二章二話 迷魂(まよいご) (2)


見上げた天は「いつも通り」。


けれど____その日は「いつも」と違っていた


珍しく。

お日様が朝を告げる前に、目を覚ました今日。


3年前の自分なら____ このまま二度寝だのなんだの言って怠惰な生活をしていただろう、と過去の自分に苦笑しながら起き上がる。


いつもの習慣で机へと向かう。


____机には、祖父が遺した無数のおとぎ話が散乱していた。


散乱した本は、何かを囲っているようだった。

囲われた真ん中を覗くと、そこには世迷言のような決意が記された本があった。


そういえば、昨夜、覚悟を決めて、満足して。


__そのまま寝落ちた事にクロアは気付く。


こういうところは、変わらないな と二度目の苦笑を零す。



埃を払いながら本を片付ける

一冊一冊丁寧に。


一通り片付け終わると、決意を記した本を手に取る


昨夜記した言葉以外は、何も書かれていない無地の本。


少し大きめでページ数も多い立派な本。


背表紙についている紐を巻き付け、きゅっと結び留める。


そしてクロアは足元に置いてあった布袋を手に取りその中へと本を仕舞う。


布袋の中には朴葉に包まれためざしと干した猪肉がぎゅうぎゅうに詰まっていた。



「・・・干物の匂い付きそうだな。・・・まあいいか」



折曲がらないように袋に詰めた後、クロアは壁に手を伸ばす


壁には、大きな地図が掛けられていた


地図を壁から外し丁寧に丸め干し肉と干し肉の間に丁寧に押し込む


そして布袋に通され編みこまれた紐をきゅっと結びなおし、布袋を背負う。


大事なモノだけを入れた布袋。


しっかりと準備ができたところで、扉に手をかける


____と、一番大事なことを忘れていたことに気付く。


棚を見渡し、飾られていた”それ”をクロアは手に取る。


”それ”は____鹿皮で出来た履物 ユゥケリ であった。


ユゥケリを手に取り、広げ、恐る恐る足を通し、紐をきゅっと括り付ける


思いのほか足に馴染んだ履物に、笑みが零れる


コタンでは皆、基本的に素足で生活する為履物に馴染みがない。


履くときは危険な山の中や厳しい冬時くらいだろう。


あとは____


知らない場所へ行くとき、だろうか。


「これから、よろしくな。」


かつて生きていた履物に、敬意を払うようクロアは言葉を残す


「・・・よし」


家の中を見渡す

誰もいない 家の中。


「いってきます」


それでも、クロアは言葉を残した。



----




浜辺。

今日は引潮で、魚が全く獲れそうにないほど静かな波をしている。


こんな日は海を眺めながら歌を歌って、綺麗な貝殻でも探したくなるものだ。


けれど、集う人々は 海を眺めるでも、貝殻探しをしているわけではなく。





____人々の中心には、小さな木船とクロアが居た。






「それでは、行ってきます。」


世界中に居る迷魂を還すためにコタンを出る決意をしたクロア。


一番最初に、其の事を伝えたのはチセだった。




チセは最後までクロアの話を聞いた


話が終わった後チセは


「土産話、楽しみにしているぞ」


と笑いながらそういった




それから____


旅先で野垂れ死なないように保存食を創ったり、ユゥケリや船を創った


楽しく、あっという間の時間が過ぎた




祖父から貰った本と地図。

チセから貰った生きる術。


抱えられるだけを背負いクロアは船を出す。




「ねえクロア」



皆がクロアを見つめる中、ピリカがクロアを呼ぶ


クロアはそっと振り返りピリカを見つめる



「・・・お土産話、楽しみにしてるね」



____なんて親子そろって同じことを言うもんだから、つい笑ってしまう。


何故笑ってるのか不思議そうな顔をしたピリカを、クロアはじっと見つめ



「・・・任せろ!」


そう、応えた。





目指すは 西の国タルコイズ。



----





コタンより西の場所に位置するタルコイズ。


祖父が遺した地図によると、タルコイズはコタンからそう遠く離れているわけではないようだった。



陽が落ちる前には、辿り着けるだろう

さて、それまで海の景色でも楽しむか、




一回。



波をかいたとき。




下に____大きな影が通る。




大きな影


それは船下を通りお日様の方へ泳ぐ


その姿を目に焼き付けたくて


ぐっと 海を覗くと


そこには




「 ・・・フンぺ・・・!!??? 」




ごつごつのヒレと口


およそ15メートルはあるだろう大きなそれは、フンぺ。


寄りクジラとも呼ばれる、海の恵みだ。


フンぺを見れるのは基本、息絶えて浜に上がってくるものばかりで、生きているフンぺには中々出会えない。



昔はよく海に出て捕鯨していたそうだが。



「 生きてるフンぺ・・・なんか神々しいな・・・」



全ての生き物に感謝を。


クロアはお日様に向かう鯨の背中に手を合わせた






そして数時間。


のんびりと海を眺めながら、手を素早く動かす。



陽は少しずつ傾き影が増え始める。



____祖父の地図が本当に”正しいのなら”そろそろ、見えてくるだろう





西の空に それはあった。


大きな 陸地。


ごつごつとした岩が重なった 岸




「ほんとに、あったんだ・・・ タルコイズ・・・!」




クロアは息をのむ

ごくり と喉が鳴る


同時に、頬が上がる。




____さあ 行こう



新天地へ!







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