第9話 悪役の悲しい過去とか教えてもらっても困る


 夏が来た。

 前世日本の夏と違って湿度が低いせいか、王国の夏は非常に過ごし易い。日中は外出を控えてクーラーの効いた部屋にいるよう警告されることもなく、ディアナは夏の昼下がり、麦わら帽子を被って自転車に乗って村にお遣いに出かけることにした。もちろん前籠には黒猫のソルが乗っている。


 自転車を押して13の塔の門を出ると、森の奥の方に通じる道から、真直ぐな黒髪に黒い瞳のローティーンの少女が1人で歩いてくるのに行き逢った。


「あ、フォルトゥナ様、お久しぶりです。ルミナ様に御用ですか?」

 籠から身を乗り出して、ソルが少女に挨拶した。


「やあ、ソル。久しぶり。ご主人はご在宅かな?」

「はい。呼んできましょうか?」

「いや。勝手に入らせてもらうよ。君たちは村にお出かけかな?」

「はい。買い物に。あ、フォルトゥナ様、こちらはディアナ様。主人が預かっている子です」


 そう紹介され、ディアナはフォルトゥナと呼ばれた少女に挨拶した。

「ディアナです。ハジメマシテ」

「初めまして。私は1の塔の魔女フォルトゥナ。ここでの暮らしには慣れたかな?」

「はい。毎日楽しいデス」

「それは良かった」


 フォルトゥナはそう言って笑った。彼らは門の前で別れ、ディアナとソルは村に買い物に、フォルトゥナは門をくぐって13の塔の敷地に入った。


*****


「結論から言うと、公国が怪しい」

 塔の客間のソファに座り、出された香草茶の香りを楽しみながらフォルトゥナが言った。

「やはり」

 対面に腰かけたルミナが頷いた。


「7年前のパーティーでケレスが化けた公国の大使夫人は、公国の自宅の自室のベッドの上で眠っているのを発見されたそうだ。つまり入城時からケレスが化けていたのだ。城には魔術で化けた者を検知する装置があって、訪問者はこの装置で検査される。しかし当時、公国は外交特権を盾に検査を拒否していた。つまり意図してケレスを城に招いた可能性が高い」


 フォルトゥナに続いて、ルミナも自分の調査結果を報告した。

「『城からの糸車の撤去』命令を『国中の糸車の焼却』命令にすり替えた、殺された高官。彼の愛人は公国出身でしたが、事件後姿を消しています」


「公国も毛織物の輸出に力を入れている。王国の繊維産業が壊滅すれば独り勝ちだ。ケレスの呪いに紡錘つむが脈絡なく出てきて不思議だったが、すべては公国の描いた計画の内か。ケレス自身も公国に操られている可能性が高い。7年前のパーティーの少し前から、ケレスは見習い魔女の少女を塔で預かって弟子として育てていたが、どうも精神操作が得意な公国の魔女『相談カウンセリングの魔女』スアデラが化けていたようだ」

「ケレス様が操られていた…?」

「ああ。パーティーで様子がおかしかっただろう。あいつが人前に出て堂々と振る舞うなんてありえない」


 そう言われても、ルミナは肯定も否定もできなかった。彼女の普段の様子を知らないのだから。13の塔に就任した際の挨拶もケレスの塔の門で一言二言言葉を交わしただけで、すぐに追い返されたからだ。その後も連絡は全て紙飛行機の手紙で行い、試飲会に誘っても来ず、誘わなければ巨大モグラをけしかけられ、以降、ほとんど交流がなかったのだ。


 ルミナがそう告げると、フォルトゥナは深いため息を吐いた。


「いや、本当にアイツは……私が甘やかしすぎたせいか……」

 フォルトゥナは、かつて幼いケレスを魔女見習いとして引き取って育てた師匠であった。フォルトゥナは、ぽつりぽつりとケレスを引き取ることになった経緯を話した。


「60年前は、教会と魔女の和睦が成立して魔女狩りは終結していたが、地方の農村では、まだまだ魔力の強い女は忌み嫌われて迫害されていた。ケレスが5歳の時に魔法が発現すると、彼女の家族は彼女を地下倉に閉じ込めた。水も食事も与えず、餓死させるつもりだったのだろう。泣いても叫んでも誰も助けに来ず、極限状態で彼女の魔力は暴走し、風の魔法で村の半分を吹き飛ばした。

 私は偶々近くにいて、騒動を聞きつけてケレスを保護し、塔に引き取って魔女として育てることにした。魔女としての才能はあったんだが、幼少期の迫害が原因で、人間を恐れるようになっちまった」


「人間を恐れる?」

「人前に出るのが怖い。人と喋るのが怖い。人の目が怖い。でも無視されるのはもっと怖い。大人になってだいぶ取り繕うのが上手くなったが、あいつの本質は、人間に怯える野生動物だ」

「……野生動物」

「だが、意図して人間を殺そうとしたことはない。基本的に小心者だからな。だから第一王女に死の呪いをかけたときは本当に驚いた」


「たしかに、招待されなかったくらいで殺すのは、やり過ぎですよね」

 ルミナのときも、モグラに畑を荒らされ茶器が壊れたくらいの被害だったのだ。しかも後日、ケレスはやり過ぎたと謝って、新しい茶器を贈ってくれたのだ。


「おそらくケレスは公国の魔女に操られていた。しかし、あの事件以来、ケレスはどこにも姿を現さない。9の塔も常に見張っているが帰った気配はないし、王国と公国の要所も見張らせているが、ケレスらしき魔女の姿はない。おそらく……」


 そう言って、フォルトゥナはきつく目を閉じた。公国の魔女に始末されたのだろう、とルミナも思ったが、口には出さなかった。

 しばらく沈黙が続き、ルミナは香草茶を新しく淹れて出した。リラックス効果のあるラベンダーが入っているお茶だ。お茶を1口飲んで、フォルトゥナは話題を変えた。


「そういえば、先ほど門の所で第二王女と会った。元気になったようで安心した」

「ええ。毎日自転車であちこち遊びに行っております」

「良かった……本当に、良かった……」


 フォルトゥナはそう言うと、ルミナに深く頭を下げた。

「フォルトゥナ様!?」


「本当にすまなかった。4年前、私はあんな風にルミナに決断を迫るべきではなかった。第二王女の不遇は、私の責任でもある」

「頭をお上げください、フォルトゥナ様。あの時の私は、王国に偏り過ぎていました。フォルトゥナ様が危惧されたのは当然です」


 4年前、城で馬車馬のように働くルミナに対し、フォルトゥナは、このまま城の人間として生きるか、塔の魔女に戻るか決断するように告げた。塔の魔女は、王国に協力することはあっても、王国に隷属することがあってはならない。


「年若い魔女は、人間として生きていた頃のしがらみがあって、自由に生きることは難しい。お前が王に協力していたのは、生家の希望もあったのだろう?」


 たしかに、ルミナは元々貴族の家に生まれ、国に尽くすことを当然のこととして教育されてきた。魔女としての適性があることが分かると、両親は領地に住む魔女にルミナを預け、色々あってルミナは塔の魔女として生きることを決めたが、特にケレスのように虐げられたこともなく、家族とは今でも交流がある。ルミナが城で働くことを両親が喜んでいたのは確かだ。だが―――


「すべては自分で決断したことです」

 ルミナはそう言って、お茶を飲み干した。

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