えた。目線のやや下、白波が立つ。いや、白波と呼ぶにはあまりに穏やかで、あまりに可愛らしいものではあるのだが。
...違うだろう。今はそんなことを考えている場合ではないのだ。昨日と同じ事態は避けなければいけない。はふとぅーあぼいどである。
まずい。逃げよう。この瞬間俺は瞬間的にではあるが驚異的な"チカラ"を手にすることとなる...わけは当然ない。まあとにかく急ごう。
普段の生活に1.25倍速くらいすればこのリズムになるだろうか?一歩が刻む音の間隔が速い。
逃走成功まであと比喩的には一歩で達成できる。その時、女神は微笑まず嘆く。どうやらデジャヴは続くらしい。
「あ、珈琲忘れた。」
なぜ人間は愚かなのだろうか。あ、賢者になっているわけではないよ?何を言いたいかと言うとね、また振り返ってしまったということだ。
「あ、やっぱり白河くんだよね?珈琲忘れてるよ。」
小さな声が聞こえる。小さいし無視していいかな?
「聞こえてるー?おーい白川くーん。」
無視できない声が聞こえる。周りの視線が痛い。あまり俺を奇異的なものを見る目で見ないで欲しい。
「あ、うん。聞こえてるよ青海さん。」
「いいよ、それ。昨日みたいにあげるよ。一杯飲めれば満足だし。」
「え?いいの?てか昨日ってなn...
「じゃ、そゆことだからー。」
「だから昨n...
学んだ俺はさささっと、特に何かする訳もなく、その場を去ることとした。立つ鳥跡を濁さず的なあれだよね。
(青海さん...最後何か言ってたか?いや気のせいだよな?)
缶珈琲片手に、並木の下で思案に耽る。耽ると表現するだけの深さではないが。
緑を全身に浴び、爽やかさを感じつつ飲む珈琲はただ飲むだけよりもはるかに美味しい。青海さん、この二日間でこの珈琲好きになってくれてたら嬉しいな。
(...にしても二日連続でルーレット当てるって改めて考えても凄い確率だな。)
【違和感の正体】
おかしい。何かがおかしい。
午前中の授業を受け、一つ気がついたことがある。今朝駅の前で青海と会った時にも感じたデジャヴ、既視感があるのだ。
いや、既視感なんてものではない。"同じ"なのだ。この四限分、全て受けた記憶がある授業なのだ。
「白河、清水、飯食いに行こうぜ。」
川上が話しかけてきた。変わらずである。
「おう。」
食堂でスマホを起動し、動きが止まる。
(なん...で?)
俺は今日、"昨日"に生きていた。
なんでなんでなんで。
いつから俺は昨日に居たんだ?弁当箱を開け絶望する。なぜ朝気づかなかったのだろうか?惣菜が変わっていないではないか。小松菜の和物がそこにはあった。他にも考えればたくさんおかしな点はある。今まで一回も当たらなかった自販機のルーレットが二日連続で当たるか?ましてやその場に二日連続で青海と出会うか?川上はスーザンに感謝をするか?いやそれはいつものことだが、だがやはり思い返せばおかしなことだらけであった。
(確か昨日、俺はこの後青海と浜崎に出会うんだったよな...)
目の前に二人がいた。
【仮定と調査、そして考察】
現在時刻は23:40、日付変更二十分前である。あのあと結局俺は昨日と同じように、本当に同じように放課後廊下で三人と出会い帰宅した。
(これで歯車を狂わせられるはず...。)
今、俺は日付変更に立ち会おうとしている。おそらくだが、昨日の睡眠時、何かが起き時計が巻き戻されたのだ。それ以外に考えようがない。おかしな話なのは間違いないが。
23:55、あと少しで日付が変わるというところで俺は、今までに感じたことのないような眠気を感じた。
陽がコンクリートを照り付けている。俺は気付けば眠ってしまっていた。
(スマホ...!)
顔が凍りつく。やはりスマホの示す日付は変わっていなかった。一昨日に居るのだ。
解決策を練ろう。
整理すると今、本来ならば一昨日にあたる日付に居る。そして一昨日、俺は自販機のルーレットに当たり、青海と若干の関わりの機会があった以外に普段と変わったことはしてないはずだ。そうすると原因は自販機か、青海にあると考えるのが普通...なのか?過去に戻る?戻っているのか、繰り返しているのか。そもそもこれは現実なのかとすら疑いたくなる現状に脳がパンクしそうになるが、この際怪しい、怪しくないなど誤差の範疇だろう。現にありえないおかしさに犯されているのだから。
とりあえず最も怪しいと思われる自販機と、珈琲、青海の三点について調べよう。何も進展がなければどうせまた戻ってくる...よね?おそらく戻ってくるだろうと仮定し、調査を決意する。
例の自販機の前にやってきた。普段よりも早い時間帯のため人が少ない。今からすることは不審な行為と呼べるものなので好都合だ。
(さて、調べますか。)
まずは正面を確認する。もちろん何もおかしな点はない。側面も同様である。当然上部、台の下、台の裏側もチェックしたが異変は何もない。
次に例の缶珈琲を買う。
「当選、おめでとうございます!ラッキーヒューマンにもう一杯!」
もはやお馴染みとなった音声が流れる。美味しい。味は変わらずいつもと同じである。
(...そういう...ことなのか?)
ここまで普段と変わった点は何一つない。すると自ずと見えてくる答えが一つになってしまうのではないか?
正直な話憂鬱ではあるのだが、ここまでくると青海が影響している説が有力なものとなるのだが...
「はぁ...。」
彼女が駅を出るまで考えを巡らすことにした。最近の彼女。最近とは言っても今日であり昨日であり一昨日であり...
要するにこの、時間にすると二日分にあたる日の彼女を見て気になる点がある。
彼女、青海は明らかに何かに悩んでいる。本来の今日の夜も少し気になった点である。それが何かはわからないが、あの浮かない顔だったり、謎の沈黙、廊下での会話。青海を見た時、必ず彼女は何か陰のようなものを持っていたように思える。
視線。沈黙。悩み...彼女が繰り返し出会う際、思っているものはなんだ?
珈琲の取り忘れをわざわざ教えてくれるような優しを持つ彼女を一体何が悩ませるんだ?
このアプローチで攻めて良いものか...悩むところではあるが、これしか手がかりと言えそうなものがない以上この路線で攻めるしかないか。
彼女の姿を思い浮かべる。純白のボブに、宝石のように輝く碧眼を持ち、顔は当然声も可愛いく、健康的な体型で仕草も可愛い。性格も優しく、まるで天使みたいだとは友人談である。
改めて考えてみても彼女、青海のパーフェクトさには驚く。あの彼女に悩みとかあり得るのだろうか...?ありそうなものとして、彼女への嫉妬心からくる嫌がらせなどは考えられるが、俺の知る範囲でそのようなことは受けていないはずだ。
「わっかんねー。」
思わず口から言葉が漏れる。
進展がなく、人目も気にせず屈み、頭を抱えた時、前から大学生くらいのカップルが歩いてくる。
...ねー。今度は私からなっくんにお礼させてね!」
「仁奈にお礼してもらえるなんて俺も幸せすぎるなぁ...楽しみにしてるね。」
「もーなっくんはいつもそうやって大人ぶって〜」
「仁奈が子供なだけだよー」
「ひーどーいー!」
なんだろう...公共の場でいちゃつかないでもらいたい。
(しかしお礼か...そういえば青海も何かそんな感じのこと言っていたような...)
俺は一つの言葉と情景を思い出す。
「お礼、何か...できないかな?」
彼女は確かに少し下を見ながら、不安そうにそう言っていたはずだ。それは彼女が達成していなく、捉え方では願いであり、叶わないこととするならば、悩みと言えるものなのではないか?
点と点に一本の線が結ばれ、一つの筋書きができる。相当な勇気は必要だ。でも、今は少しでも早くこの不気味な現状から抜け出したいのだ。その為なら多少の痛みは受け入れよう。
陽光を浴び、俺は"繰り返し"をする。
【変わらない日常】
今日はもしかしたらの確認と、今後の計画のためにも一度昨日一昨日と変わらない日を過ごした。変わらず川上はカツ丼を食べるし、青海は陰を持っていた。
(これで日付が変わればそれでいいんだけどな。おやすみ。)
【二人の願いに終止符を。】
「あっ、白河くん、珈琲取り忘れてるよ。」
俺は最初の今日と同じことをした。結局今日も同じ日だった。変わらないことがここまで憂鬱なことだとは知らなかったな。
青海が見てる間に珈琲を買い、ルーレットに当たり、それを忘れて立ち去り、振り返る。
繰り返しは同じ結果を生み出す。
でも、ここからは未知の今日だ。昨日も、昨日も両日とも経験しなかった新しい今日を俺は今から経験する。
「あ、おはよう青海さん。本当だ。忘れちゃってた。」
できるだけ同じを目指す。落ち着こう。もし今日を失敗しても、きっと明日、また今日をやり直せる。これが答えでなくても、解き直しの繰り返しで成長できるはずだ。
「忘れちゃったとかあるんだ。」
「あ、いや実はさ、ルーレットに当たっちゃってさ。良ければあげるよ。」
「...え?いいの?白河くんがそう言うなら..
ありがとう。」
「お礼、何か....できないかな?」
きた。ここが繰り返しの起点となっていると助かるのだがね。
「いいの?」
「うん!あのさ...えっとね。その...ね?」
「あ、あそこ!あそこのカフェ!今日の放課後一緒に行かない?」
「え?」
「あ、」
「当選、おめでとうございます!ラッキーヒューマンにもう一杯!」
「白河くんはラッキーヒューマンらしいよ。」
「みたいだね。...珈琲、一緒に飲もっか。」
「うん!」
もしも、もしもあの不思議な一日をもう一度経験するなら、俺はきっとこう言うだろう。
「何日かけても君の願いを叶えるよ。」
と。 完
珈琲一杯を君に 佐伯なゝ瀬 @saeki_nanase
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