魔法少女トドオカ
芳乃 玖志
違法中年十度犯
「……以上のことから、被告人の罪状は十度死刑にしても足りないものだと考えられます」
法廷にて一人の男の裁判が行われていた。
恫喝、脅迫、密輸、強姦、放火、果ては殺人まで。多種多様な罪を犯した男は、当然のように死刑を求刑される。
傍聴席にいた誰もがそれを妥当だと思い、弁護士さえ減刑を諦めていた。
そんな鎮痛な空気の中、ついに裁判長が口を開いた。
「それでは判決を言い渡す。被告人◼️◼️◼️を……『魔法少女刑』に処す!!」
その聞きなれない判決に場内でザワメキが広がる。
それは死刑に変わる制度、『魔法少女刑』が初めて執行された瞬間であった。
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『魔獣』が初めてこの国で観測されたのは十二年前。奴らはただ無作為に近くにいる人間を襲い、犯し、侵し、冒し、殺す。恐ろしいバケモノであった。
何より恐ろしいのは、現行のあらゆる兵器が効かずどんな銃火器でも傷一つつかないことだった。
初めのうちはただ蹂躙されていた人類が、奴らへの対抗手段を得たのは異世界から来たと言う『妖精』の助力を得てのことだ。
『妖精』の一匹が曰く。
「『魔獣』たちは魔力が込められた攻撃しか効かないドン!魔力はこの世界では年若い少女しか持ってないドン!僕たちが力を貸してあげるから、一緒に戦って欲しいドン!」
こうして『妖精』の助力を得て、仮称『魔法少女』という兵器になった少女たちは対『魔獣』戦の前線へと狩り出されるようになる。
大量に投入された『魔法少女』の強さは絶大であり、『魔獣』の大半を駆逐することに成功した。
こうして人類は、完全でこそ無いものの『魔獣』の脅威に常に怯える必要のない、平和な社会を再び得ることが出来た。
しかし、ここで二つの問題が浮上する。
一つ、『魔法少女』の力が絶大過ぎること。『魔獣』の脅威の大半が去った結果、現行のあらゆる兵器より強い彼女たちの力を人類が恐るようになるまで、そう時間はかからなかった。
二つ、『魔法少女』が年若い少女であること。そんな幼き彼女たちを命を賭けた戦いに狩り出すのは可哀想だ!という市民団体の声や、逆に年若く善悪の区別が薄い年齢故にその力を利用しようとする者まで。多くの陰謀が渦巻くようになってしまった。
「他にも様々な問題が起きたものだよ。そうした諸々を解決するための制度が、今回君に施された『魔法少女刑』だ」
「……ほーん。なるほどな、話は分かったで」
白衣の男からの説明を聞き、一人の新米『魔法少女』が納得したように呟く。
「つまり、政府としては『魔法少女』の力を完全に管理下に置きたい訳で、ワイはそのテストのための一号って訳やな」
「……あくまで、年若い少女たちの人権と自由を守るための施策だ」
男は苦々しい顔をしながら答える。
「はっ、よく言うわ。そのためなら、ワイみたいな死刑囚の人権はどうでもええのか?」
「世の中には優先順位があるということだよ。それに、ただ死刑に掛けられるよりも『魔法少女』として仮初でも自由を得た方が君にとっても良いことだろう?」
「脳と心臓に小型のチップを埋め込まれ、チョーカーにも指向性の爆弾を組み込まれてる自由ね」
そりゃ、素敵なことやなぁ。と『魔法少女』は皮肉たっぷりに笑う。
「そもそも、元が五十一歳のおっさんの肉体を、見た目十七歳の少女の肉体に改造してる時点でろくなもんや無いと思うで」
「それは本当にそうだな」
男も同情するように曖昧に笑う。
性転換手術、身長の縮小手術、顔の整形等、目の前の死刑囚だった『魔法少女』をイジったのはこの白衣の男だ。医療に携わって長い男だが、ここまで大掛かりな手術は初めて行った。
「まっ、ええわ。ほんで、他に話はあるんか?」
『魔法少女』は座っていた椅子から立ち上がりながら尋ねる。
「いや、これで俺からの説明は全てだ。あとは、君には最前線に出てもらって早速『魔獣』と戦ってもらう」
「いきなり実戦投入かいな。訓練とか無いの?」
「必要がない。魔法少女となった時点で、自らの力の使い方は分かるだろう?あとは実戦で試したまえ」
「へいへい、分かりましたよ。確かに、今の自分に何が出来るかは大体分かるしな、実戦で試す方が早そうや」
面倒くさそうに派手なピンク色となった自分の髪を掻きながら言う。
「……改めて言っておくが、『魔法少女刑』についてはまだ極秘だ。あの時裁判所にいた者も全員に記憶処理がされている」
「あん?それはさっきも聞いたわ、改めてどうしたんや?」
先程までの、男からの長い長い説明を思い出しながら答える。
「つまり、今現場にいる『魔法少女』はお前と違って本物の少女であり、本来なら守るべき対象だ……分かるな?お前が『魔法少女刑』によって『魔法少女』になったと知られてはならないと言うことだ」
「それもさっき聞いたわ。ようするに何が言いたいんや?」
「つまりだな……」
男は一拍置いてから告げる。
「お前が、元は死刑囚のおっさんだと知られてはならないのだから、その粗暴な喋り方と態度は現地に着く前に直せよ。ということだ」
「……えー、面倒くさ。ただでさえピンクのフリフリな衣装のせいで動きづらいのに、そんな制限まで付けるんか?」
『魔法少女』は自分の姿を改めて確認する。
ピンク色の長いツインテール、ピンクでよく分からないフリフリの沢山付いた衣装、ハートの飾りがついたピンクのチョーカー。どう見ても動くには不都合の多い格好だった。
「『魔法少女』の衣装だそうだから仕方がないだろう。文句はお前の担当『妖精』に言え」
「まっ、ええわ……いや、良いですわ。それくらいのハンデは抱えて行動してあげましょう」
それでは行ってきますわね。と『魔法少女』は部屋を出ていくのだった。
「……不安だが、まぁ良いだろう。常に監視はしているし、何かあったら遠隔でいつでも奴は殺すことができるのだから」
手術のさいに彼に埋め込んだチップとチョーカーの爆弾を思い返しながら呟く。
「でも不安の方が大きいのはなんでかなぁ。まっ、仕事は終えたし俺はラーメンでも食べに行くか」
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A県A市。『魔法少女』と『魔獣』の戦争、その最前線。
そこで『魔法少女』三人が巨大な『魔獣』と戦っていた。
「はぁ……はぁ……何よあの化け物、デカすぎるでしょ!」
三人の『魔法少女』たちはこれが初仕事であるが、途中までは楽に小型の『魔獣』を狩っていた。
『魔法少女』の力とは本来それだけ絶大であり、よほどのことがない限りは『魔獣』に後れを取ることはない。 それでも、新人の三人にベテランを一人つけてという万全の態勢での試運転を兼ねた出撃だった。
だが一匹の大型『魔獣』の出現によってすべてが狂った。
そのビルのような巨体ではあり得ないことに突然どこからか現れて、ベテラン『魔法少女』は不意の一撃によって潰れて殺されてしまった。
残った三人の新人は、それでもパニックに陥ることはなく必死に『魔獣』に攻撃を仕掛けた。しかし全然効いている様子がない。
「お、大きすぎて私たちごときの攻撃では豆鉄砲のようなものなんでしょうか」
「弱気になるんじゃないわよ!あっちも大きいからか私たちをまともに補足できてないんでしょ!大した攻撃をしてきてないんだから、今のうちになんとか……」
ぐしゃっ。
そこまで叫んだ赤い服の『魔法少女』は、しかし次の瞬間巨体に踏み潰されて死んでしまう。
「ひ、ひぃ!!もう嫌だ!!」
最後の一人、黄色い服を着た『魔法少女』が背を向けて逃げ出そうとする。
「あっ、待ってくださ……」
「あんなのと戦って勝てるわけがない!私は逃げるわ!!」
そう言って逃げ出した先には、中型の『魔獣』が大量にいた。
「じゃ、邪魔よ!どいて!!」
黄色は必死に手のひらから光線を出して『魔獣』たちを攻撃する。
だが、大型の『魔獣』に引寄せられてやってきたその『魔獣』たちは、それまでに散々倒してきた小型の『魔獣』とは一線を画す。
「えっ」
光線を受けても手前の数体が吹き飛んだだけで、奥から奥から次々と『魔獣』が這い出てきた。
そうして、そのまま『魔獣』の群れの進行は数の暴力で黄色を飲み込んでしまった。
「あっ……あっ……」
残された青い服の魔法少女は完全に絶望していた。
目前にはどれだけ攻撃しても傷一つ付かない巨大な『魔獣』、背後からは今までとは比べ物にならないほどに大量の中型の『魔獣』。
もはや彼女の運命はどちらに殺されるかの違いだけで、待っているのが”死”であることだけは確かであった。
「だ、誰か……助けて……」
ガタガタと震え、それでも必死に嗚咽するのは耐えながらつぶやく。
そうして確実に近づいてきた”死”を前に、なすすべもなく飲み込まれる……その直前。
「正義のヒーローっていうのはガラじゃないのだけれど」
ドンッ!
巨大な爆発音と共に、中型の『魔獣』たちが次々と吹き飛んでいく。
そうして、すべてが吹き飛んだ後にやってきたのは。
「でも、『魔法少女』になったからには、そういうのにも慣れないといけないのかしらね」
ピンクのツインテールに、ピンクの服を着た一人の『魔法少女』だった。
「えっ、あの大量の『魔獣』をこんなにあっさり……?」
「ふふっ、それくらい出来てこそ『魔法少女』よ、お嬢さん」
唇に指をあてながらピンクの『魔法少女』は答える。
≪ぶごおおおおおお!!!!!!!≫
その所作に青色が一瞬見惚れるのと同時、巨大な『魔獣』が吼える。
それは、明らかに敵意を秘めた咆哮。
「あら、さっきまで遠目に見ていた限りは大人しそうだったのにどうしたのかしら」
「た、多分あなたが……敵意を向けるべき強い相手が来たことで興奮しているのかと」
その咆哮の大きさに驚きながらも、しかしなぜか先ほどまでのような恐怖を感じることはなく青色は冷静に分析する。
その理由も青色は理解していた。単純に、もう怖がる必要がないからだ。
「そう、それなら……周りに被害が出る前に終わらせないとね」
ピンクの髪をかき上げると、『魔法少女』は腰だめに拳を構える。そうして……。
「『
拳を振りぬくと、その先からピンク色の光線を放つ。
≪ぶごおおおおおお!!!!!!!≫
その光線に貫かれて、巨大な『魔獣』は一撃で消滅した。
「す、すごい……」
新人とはいえ、『魔法少女』が三人がかりで傷一つ付けられなかった『魔獣』をたった一撃で倒すのは、目の前の『魔法少女』の規格外さを表していた。
「あ、あなたは一体何者なんですか……?」
「私?そうね、私は……」
少し考えるようなそぶりを見せた後、ピンクの『魔法少女』は答える。
「……『トドオカ』、そう『魔法少女トドオカ』よ」
これが、『魔法少女刑』の始まりにして、最狂の『魔法少女』の誕生の瞬間だった。
魔法少女トドオカ 芳乃 玖志 @yoshinokushi
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