第十三話 ゾンビウルフとの戦い――スキル〈賢者〉

「ど、ど、ど、どうする!?」


「あいつを倒して、ボスに見つかる前に逃げるしかないだろう! それも無理なら、わたしが、ボスを倒すしかない!」


「そんなことできるのか!?」


「やるしかねぇんだよ! じゃなきゃ死ぬだけだ!」


 アンリエッタとサムが叫ぶようなコミュニケーションをしている間にも、そのモンスター、ゾンビウルフはのそり、のそりと僕達に向かって歩いてくる。


 その表情に浮かぶもの。

 それは一言で言うなら「飢え」だと思った。


 そのモンスターは、ぼくたちを喰らうことを渇望している。


 ぼくにはそのことが直感的に理解できた。


 そのゾンビウルフがぼくたちに近づき間合いに入った瞬間――


 アンリエッタは、必死に全力の呪文を唱えた。


「〈炎の柱よ、灰塵と化せ〉!」


 スライムのときにも使っていた、アンリエッタの一番得意だという炎魔法の呪文。


 炎の柱がゾンビウルフの足元から立ち上がり、業火となって狼を焼き尽くす。


 だが、アンリエッタの未熟さを反映しているのか、その柱はどこか頼りなく細いもので、ゾンビウルフの巨体を焼き尽くすには大きさが足りない。


 結局、炎の柱を受けきっても、ゾンビウルフは自らを崩壊させることなく、のそり、のそりと変わらずぼくたちに迫り続ける。


「おいおい効いてねぇぞ!」


「ゾンビ系モンスターは核を壊さないと復活し続ける! 今燃やしてみて、核が心臓のあたりに見えた! お前ら! ナイフで胸をつけ!」


「狼の心臓がどこにあるかなんてわからねぇよぉ!」


「あのちょっと見えてる黒い球みたいなやつだ!」


「やるしかない! サム、行くぞ!」


 ぼくたちの声に反応したからか、ゾンビウルフの間合いにぼくたちが入ったからか――


 狼はそこで大きく踏み込むと、一気に速度を変えて、ぼくたちにジャンプした。

 ゾンビウルフの身体は2メトル近い巨体。それが弾丸のように突っ込んでくる。


 狙われたのはサムだった。


「ひ、ひぃ……!」


「バカ、飛べ!」


 サムは腰を抜かしそうになりながら、アンリエッタの指示に本能的に従い、横に飛ぶ。


 かろうじて直撃を避けたサムだったが、ゾンビウルフの伸ばした前足がサムの身体に命中し、サムはボロ雑巾のように吹き飛ぶ。


「い、いてぇ! いてぇよぉ!」


 当たったのはサムの右足のようで、サムの右足は無惨にも折れ曲がっている。痛々しい光景だ。

 

 ぼくは、いよいよ逃げられなくなったことを悟り、目の前の化け物を倒すしかないと覚悟を決めた。


「はぁああああああ!」


 意外とこういうとき、ぼくは勇気が出るタイプだったらしい。


 ぼくは真っ直ぐにゾンビウルフの背後に迫り、その心臓とおぼしき位置、アンリエッタの炎を受けて露出している核へと、ナイフを突き出した。


【才能〈賢者Lv1〉が発動しました】


 突然アナウンスが心の中に響いた。


 〈賢者Lv1〉――

 

 ぼくはその"理"をすでに理解していた。


 一瞬にして、必要な"理"が次々と流れ込んでくる感覚。


 〈賢者〉とは、必要な"理"を悟ることができる才能であり――


 その瞬間、この核を壊すための"理"がぼくの脳裏を駆け巡っていた。


 それはひどく原始的で本能的、直感的な理解で、言語化するのが難しいものだったが――


 ようするに、「こう魔力を込めると、この核は自壊する」というもので「魔力とはこのようにすれば込められる」というものでもあり、ぼくはその"理"にただ従い、ナイフを核に差し入れる。


 ショップで買った安物のナイフが、バターを割くように核を貫き、切り裂く。


「ギィアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ゾンビウルフの悲痛な声が広間に響き――


 ゾンビウルフは崩壊し、黒い粒子となって消滅していくのだった――


 あとに残されたのは、一つの宝箱。


「いてぇ、いてぇよぉ……」


 思い出したように、サムの悲惨なうめき声が響き渡る。サムは状況を理解していないようだ。


「すげぇ……すげぇよナナフミ! お前、最高だよ!」


 アンリエッタが、歓喜のあまり、ぼくに抱きついてくる。


 薄手の布地の裏から、ほんの少しだけ膨らんだ膨らみがぼくの背中にあたり……


 ぼくは、「アンリエッタにも胸があったんだ」という新鮮な発見をすることになったが……


 それは墓場まで秘めておくとして、ここはいまだ死地、サムをなんとかしなければいけない。


「アンリエッタ、サムの怪我をなんとかする方法はあるかな?」


「とりあえずポーションを出す。それを飲ませて、怪我した場所にも振りかけろ」


「わかった」


「一本10銅貨の安物ポーションだから、そんなに効くかはわからねぇが……」


 ぼくはアンリエッタからアイテムボックスのポーションを受け取り、サムの元へと走り寄る。


「サム、ポーションだ、これを飲め」


「あ、ああ……」


 そのとき、またしてもぼくの脳裏を駆け巡る"理"があった。


【才能〈賢者Lv1〉が発動しました】


 ぼくはポーションを飲ませるとき、そのポーションに魔力を込めて、魔力をサムの怪我した部位まで巡らせる"理"を悟った。


 それに本能的に従い、ぼくは魔力をサムの体内で巡らせる。


「す、すげぇ……どんどん楽になってく……こんなに効くんだな、ポーションって……」


 サムの曲がった右足は、すうっと自然回復するようにもとの健康さを取り戻していく。


 それには、ポーションの効果とぼくの魔力による活性化効果の相乗効果が働いていることもぼくは理解していたが、ぼくは何も言わず、現状の問題解決を図る。


【才能〈賢者Lv1〉が発動しました】


 ぼくが次に〈賢者〉スキルから得たのは、ゾンビウルフの宝箱についての〈理〉だ。


【才能〈空想Lv2〉が発動しました】


 その宝箱には罠が無いこと、開けることでどのような"物語"をたどるのかを、ぼくはすべて〈空想〉のイメージとして把握した。


「アンリエッタ、宝箱、開けようと思うんだけど」


「あ、ああ! 迷宮学の授業によれば、ここは〈物語領域〉だから、宝箱に罠はない! むしろ、この領域をクリアするための鍵が宝箱に入っている場合が多いらしい」


 それはぼくの把握した理と一致していた情報だったので、ぼくは意を決して、宝箱を開ける。


 そこに入っていたのは――


 一巻の巻物だった。


「スキル書……!」


 アンリエッタの驚く声で、ぼくはそれがスキル書と呼ばれる書物であると知る。


 このスキル書こそが、このあとのぼくたちを救う鍵になるのか……?


 アンリエッタがスキル書を取り出し、そのタイトルを読み上げる。


「スキル〈浄化Lv2〉……おいおい、こいつぁ、とんでもないレア物だぞ……売れば一財産だ」


「そんなにすごいの?」


「ああ……金貨十枚はくだらない代物だ。庶民なら、3年は暮らせるぞ」


「え!?」


「だが今は緊急事態だ。これがここから出てくる以上、このスキルがこの〈物語領域〉をクリアする上でキーになるのは間違いない。これは誰かが使うべきだ」


 そして、アンリエッタは続けてこういった。


「……わたしはこのスキルを、ナナフミ、お前に託そうと思う」


 そうして、アンリエッタはぼくを真っ直ぐに見据えた。

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Q.クラス転移しても心が読める天使様に弄ばれています。対等に恋する方法はありますか? A.なるほど、異世界で最強になってから告白したいと。そんなことしなくても、あなたはわたしの可愛い奴隷さんですよ? 弾山能愛 @HikisannNoa

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