第8話 猫と和解せよ
13の塔の陰の支配者であるソルを怒らせたミネルバは、塔への出禁を言い渡された。ミネルバは手紙を出してルミナにとりなしを頼み、ルミナは、ソルとディアナに贈り物をするようアドバイスした。
「お詫びの品となります。どうぞお納めください」
ミネルバはそう言って、小さい子供用自転車を差し出した。ディアナが乗って足が地面につくサイズである。取り外し可能な補助輪が付いており、前方に木の蔓で編んだ籠が取り付けられ、籠の中にはふかふかのクッションが敷かれていた。
「マコトニアリガトウゴザイマス!」
ディアナはソルを抱き上げて籠の中に入れ、子供用自転車に乗った。
なお、この一連の動作は、ディアナの体格と腕力の関係上、円滑には行われなかった。自分とさして大きさの変わらない猫を抱き上げようとしている幼女は、傍から見ると猫にバックハグしている幼女にしか見えなかった。幼女は顔を真っ赤にして猫を持ち上げようと足を踏ん張り、猫は迂闊に動けばバランスを崩して幼女が転倒してしまうため、抱かれたまま虚無顔で静止していた。見かねたルミナがソルを抱き上げて籠に収納し、ディアナは自転車にまたがった。
「シュッパツシンコウ!」
最初はよろよろと蛇行していた自転車だが、すぐにまっすぐ走れるようになった。落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回していたソルも、運転が安定するにつれて安心し、籠の中から風と景色を楽しんだ。
「スゴク、ヨイ、ノリゴコチ」
ディアナは敷地を一周して戻ると、笑顔でミネルバに報告した。
「あれから色々改良してみたんだ。君の言っていた『ゴムの木』は見つからなかったが、乾くと弾性の出る粘液を出す魔獣がいるので、その粘液を車輪の外周に付けてみた。この粘液はサドルにも使われて衝撃を吸収しているよ。サドルにはコイルバネも付けてみたんだ」
ミネルバはディアナとひとしきり技術談義をした後、ソルに向かって
「先日は、早朝から大変お騒がせしました」
と謝った。ソルも
「こちらこそ、7の塔の魔女様に失礼をいたしました」
と言い、1人と1匹は和解した。
ミネルバは、もう1台大人用自転車を用意していた。
「こちらは代金を払ってもらうよ」
「はい」
ついでにルミナも自分用の自転車をミネルバに発注していた。ルミナはディアナの指導を受けながら自転車に乗り、平衡感覚に優れているようですぐに乗りこなせるようになり、その日のうちに補助輪を外して乗ることができた。
「これ、すごく良い!」
敷地を一周して戻ってきたルミナは、興奮して言った。
「すごく乗り心地が良い。乗っていて疲れない。箒の代わりにこの自転車で空を飛べないかな」
ルミナはそう言うと、自転車に乗ったまま集中して魔力を練り、魔法を発動させた。すると、自転車はブオンと音を立てて急発進して打ち上げられ、上空を急旋回してから急下降し、塀にぶつかって止まった。
「ダ、ダイジョウブ?」
魔法で防御してあるため、ルミナも自転車も傷1つないが、塀に大きなヒビが入った。ヒビはすぐに修復された。
「う~ん、箒の倍以上の魔力を消費した感じがする。長距離の飛行は無理だな」
「単純に箒よりも重いからだな。軽量化するか」
「いっそサドルを箒に取り付けてみるか」
2人の魔女は討論を始めた。魔法は専門外なので口出しは控えようと思っていたディアナだったが、堪えきれずにツッコミを入れた。
「イヤ、ドウシテソウナル!」
そして、きょとんとする2人の魔女に、質問をした。
「イツモ、ツカッテイル、ホウキ。アレ、トクベツナ、ホウキ?」
「いや?普通の箒。ただの掃除道具」
「ドウヤッテ、ドブ?」
「後ろ斜め下に向かって風の魔法で圧縮した空気を開放しながら飛ぶ」
(ペットボトルロケットかよ!)とディアナは心の中でツッコミを入れた。口に出すとミネルバがペットボトルロケットに興味を持って話が脱線してしまうことが容易に想像できたからである。
「ジャア、ホウキ、ツカワナイデモ、トベル?」
「できないこともないけど難しい。姿勢が安定しないんだ。それに、自分で浮くより物を浮かせてそれに乗る方が安定する。だから軽い箒にまたがっている」
「……ジテンシャヲコグチカラデ、トベナイ?」
「自転車をこぐ力……車輪の回転を使って飛ぶ自転車か……回転力を風の魔法に変換すれば……」
ブツブツと呟きながらミネルバが思索を始めた。そのまま、別れの挨拶もなく、呟きながら歩いて自分の塔に帰って行った。いつものことなので、ルミナたちは特に気にしなかった。
*****
「できたぞ!名付けて魔動アシスト自転車だ!」
その半月後、ミネルバが改造自転車を持って13の塔を訪れた。先日の反省を踏まえて、昼過ぎの訪問だ。
「オオ!」
ディアナが拍手で迎えた。
改造された自転車は、サドルの下に前世の電動アシストのバッテリのような装置が付けられ、そこからバイクの排気筒のような筒が2本、後下方に向けて伸びていた。また、ハンドルの間にレバーで切り替えのできるギアのような装置が付いていた。
「このギアを1にした場合、普通の自転車として地上を走行することができる。ギアを2にすると、サドル下の魔力バッテリから魔力が供給されてペダルをこぐ力をアシストしてくれる。お年寄りでも険しい山道を登れるぞ!随時ハンドルに自分で魔力を流してバッテリを充填しても良いし、予め他の誰かに充填してもらっても良い。そしてギアを3にすると、車輪の回転力がこの筒の基部の魔方陣で風の魔法に変換されて空気を打ち出して飛行できるようになる。さらにバッテリからも魔力が供給され、飛行をアシストしてくれるぞ!」
「オ、オオ………?」
ミネルバが早口でまくし立てるので、まだこちらの言葉が不自由なディアナはよく理解できず、首を傾げた。
「実際に飛んでみせよう」
ミネルバは、自転車にまたがり、しばらく走らせてからギアを1から3に切り替えた。重くなったペダルをこぎながらハンドルからも魔力を流すと、排気筒から圧縮された空気が噴出し、自転車が浮き上がった。
「オオ!」
魔女のこぐ自転車はゆっくりと上空に飛翔し、魔女がハンドルを切ると塔の周りを旋回し、ペダルをこぐのを止めるとゆっくり下降し、
「箒に比べると速度が出ないのが残念だが、これから改良していく予定だ」
「イヤ!ジュウブンハヤイ!アンゼンダイイチ!」
「そうか?」
ロケットのような箒の速度に慣れた魔女には不満があるようだが、ディアナはこの飛行可能な自転車に満足した。特にブレーキが付いているのが良い。離陸が発射で着陸が墜落の箒は、魔法で防御されていると言われても、見ていて心臓に悪い。
ディアナは、さっそく自分の子供用自転車にも飛行用の装置を付けてもらった。
「子供のうちはうまく魔力を使えないから、最初はソルに魔力を流してもらうと良い」
籠に乗ったソルが手を伸ばしてハンドルに触れて魔力を流すと、ディアナの自転車が浮き上がった。30cmほど浮いた状態でしばらく走行し、すぐに自転車は地上に戻った。
「事故が怖いので、最初は浮くだけにしましょう。もっと高く飛ぶのは、自分で魔力を流せるようになってからです」
もっと高く飛びたいとねだるディアナに、ソルはそう言った。
生き物は量の多少はあるものの全員が魔力を持っており、王族は魔力が多い者が多いと聞いたディアナは、早く自分で魔力を扱えるようになりたいと願った。
魔動アシスト自転車は、魔女、特に思考の柔軟な若手の魔女の間で流行した。彼女たちが自転車で走行したり飛行したりするのを見た王都民や近隣の村人たちも欲しがるようになり、自分が作るだけでは間に合わなくなった工学の魔女ミネルバは、王都や村の工房に設計図を売った。やがて、それらの工房から自転車が販売されるようになった。
バッテリなどの装置が付いた自転車は、ディアナの前世の感覚では高級外車くらいの高値が付き一部の富裕層しか手に入れられなかったが、普通の自転車は、数年もすると中古車くらいの価格に落ち着き、庶民でも頑張れば一家に一台持てるようになった。
設計図の料金の半分は、ディアナの取り分となった。王女の予算の他に、自分で自由に使える資金が手に入ったディアナだが、成人までは養育者のルミナが管理することになった。
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